第47話 セイが再会

「嫌だね」


 そう言ってシンジは、階段を駆け下りていく。


「先輩!」


 走り去っていくシンジの背中に、セイは叫ぶ。

 だが、その声は届いていない。

 シンジは振り返る事もなく、階段を駆け下りていき、あっと言う間に、消えた。


「……先輩」


 セイは、廊下に座り込む。


 置いて、行かれた。

 なぜ?

 決まっている、足手まといだったからだ。


 川田たちの時も、触手の時も、猫耳少年の時も、セイは邪魔でしかなかった。


 今回もそうだ。


 殺人の事を言われたら、弁護すると約束したのに、セイには出来なかった。

 護れなかった。


 殺人犯と言われ、責められ、彼は居場所を無くしたのだ。


 なにも出来ない。


 でくの坊。足手まとい。



「逃がすな!」


 周りにいた、男子生徒たちがあわただしく動き出す。


「待ちなさい」


 それを、マオが止める。


「彼は私が追います。あなたたちは、彼らと彼女を食堂に。落ち着くように暖かいお茶でも出していてください」


「しかし……」


「一階や外には、まだオカシくなってしまった人や化け物たちがいます。私でないと不可能でしょう。すぐに戻ります」


「か、会長! こ、コイツも、常春さんも、タドにヒドいことを! 殴ったり、蹴ったり、ヒドいことをしたんです!」


 川田がマオに訴える。

 セイも田所に暴行を加えたのだ。

 川田は、セイも許せなかった。


「常春さんにも、何か、罰を!」


 マオは、呆然としているセイを見る。


「……その必要はありません。話を聞いている限り、彼女は明星君に脅されていたのでしょう。彼女も被害者です」


 マオの言葉に、セイは立ち上がる。

 立ち上がって、マオに詰め寄る。


「違います!私は、先輩に何もされてません! 私は、せんぱ……」


 急に、セイの視界がぐらつき始めた。


 足取りも安定しない。

 セイは、そのままマオに倒れ込む。


「もう、やすみなさい」


 耳元で囁かれたその言葉を最後に、セイは意識を失った。








 セイは、白い部屋にいた。

 白い白い部屋。

 ゴミも汚れも、おもちゃも楽器もない。

 部屋には、ただ扉があるだけだ。


 人も、いない。


 誰もいない部屋の壁に、セイは膝を抱えて座っていた。

 一人で。


 そんなセイの肩に、何かがかかる。

 制服の、上着だ。


 同時に、横で誰かが立ち上がった。


 シシトだ。

 セイの大好きな男の子。


 誰もいないはずなのに、なぜシシトがいたのか、セイには分からなかったが、それでも、近くにシシトがいることがうれしかった。


 うれしいのに、彼はそのまま扉の方に向かって歩いていく。

 どこに行くのだろう。


 セイはシシトの背中に手を伸ばす。

 言いたい事があるのに、言葉が出ない。

 声が出ない。

 シシトに向かって、セイは手を伸ばすことしか出来ない。


 シシトが扉を開く。


 彼はセイの事を見ようともしない。

 外の先、前を見つめながら、彼は部屋から出ていった。



 シシトが部屋を出ていくと、肩にかかった上着も無くなった。


 また、一人。


 うなだれるセイの髪を、誰かが無理矢理上げる。


 痛い。


 セイは顔を上げる。


 そこにいたのは、ミチヤマだった。


 角の生えたミチヤマが、何か黒いモノを食べている。


『常春さん。好きです』


 楽器の無いこの部屋で、初めて聞こえた音。


 そのおぞましさに、セイは叫ぶ。


 けど、声が出ない。

 ミチヤマの声は聞こえたのに。


 ミチヤマが口を開ける。

 絶望が、口を広げて待っている。


 逃げようにも、セイは動けない。

 動きたいけど、動けない。


 ミチヤマの口がセイにふれようとしたとき、

 彼の姿が掻き消えた。


 ミチヤマがいた場所の後ろには、紅と蒼の短剣を持った少年が立っていた。

 シンジだ。


 ミチヤマを消したのは、シンジだった。


 良く分からない先輩。

 でも、とても頼りになる人。


 シンジは両手でセイの顔を優しく包む。

 暖かい、掌だ。

 セイは気持ち良くて、目を閉じる。

 

