第33話 セイが朝食を作ってくれた


「……まったく、死者の冒涜にもほどがありますよ」


 昨日と同じようにセイがイスに座り、シンジは床に正座して説教をされていた。

 ちなみに、セイの服装は体操服ではなくちゃんと制服を着ている。

 昨日のうちに、シンジが『リーサイ』を使ってセイの制服を元に戻してあげたのだ。

 なので、もう、ノーブラ体操服では無い。

 ノーブラ体操服は存在しないのだ。


「……確かに、マドカさんたちは、体も生前と同じように柔らかいし、綺麗なままですけど……なんですか、その目は」


 セイは、シンジが向けている落胆の表情に怪訝な顔をする。


「いや、何も」


「……そうですか。とにかく、先輩がしている事は犯罪だって自覚が足りないんじゃないですか?」


 話を戻し、説教を続けるセイ。

 セイはかなりお怒りだ。

 昨日注意して今日も同じ事をしたのだ。

 腹が立つのだろう。


「いや、それが悪いって事は、分かっているんだけどさ……」


「じゃあ、なんでするんですか?」


「昨日寝るときは一人で寝ていたんだけど……寂しかったのかな? 気づいたら、命令していたみたいで……」


 シンジは頭をかく。

 マドカを抱きしめて寝ていたのは、本当に無意識だったのだ。


 だからと言って、セイの言うとおり、シンジがしていることはやっていいことではないのだが。


「……それは理由になりませんよ」


 そう言ってセイは立ち上がってキッチンに消えた。


 言葉自体は、シンジの言い訳に否定的であったが、態度はそうでも無かった。


(……あれ? 同情……されている?)


 セイの感情に、怒りと哀れみを感じたシンジはそう思った。


 しばらくしてセイがキッチンから出てきた。

 お盆には二食分の朝食。


 白いごはんと、味噌汁。

 茹でてあるキャベツや人参などの野菜に目玉焼き。

 シンプルだが、どこか優しい朝食だ。


「野菜は傷み始めているので、火を通しました。大したモノではありませんが、どうぞ」


 そう言いながら、セイは食事を並べていく。


「え、いいの?」


「……今は、かなり特殊な状況だと思います。周囲は、人を襲うおかしくなった人達だらけ。そんな状況で先輩は一人でいたんです。精神に何かしら悪影響が出ているかもしれません。私は、心身喪失状態だからといって、その人の罪が消えるとは思いませんが、日本の法律はそれを考慮します」


