第34話 グンソウが現れた

「え、あのクモって、昨日先輩が操っていたクモじゃ? なんで……」


「ふっ!」


 巨大化したアシダカグモが、再びセイに糸を飛ばしてきた。

 それを、シンジは紅馬の炎で溶かす。


(……命令しても、グンソウが来ない。あのクモが、グンソウなのか。それとも、別のクモで、グンソウは食べられたのか。それは分からない。とりあえず、それは置いておいて、まずはこのクモが命令を聞くかどうか)


 シンジは、アシダカグモに、頭の中で命令してみる。


 とりあえず、死ね、と。


 しかし、アシダカグモに何も変わった様子はない。


 命令が聞かないようだ。


(やっぱ無理、か。どうしようか……)


 ほんの少しだけ、シンジが思考の中に入っている間に、



「……な!」


 気づけば、巨大なアシダカグモが、目の前にいた。


 元々、アシダカグモは、ゴキブリを退治するために、輸入されたと言われる虫である。

 アシダカグモが、2匹家に入れば、その家のゴキブリは半年で絶滅すると言われているのだ。

 その速さは、当然、ゴキブリの比ではない。

 シンジには、死鬼アシダカグモの動きが見えなかった。


「ぎゃっ!」


「先輩!」


 シンジが、巨大なアシダカグモに組みつかれながら、壁まで吹き飛んでいく。

 セイは、昨日シンジから借りた『ミスリルの短剣』を抜きながらシンジの元へ向かった。


 ピキピキと何か異質な音が聞こえる。

 助けなくては。

 そう思い、セイはシンジの上に乗っている巨大なアシダカグモにナイフを振り上げる。


「あー……恐かった」


 シンジが、何事も無かったかのように、立ち上がり、巨大なアシダカグモを押しどかす。


「……はぁ?」


「うう、気持ち悪い。ねぇ、常春さん、俺ケガしている所無いよね? アシダカグモの毒って、麻痺毒とかじゃないよな……クモは皆毒を持っているって話だけど」


 シンジがクルクル回りながら、自分の体を確認している。


「いや、大丈夫だと思いますけど、え? なんで大丈夫なんですか?」


 セイは、ナイフを振り下ろそうとしたままで固まっている。


「ん? ああ、襲ってきた瞬間、蒼鹿を当てて、凍らせたんだよ。凍らせる殺虫剤って流行ったでしょ? あんな感じ。アシダカグモって速いだろうから、どうやって当てようかって思ってたけど、都合よくこっちに来てくれて助かったよ」


 そう言いながら、クルクル回るシンジ。


 アシダカグモは、元々暖かい地域のクモだ。

 寒さには弱い。


 シンジに凍らされたアシダカグモは、足を丸めてひっくり返っていた。


「そうです、か。」


 戸惑いつつ、制服の内ポケットに短剣を直しながら、セイはシンジに聞く。


「それで、これ、なんで襲ってきたんですか?」


「そうだな……」


 シンジは、タブレットを開く。


 見るのは、討伐情報だ。


『死鬼アシダカグモLv14』撃破 経験値300 70P獲得


 レベルが高い。


(レベルが高いから、『超内弁慶』じゃ命令が聞かなくなった? けど、死鬼ゴキブリは俺よりレベルが高くても言うことを聞いていたよな?)