 すると。そのまま、シンジは流れるように、セイの胸を揉んだ。


『んきゃ!?』


 セイは悲鳴を上げ、とっさにシンジの顔に向けてビンタをする。


 しかし、そのビンタは空を切った。


 シンジの姿が消えた。


 セイは立ち上がって、シンジを探す。

 キョロキョロと、何も無い部屋を執拗に見渡す。


 シンジは、いつの間にか、部屋の扉の前にいた。


 シンジが、扉を開ける。

 部屋から、出ていこうとする。

 こっちを見ながら、微笑んで、

「……行かないで」






 セイは、そこで目が覚めた。


 セイの見ている天井には、まだぼんやりと夢の続きが残っている。

 シンジの、後ろ姿。


(先輩……)

 目尻を濡らしていた液体を拭い、セイは起きあがる。


「あ、目が覚めた? おはよう、常春さん」


 扉を開ける音とともに、やけに優しい声が聞こえた。


 セイは、声が聞こえた方を見る。


 その声を、セイは情けない声といった事もあった。

 けど、聞きたい声だと、思っていた。



「……シシト……くん」


 お盆を持っている少年が、こちらに向かって来ていた。

 甘い顔。高くはない背。優しそうな雰囲気。


 駕篭 獅子斗。


 学校一の、モテ男。


 セイと一緒に女子更衣室に隠れていて、その後、人を探すために、女子更衣室から出て行った男の子。


 彼が出て行ってもう三日も経っており、セイは半ば彼の生存を諦めていたのだが。


(……よかった……生きてた)


 セイは、思わず涙を流す。

 ミチヤマに襲われ、化け物に襲われ。

 学校はかなり危険な場所だった。

 それでも、シシトが生きていた。


「と、常春さん!? どうしたの?」


 急に涙を涙を流し始めたセイを心配して、シシトが駆け寄る。


「な、なんでも無いわよ! それより、ここ、どこ? 今何時? というか、なんで無事なら、帰って来なかったのよ!」


 シシトに涙を見られた恥ずかしさから、セイが怒鳴るようにシシトに質問する。


「お、落ち着いて常春さん。一つずつ説明するから、まずはこれでも飲んで」


 シシトは、セイに湯飲みを手渡す。


「……ありがとう」


 セイは、シシトからもらった湯飲みに口を付ける。


「……これ、シシトくんが煎れたの?」


「いや、向こうで、ロナが煎れてくれた。おいしいでしょ」


 うれしそうに、自慢げにシシトが笑う。


 確かに、お茶は美味しかった。

 さすがは、ロナ・R・モンマス。

 世界的大企業、ロンゴミアントコーポレーションのお嬢様。

 教育が行き届いているのだろう。


 しかし、セイはそのお茶を飲んで、複雑な気持ちになった。

 味は美味しいが、そういう問題では無い。

 そんな気持ちをセイは心の奥底にしまい、シシトと会話を続ける。


「それで、ここは……」


「食堂の横にある、おばちゃんたちの休憩室。今は、ベットを置いて簡易保健室みたいに使わせてもらっている」


 セイは辺りをみる。

 休憩室との事だが、思いの外綺麗にされており清潔感があった。

 食堂は学生が使うため、結構ゴミゴミしていたのだが。


「はじめは、かなり汚かったんだけどね。たばこの吸い殻とか落ちてたし。けど、貝間会長があっという間に掃除して、この通り」


 セイは、シシトが出した会長の言葉に反応する。


「そ、そうだわ! 先輩は!? 明星先輩は!?」


 セイのその質問に、シシトは悲しそうな顔をする。


「順番に話すから、ちょっと待って……その人の事は聞くのに、ユイやコトリの事は聞かないんだ」


 シシトがつぶやくように言う。


「そ、それは……」


 シシトに指摘され、戸惑うセイ。


「ああ、いいよ。常春さんにも色々あっただろうし。あんな事させられたら、気にもなるよね」


 (……あんな事?)