 セイは食事を並び終えて、シンジの方を向く。


「……それに、先輩は、私の命を二度も救ってくださった人ですから。そんな人を無碍に扱い続ける事なんて出来ません」


 セイは、にこりとシンジに微笑む。

 それは、許しの笑顔。


「あ、ありがとう!」


 シンジは立ち上がり、セイの手を取る。


「キャ!」


 その、シンジの素早い動きに驚いたセイは、とっさにシンジの足を払い空中に放り投げる。


「おお!?」


 綺麗に、まるでコマのようにシンジは空中を回転する。


「あっ、すみま……」


 セイが、自分のした行為を謝る中、スタッと、シンジはなんとか体制を整えて、着地した。


「……こ、こぇー」


 ここまで綺麗に投げられたのは、父親以来である。

 シンジは、驚きながらセイの実力に関心した。


「……せ……ん」


 謝り終えたセイを、シンジは見る。

 セイは、目を見開いていた。

 今のセイの感情も驚きと関心であった。




「……格闘技か何かされていたんですか?」


 朝食をとりながら、セイはシンジに質問する。


「いや、何も」


 シンジはセイが作った味噌汁を飲む。

 しっかりと出汁が効いていて、おいしい。


「その割には、さきほどの身のこなしといい、目を見張るモノがありますが」


「ああ。小さい時に、親に散々投げられたからな。受け身だけは得意なんだよ。キャンプだ、っていって、熊がいる山に一週間置き去りにされた事もあるし」


「なるほど」


 とセイは納得する。

 かなりおかしいシンジの幼少期なのだが、セイも似たような経験があるので、軽く流した。


 セイもおかしな少女である。


 ちなみに、本人は気付いていないが、この熊の出来事がシンジがゲーム好きになったきっかけの一つだったりする。

 散々、熊が出ると父親に脅されて山に置き去りにされたのに、結局一週間熊とは遭遇しないどころか、何も起きなかったのだ。

 一週間、何も無く退屈な日々を山で過ごしたシンジは、現実はつまらないと思いゲームにのめり込んだのだった。


「ごちそうさまでした」


 シンジは、手を合わせる。

 セイの作った料理は、素朴だがしっかりと下処理などがされていて美味しかった。

 シンジは大満足である。


「お粗末さまでした」


 セイは返事を返す。


「……お粗末さま?」


 シンジは、セイが言った返事に聞き覚えが無かった。


「はい。大したモノではありませんでしたが、という意味で使う、『ごちそうさま』に対しての返事ですけど……」


 シンジが首をかしげているのを、不思議そうにしているセイ。


 『ごちそうさま』という言葉に、『お粗末さまでした』と返すのは、礼儀として存在しているようだが、実際、『ごちそうさま』に対しては、『はーい』や『どうも』などといった返事を返す者が多いだろう。


 『ごちそうさま』という言葉を、他者と比較しながら言える機会が小学校の給食くらいであり、その言葉も言いっ放しのまま誰からも返事を返される状況でない以上、シンジが『お粗末さま』という言葉に馴染みが少なくて当然なのかもしれない。


「こんなにおいしいのに、大したモノではないって言うのも変だよね」


「時間も材料も無かったですし、そこまで良いモノはお出し出来ませんでしたから。お口に合いましたか?」


「うん。めちゃくちゃ美味しかった」


 下手に飾らず、率直に言われたシンジの感想にセイは思わず照れる。


「……お茶、淹れますね」


「お、マジで? ありがとう」


 セイは立ち上がり、キッチンに向かった。



 セイがお茶を淹れて戻ってくると、シンジはテーブルにいなかった。


「……なにをされているんですか?」


 シンジは、死鬼となった17人の女子たちの前にいた。

 何か、手を上下に動かしている。

 セイは訝しみながら、シンジに近づく。


「ん? ああ、髪に埃とか付いていたから、落としてる」


 よく見ると、シンジの手には櫛が握られておりそれで女子たちの髪を梳いていた。


「……いつも、このような事を?」


「いや、今までは命令して動いてもらったりしてたからね。気になるほど埃とか付いていなかったんだけど。昨日から命令してないせいか、埃が付いちゃったみたいだね。『リーサイ』で埃は落ちなかったし」


『リーサイ』をかけても、洋服は無くならないのと、同じようなモノなのか。

 体の上に乗っているだけの埃は、『リーサイ』をかけても取れなかった。


 セイは、シンジの手つきを見る。

 丁寧に、柔らかく髪を櫛に当てていく様子は、とても優しい。


「……それは、後にしませんか? お茶も淹れましたし、私がしますから」


 セイの申し出に、シンジは動きを止める。


「そうだね。任せた」


 シンジはセイに櫛を渡す。

 セイは、シンジにこれ以上女子たちの髪を梳いてほしくなかった。

 理由は、セイにもよく分からないのだが。



 お茶を終え、食器を片づける二人。

 セイがいる以上、死鬼の少女に命令して片づけてもらう事は出来ない。

 髪を梳くのはこの後だ。


「……そういえば、昨日先輩は4階を見て回ったんですよね?」


「ああ、誰もいなかったけどね」


 食器を洗いながらシンジは返事をする。


 昨日、セイに説教されたあとシンジは一人で4階を見て回った。


 結果として、4階には更衣室の前で散々エンカウントした女子の死鬼以外誰もいなかった。


 そう、死鬼さえも。


 ゴキブリや、ネズミなどの、小動物が死鬼化したモノはいたが、明らかに数が少なかった。


 5階でさえ、30名以上の死鬼がいたのだ。


 なのに、4階にいた死鬼が、シンジが倒した2体の男子生徒と、ミチヤマ。

 何度も遭遇した女子死鬼の4体だけなのは、数が少なすぎるだろう。


(……ミチヤマが、殺したんだろうな)


 死体は確認出来なかったが、血まみれになった教室は何部屋かあった。


 そこにいたのが、避難していた生きている人間か、死鬼化していた人かは分からないが、悲惨な事態があった事に間違いはないだろう。


(……俺が、最初の時に、ちゃんと素材化して殺していたら……)