 シンジは、死鬼アシダカグモを見る。


 あと、考えられるのは、


「……強さ、かな?」


「強さ、ですか?」


 セイが首を傾げる。


「今回は、偶然俺がこいつに有効な武器を持っていたから勝てたけど、素手だったら、圧倒的にコイツの方が強かったと思うんだよね」


「自分より強い者には、命令出来ない?」


「かもしれないね」


 シンジは、セイに自分の予想を伝える。


 その強さを、ステータスの合計値なのか、もっと別の要素か、何で計っているのか分からないが、可能性はあるとシンジは考える。


 死鬼ゴキブリについても、レベルは死鬼ゴキブリの方が高かったが、所詮大きさ50センチの虫だ。


 気持ち悪いという心理的要因さえなければ、シンジは『超内弁慶』の力が無くても、勝てていたと思われる。



 だが、今回の死鬼アシダカグモは違う。

 飛びかかってきた時に、姿が全く見えなかったのだ。

 あのスピードで、まっすぐ飛びかかってくるのではなく、翻弄するように縦横無尽に動きながら襲われたら、シンジに勝ち目はなかっただろう。


「それで、これはどうするんですか?」


 セイはなるべく死鬼アシダカグモを見ようとせずに、指を指す。


「うーん、せっかくだから、実験しようかな」


「実験、ですか」


 シンジは、凍っている死鬼アシダカグモを、キッチンにあったモップでカフェの広い空間に運ぶ。

 さすがに、こんな大きさのクモを手で運ぶ気にはなれない。


 机が並んでいない、開けた空間に、死鬼アシダガグモを運んだシンジは鉈でクモの足を一本切る。


「先輩、何しているんですか?」


 セイは、その様子を、何か気持ち悪いモノを見ている目で少し離れて見ている。


 まぁ、あまり見ていて、気持ちのいいモノでは無いだろう。

 シンジも動物の解体は慣れているが、こんなに大きな蜘蛛の解体はしたことがない。

 正直、気持ち悪い。

 だが、これは必要な事だった。


「ちょっと、修繕魔法、『リーサイ』の確認を」


 シンジは、蒼鹿を床に突き立てる。

 すると、氷が、死鬼アシダカグモの周りを、格子状に覆い始めた。


 まるで氷の檻である。


「これで、復活した時に、暴れることはないっと」


 シンジは作り上げた氷の檻を確認し、死鬼アシダカグモに修繕魔法をかける。


「『リーサイ』」


 死鬼アシダカグモの体が、淡く光る。


「うっわ……」


 同時に、シンジが膝から崩れ落ちる。


「先輩?」


 突然倒れたシンジを心配して、セイが駆け寄る。


「やっべ……」


 体に、力が入らない。

 しかし、肉体的な事が原因ではない。


 心理的に、疲れている。


 まるで、進級するために徹夜で勉強したテスト明けの時のように。


(ああ……このまま寝たい)


 カサリと、音がする。

 檻の中で死鬼アシダカグモが復活していた。

 足も治っている。


「くっ」


 氷の檻のおかげで、死鬼アシダカグモの動きは明らかに遅い。

 ただ、シンジはこの体調だ。

 もし何かあったら対応出来ない。


 シンジは、気を振り絞り手を伸ばして死鬼アシダカグモの角を折る。

 死鬼アシダカグモは角だけを残して消えた。


 シンジはそのままうつ伏せで倒れる。


「むぎょううう……」


「大丈夫ですか?」


 セイが、シンジの体を抱き寄せる。


「も、もっと、こう、胸を当てるように……」


「大丈夫そうですね」


 心配していたはずのセイから、冷たい空気が流れる。

 後ろの、氷の檻よりも冷たい。


「と、とりあえず、ソファに連れていって」


「分かりました」


 セイの肩を借りて、ソファにたどりついたシンジは倒れるように座り込む。


「ごめん、何か、暖かい飲物貰える?」


「紅茶でいいですか?」


「うん」


 セイが、キッチンに向かう。

 その間、シンジは、タブレットを起動してステータスを確認した。


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名前  明星 真司 

性別  男

種族  人間

年齢  17 

Lv  13

職業  自宅警備士☆7


HP  215

MP  0/220

SP  170

筋力  21

瞬発力 24

集中力 60

魔力  13

運   10

技能  麒麟児 

    超内弁慶 

    レベルアップ適正 

    職業適正 

    アイテムボックス30

所有P 19030P

戦歴  

(最新の10件表示)

『死鬼アシダカグモLv13』撃破 経験値165 65P獲得

レベルが13に上がった

『死鬼アシダカグモLv14』撃破 経験値300 70P獲得

『死鬼ムカデLv3』撃破 経験値15 5P獲得

『死鬼ムカデLv2』撃破 経験値20 5P獲得

『死鬼ネズミLv3』撃破 経験値15 5P獲得

『死鬼ゴキブリLv1』撃破 経験値5 5P獲得

『死鬼カラスLv1』撃破 経験値5 5P獲得

……

--------------------------------------------------



 MPが0だ。


 自分よりも強い死鬼に『リーサイ』をかけたらどうなるか確認したかったのだがMPを全て使ってしまうらしい。

 武器や、レベル1の死鬼に使ってもすぐに回復してしまう量しか減らなかった。

 もし、強くて経験値も多い死鬼に使えたらレベルアップが容易に出来ると思ったがこれではそういったことは出来ないようだ。

 今のシンジの状態では、レベル1の死鬼にさえ殺されてしまうだろう。


 それに、死鬼アシダカグモのレベルが下がってる。

『リーサイ』で治すたびに死鬼のレベルが下がるようだ。

 では、死鬼のレベルが1の時、『リーサイ』を使って治した死鬼を倒したら経験値はどうなるか。

 それも確認する必要があるだろう。

 上手くすればレベルアップに使えるかもしれない。


 セイには始め、人の死鬼を相手にしてもらうつもりだがその後のレベルアップは効率的にしてもらいたいとシンジは考えている。

 セイが死鬼を殺せたら、だが。


 シンジは、ただの死鬼のクモが自分より強かった事に少しだけ焦っていた。

 そろそろ、『敵』と遭遇する。

 そんな予想に近い予感がするからだ。


「先輩」


 セイが、紅茶を煎れてもってきた。


「お疲れのようなので、ミルクティーにしました。お砂糖はご利用ですか?」


「ありがとう。一杯だけ入れてくれるかな?」


 砂糖を混ぜたミルクティーをシンジに渡すセイ。


 優しい香りだ。

 シンジは、ゆっくりミルクティーを口に含む。

 ミルクの、柔らかな甘さと共に、暖かさが体の中に広がっていく。


「おいしい。ありがとう、少しは楽になったよ」


 セイは、何も言わず会釈だけを返す。


「あと、悪いけど3階に行くのは体調が戻ってからで。ちょっと、動けそうにない」


 シンジは、そのままソファに横になる。


「分かりました。しっかりお休みください」


 シンジは、目を閉じた。

 結局、シンジの体調が回復したのはお昼を過ぎた頃だった。


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