 シシトの言った事も気になるが、まずはシシトの話を聞くことにする。


「まずは……ごめん」


 シシトが突然頭を下げる。


「え? いや? ちょっと……」


「常春さんの事、迎えに行くって約束したのに、本当にごめん」


 シシトが、さらに深々と頭を下げる。


「もう、いいわよ。こうして無事だったんだし。それより、先輩は? 岡野さんたちは無事なの?」


 セイは、シシトの事を許した。

 元々、そこまで気にしてはいなかったのだ。

 それよりも、シンジがどうなったのかセイは気になっている。


「……本当に、ごめん」


 そんなセイの返事に、シシトは、本当に悲しそうな声で、謝罪の言葉を口にした。


「シシトくん?」


「……まずは、そうだね。今は午後9時。常春さんが眠って、5時間くらいかな。……ロナはさっき言ったから、あと、ユイや、コトリも無事だよ。キョウタも生きてる。……見つかってないのは、百合野さんと、水橋さん」


 最後の2人の名前を出した時、シシトは本当に悲しそうな声を絞り出していた。


 そのシシトの様子を見て、セイは戸惑う。


 最後の二人は、すでに死鬼になってしまっているのをセイは見たからだ。

 伝えないと、いけないだろう。


「あの、シシトく……」


「早く探してあげないと。きっと、怖がっているだろうから」


 シシトは、セイの言葉を遮り、拳を握りしめて、力強く言った。

 信じている目だった。

 マドカとユリナの生存を。

 そんなシシトの様子を見て、セイはいたたまれない気持ちになる。


 まだ、何も言えない。

 ゆっくりと時間をかけた方がいいだろう。

 セイはそう思った。


「まぁ、それで、今食堂と武道場には、100人くらいの人が、避難している」


 シシトがセイの方を見る。


「避難しながら、皆でオカシくなった人たちを保護しているんだ」


「……保護?」


「うん」


 シシトは上を指さす。


「体育館に、オカシくなった人たちを、手や足、口をしばって集めている。オカシくなった人を治す方法があるかもしれないらしいから、その方法が分かるまで、そうしておくらしいよ……監禁しているようで、申し訳ないんだけどね」


 セイは、シシトが言っていることを理解できなかった。


 死鬼を保護?

 あの人を喰らようになってしまった人たちを、保護?


「そんな……そんな事って……」


 死鬼の保護は、セイもシンジに提案したことだ。

 しかし、現実には難しいだろうと、セイは言いながら思っていたのだ。

 それは理想の話だ。

 そんな理想を、当たり前のように現実にしている話を聞いて、上手く反応出来ない。

 人を食う、暴れる人を拘束して集めるなんて一般人には不可能のはずだ。


「うん、大丈夫。常春さん」


 シシトが、セイの手を握る。


「色々、やらされてきたと思うけど、常春さんは悪くない。たしかにオカシくなった人たちは目も虚ろだし、まるでお話に出てくるようなゾンビみたいだ。だから、騙されて、その、ヤってしまっても、しょうがない」


 シシトのたどたどしい言葉に、セイは首を傾げる。


「何? 騙されたって。それに、ヤったって、何を?」


 セイの問いにシシトは息を飲む。


 何か言いづらいことを言うように。


「シシトくん?」


「その、めい……せい?先輩に、言われたんだよね? オカシくなった人が、死体だって。それで、死体だから、……こ、殺しても、殺人じゃない……ってだから……」


 セイは、シシトが何を言っているか分からなかった。


「オカシくなった人を殺しても、しょうがないと、僕は思う」


「はぁ!?」


 セイは思わずシシトの手を払い彼の肩を掴む。


「……何それ? 誰が言ったの?」


 セイは死鬼を殺していない。

 田所も、蹴っただけだ。

 それに、何よりシシトの言い方はまるでセイがシンジに命令されていたかのような言い方だった。

 セイは、シンジに命令されて何かをムリヤリやらされた事は無い。

 『自己責任』だ。

 少なくとも、死鬼殺しを強制させられてなんていない。

 シンジは、そんな事をさせるような人物ではない。


「いや、それは……」


 シシトは、セイに肩を捕まれ怯え始めていた。

 見た目は綺麗な少女でも、欺されていたのだとしても、セイは人殺しなのだから。

 しかしセイはそのことに気づかなかった。

 シンジの事で頭が一杯だったから。


 セイがシシトをさらに問いつめようとしたとき、扉が開いた。


「失礼するわ」


「……貝間会長」


 マオが、風を裂きながら休憩室の中に入ってきた。

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