 自然と、皿を洗う力が強くなる。不自然に。


「……先輩?」


「……へ?」


 セイの声で、意識を戻すシンジ。


「大丈夫ですか? とても恐い顔してましたけど」


「ああ、大丈夫、大丈夫」


 シンジは、洗剤がついている皿を、水ですすぐ。


 そのシンジの様子を見て、セイは少し心配になったが本人が大丈夫だと言っているのだ。

 よけいな詮索はしない方がいいと思い、会話を続ける。


「……それで、今日は3階に行くんですか?」


「ああ、そうだよ」


「……3階でも、昨日みたいに、男性は倒して、女性はこのカフェに連れてくるつもりですか?」


 昨日、シンジは、4階にいた女子の死鬼をカフェに連れてきていた。


 タオルで、口を縛った女性を、お姫様だっこで連れてくるシンジの姿を思いだし、少し嫌な気分になるセイ。


「そのつもりだけど?」


「……では、私もご一緒させていただいてもいいですか?」


 セイのその言葉に、すすぎ終わった皿を拭いていたシンジの動きが止まる。


「……本気?」


「はい。先輩だけに、苦労をかけるわけには行きませんから」


「シシトを探したい、とか?」


「はい……ってええ!? いや、へ? 何で先輩が!? ふぇええ!?」


 セイが顔を真っ赤にして、挙動不審になる。

 分かりやすい反応だ。


 セイの雰囲気から、義務感以外の感情、心配と、恋心を感じたシンジは、カマをかけてみたのだ。

 結果、慌てて可愛いセイを見れて、シンジは満足である。


「一年生の『ラブコメ』は有名だからね。常春さん綺麗だし、シシトくんと関係があると思ってたよ」


「いや、私は別に、綺麗じゃ……シシトくんも、ただの友達ですし、それに、『ラブコメ』ってなんですか……」


 真っ赤な顔のまま、うなだれるセイ。


「……ここからは真面目な話なんだけど」


 シンジは、声のトーンを落とす。


「……何ですか?」


「俺は、女性の死鬼を殺さない。けど、これは俺のルールだから、常春さんが守る必要はない。それは良い?」


「はい」


 セイはうなずく。


「……つまり、常春さんが自分からついていくと言った以上、俺はそこまで積極的に常春さんを守らない。自分の身が危ないと思ったら、常春さんを置いていくかもしれない。勝手な行動をしたら、見捨てるかもしれない。常春さんが死鬼を殺すのも、殺されるのも自己責任って言いたかったんだけど、それでいい?」


 セイは一度目を大きくあけ、うなずく。


「もちろんです」


 セイは、どこかうれしそうだ。

 その様子に、若干の危うさを覚えながらシンジは話を続ける。



「あと、俺は危険を減らす為に、男の死鬼は殺すつもりだ。けど……もしその中に、殺してほしくない人がいたら、言ってね」


「そ、それは……」


 シンジの言葉に、セイは戸惑う。

 シンジは、こう言いたいのだろう。


『シシトの死鬼がいたら、言え』


 と。


 しかし、シシトが死鬼になっているとしたら、シシトは死んでいるという事だ。


 シシトが死んでいるなんて、考えたくは無いが、もしそうなった場合、……確かに、シシトの遺体を傷つけるようなマネはしてほしくないとセイは思う。


 セイはまだ、蘇生薬の事を知らない。

 シンジはあえて言っていない。

 

「……わかりました」


「よし。じゃあ、準備して行こうか。お昼には一回戻ってくるけど、念のため食料や水も持って……」


 シンジは、目の端で何か動くモノをとらえた。


 すぐに、タブレットを起動して、双剣を構える。


「ど、どうしたんですか?」


「……なんか、嫌な感じ」


 セイをかばうようにしながら、シンジは周囲を見る。


「……なんかって、何が」


 突如、セイに向かって線が走る。


 シンジは、それを朱馬で受けた。


「……糸?」


 セイに向かってきた線の正体は、半透明の糸だった。


 シンジは、その糸が伸びてきた方向を見る。


「……グンソウ?」


 物陰に隠れるようにいたのは、昨日よりも倍ほどの大きさの、死鬼化したアシダカグモだった。

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