第35話 サエが現れた



「さて、俺たちは今3階へ降りる階段の前にいるわけだけど」


 シンジとセイは、階段の前で立ち止まっている。


「どうしたんですか?早く行きましょうよ」


 セイがシンジを促す。


「その前に、最終確認」


 シンジがセイの方を向く。


「もしかしたら、常春さんは俺の事を女性を大切にする、いつでも紳士かっこいいステキな年上の先輩と思っているかもしれないけど……」


「それは無いです」


 キッパリと言われて、少し傷つくシンジ。


「……まぁ、いいや。とにかく、俺は別に紳士じゃない。自分が『楽』で『楽しむ』ために動く人間だ。さっきも言ったと思うけどここから先は自己責任。死鬼に殺されるのも、殺すのも、常春さんが決める事。俺は自分の身が危ないと思ったら常春さんの事を容赦なく見捨てるから、そのつもりで。嫌ならカフェで待ってて。あそこにいる子達には誰も襲わないように命令しているから」


「大丈夫です。自分の身くらい、自分で守りますから」


 先ほどと同じように、きっぱりと言い切るセイ。


(大丈夫かね……)

 不安に思いながら、封鎖していた3階への防火扉をシンジは開ける。


「じゃあ、行こう」


 シンジたちは、3階へと降りていった。



「二人、来ます」


 セイが、廊下の先を指す。

 そこにいたのは、足取りがおかしい角が生えた男子生徒と、女子生徒。


 その女子生徒は……


「山口さん、か」


 シンジが、世界が変わった初日に教室で会った二人の女子生徒の一人だ。

 もう一人の女子、川上美香が死鬼になるかもしれないという警告をしたが、山口紗枝はシンジの話を聞かなかったのだろう。

 もしくは、聞いていたけど動かなかったか。

 どちらにしても、サエは死鬼になっていた。


「……お知り合い、ですか?」


 どこか、同情がこもった声でセイが聞く。


「クラスメイトだよ。ただの」


 そう言いながら、シンジは蒼鹿を持ちながら二人に近づいていく。


「しゃぁああああああ」


 サエが、口を大きく開けてシンジに噛みつこうと襲いかかってくる。

 大きく、大きく、唾をまき散らしながら。


 そのサエから、シンジはうっすらと怒りの感情を感じ気がした。


「逆ギレ、かよ」


 息を吐くようにつぶやくと、シンジは蒼鹿を二体の死鬼に当てる。

 流れるように。


「凍ってろ」


 一瞬のうちに、男子生徒は手と足を凍らされて動けなくなり、サエは氷の固まりの中に閉じこめられた。



「スゴい……」


 セイは、シンジの動きを見て感嘆の声をあげる。

 今までのシンジの戦いぶりから、強いとは思っていたが改めて見ると、やはりスゴイ。


 動きに無駄がなく、足取りも静か。

 なのに、攻撃に移るスピードは風のように速い。


 レベルアップ……というモノで、身体能力が上がっていると聞いたが、おそらく素の状態でも、シンジはセイと同じくらいの実力はあったのではないだろうか。

 なぜ、そのような人物が部活やクラブに入らず今まで無名だったのか、セイは不思議だった。


 その理由が、ゲームがしたいというどこか残念な理由であるのをセイは知らない。


 シンジはタブレットを確認する。

 新しく、死鬼Lv1の経験値が入っていた。


 サエの分だ。


「さて……試してみるか」


 シンジは、凍ったサエを指さす。


「『リーサイ』」


「え?」


 シンジが修繕魔法を唱えると、サエの周りにあった氷が消える。


「ああああああああああ」


 閉じこめていた氷が消え、サエはシンジに襲いかかった。


「ふっ!」


 シンジは、慌てることもなく、再びサエに蒼鹿を当てて、氷の中に閉じこめる。


「何、しているんですか?」


 セイは、シンジに近づく。


「実験。リーサイで復活させたあと、レベル1の死鬼の経験値がどうなるか、という確認」


 シンジは、タブレットを見てみる。


 死鬼Lv1 撃破 獲得経験値0


 経験値とポイントは手に入らなかった。

 死鬼を倒したあと、リーサイを使うと死鬼のレベルは下がっていくようだ。

 そして、レベル1の死鬼を復活させたあとに倒すと、経験値は手に入らない。


『リーサイ』を使っての、レベリングは無理だという事だ。


「先輩……」


 セイが、シンジに声をかける。


「……何?」


「いえ、その……冷たく、ないですか?」


 セイは、困惑している声で、言った。


「え……? ああ、凍らしているからね。冷たいよね」


「そういう意味じゃ……」


 セイは、ごにょごにょと語尾をごまかす。


 セイが言いたかったのは、シンジのサエに対する態度の事だ。

 シンジが、カフェにいる死鬼となった女の子たちと接する時は、どこか暖かみのようなモノがあった。


 しかし、サエに対するシンジの態度は明らかに違う。

 まるで、先ほどのクモを見るときと同じような目で、シンジはサエを見ていた。


 無意識なのだろうか。

 シンジはそのことをまったく気にしていない。


「……凍らせても、リーサイで戻せば大丈夫だから、この階の安全を確保するまで、女の子たちは一端凍らせようかな」


 と、シンジはつぶやく。

 女子を凍らせるのは、討伐情報的に倒した事になるのでシンジ自身の誓いを破った事になるのか……


 誓いとは、シンジ自身の心に作った決まりだ。

 そして、その誓いの根幹にあるのは『楽』を『楽しむ』事だ。

 サエを凍らせた事はシンジにとって『楽』な事だった。

 

 それに、正確には殺して無い。

 素材にしていない。

 リーサイで治るのだ。


 女子の死鬼を一旦凍らせるのは、経験値とポイントが手に入る事から、いい方法であるとシンジは結論付けた。



「あの、先輩、この人はどうするんですか?」


 セイは、考えごとをしていたシンジに、もう一つ気になっている事を聞く。


 手と足だけを凍らされて、動けなくなっている男子生徒の死鬼の事だ。


「ああ、それは、もちろん」


 シンジは、手のひらをセイに見せるようにしながら言った。


「常春さんの、レベルアップ用」


 そのシンジの声には、サエに対するモノとは少し違う、冷たさがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る