第30話 シンジが目覚める


「あ、あの……」


 セイが、オドオドとしながら、シンジに話しかける。


「何?」


「わ、私なら、一人で大丈夫ですから」


「さっき怪我したばかりなのに何言ってるんだよ」


「で、でも……」


 シンジは、セイの手を引く。


「大丈夫。安心して」


 セリフだけならシンジはまるで紳士のようだが、


「……安心出来ないです」


 そんなシンジは全裸だった。


 今シンジ達は更衣室までシンジの制服を取りに向かっている。

 セイを置いていくことはできないためセイもつれてだ。


 全裸でノーブラ体操服の女子の手を引き、学校の廊下を歩いている。


 しかも、セイはシンジの裸を見ないように目を閉じていた。


 何かがシンジの中で生まれそうだった。


 とてつもない何かが。


「ぐわぁ!」


 女子更衣室の前にいた死鬼となった少女が襲いかかってくるが、


「じゃまだどけぇい!」


 歯牙にもかけずシンジは女子死鬼を殴り飛ばした。

 全裸で。


「え、何?」


 突然の声にセイはびっくりしてシンジに抱きつく。


 薄い体操服ごしに感じる柔らかい感触。


「ゴォオオオオオオオル!」


 シンジたちは更衣室にたどりついた。



「……もう、着替えました?」


 セイは目を閉じたまま、更衣室の隅に立っている。


「うん。もう大丈夫だよ」


 上着を羽織りシンジは答えた。


「……本当に、大丈夫ですか?」


 明らかに、疑惑の声でセイが再び問う。


「いや、大丈夫だって」


「制服を来たフリをして、私に裸を見せよう……なんて考えてないですよね」


「か、考えてねーよ」


 いや、シンジは考えてはいた。

 しかし、もう秋も終わるかというこの季節に全裸でいることはかなりツラくてあきらめたのだ。

 もし、今の時期が夏であったならその考えを行動に移していた可能性はある。


 セイは、慎重に、ゆっくりと目を開ける。

 そこにしっかりと制服を着ているシンジを見てセイはほっと息をついた。


「……申し訳ありません。命の恩人に対する態度ではなかったと思いますが、先輩の今までの行動を考えると、いまいち信用出来なくて」


 セイが頭を下げる。


「あ、ああ。別にいいよ」


 シンジがセイを許す。

 むしろ、謝るべきはシンジなのだろうが。


「ありがとうございます。ところで、これからどうするんです?」


 セイがシンジに問いかける。


「うーん、そうだな。4階の調査でもしようかな……いないとは思うけど、ほかの……」


 ぐぅ、と音が聞こえた。


 シンジはその音が聞こえた方を見る。


 そこには、顔を真っ赤にしてセイがうつむいていた。


「……先にご飯にしようか」




 シンジ達は、階段を上り5階の廊下を歩く。

 更衣室を出たとたん、4度目の遭遇になる女子死鬼が襲いかかって来たがシンジが蹴飛ばしそのまま通り過ぎた。


「わ、私は大丈夫です!これくらい……」


 ぐぅ、とまたセイのお腹の音が鳴る。


「いや、無理しない方がいいよ。四日も、飴と水だけで生活してたんだろ? しっかりご飯食べないと」


「ううう……」


 セイは申し訳なさそうにうつむいたままだ。


「でも、ほかに生きている人がいたら……」


「それで自分が死んだら、意味がないだろ?」


 まだ納得してないセイをシンジが諭す。


「ご飯は、力のもとだからな。お腹が空いて力が出なかったら、多分ほかの人を助けることは出来ないと思うよ? 2回も死にかけたんだし」


「うぐぐ……」


 セイが悔しそうにうなる。


 まぁ、死にかけた回数ならシンジも負けてないし、その理由の大半が女性関係な分、どちらかと言えばシンジの方が情けないのだが。

 そのような事をセイは知らないので、素直にセイはシンジの言うことを聞く。


「まぁ、それに……」


「それに?」


「いや、何でもない」


 シンジは、言おうとしたことをやめる。


 おそらく、4階に生き残りはいないだろうという事だ。


 可能性は0ではないが、もう4日も経っているのだ。


 セイのように十分な水を確保できる環境にいれば話は違うだろうが4日も飢えや乾きを我慢出来ると思えない。

 生き残りがいれば水を確保できる更衣室か、カフェに向かっているだろうと思うのだ。


 仮に、食料や水をしっかりと確保出来ている者が4階にいるとしたら、彼らをすぐに助けにいく必要はないだろう。


 シンジがミチヤマと戦っている時に、様子を見ようともしない連中だ。


 そんな人物を無理してまで助ける必要はない。

 ご飯と安全は確保しているのだろうし。

 

 向かうなら準備をしっかりしてからだ。

 シンジは、そう考えていた。


 そして、シンジ達はカフェの前に着いた。


「……先輩」


 セイがつぶやく。


「ん? 何?」


「……5階には、一人もおかしくなった人がいないように思えます。……もしかして、5階にいたおかしくなった人は、皆先輩が?」


(……あれ? 怖がられている?)


 セイの様子から自分に対して恐怖の感情を持っていると感じるシンジ。


 確かに5階にいる死鬼は、シンジが一掃した。


 男子の死鬼は殺し、女子の死鬼はカフェに…………


「……? 先輩?」


「あ、ああ、いや。あ、あのちょっとカフェの掃除しないといけないから、ちょっと待っててくれるかな?」


「え?」


「5階にいる死鬼は、俺が倒したから、大丈夫だと思うけど、何かあったらすぐに呼んで! 絶対に呼んでね!」


 シンジは、慌てた様子でカフェの中に入る。


(あっぶねぇ……忘れてた)


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 シンジが前もってしていた《帰ってきたら、メイドっぽいあいさつで迎え入れろ》という命令に従って、総勢16名の少女達がシンジを満面の笑みで迎える。


 カフェの制服だったり、学校の制服だったり、下着姿だったり、裸エプロンだったり。


 シンジが、昨夜行った、《5階の完全確保祝い!酒池肉林の大宴会!!》の時の姿のままで、死鬼となった少女達はシンジの前に立っていた。


 何をしているのだろうか、この男は。


「ま、まず、皆服を着て……」


 シンジは、慌てながら少女達に命令する。

 この光景は、セイに見せられるモノではないだろう。

 裸エプロンだったヨレパン少女ミユキは、自身のライトグリーン色のヨレたパンツを拾い、履き始める。


 メイド服のようなカフェの制服を着ていた、マドカとユリナのユリユリコンビは、片隅に築かれた服の山から、自分の制服を探している。


「服着ている子は、片づけ」


 制服を着たままの、3日目に連れてきた女子達が床に落ちている丸められた紙などのゴミを片付け始める。


「空気入れ換えた方がいいかな」


 シンジは、窓を開ける。


「カァー」


 すると、開いた窓から額に角が生えたカラスが襲いかかってきた。


「いや、邪魔すんな」


 相手をしている暇はないと、シンジは紅馬で死鬼カラスを切り裂く。


「カァ……」


 死鬼カラスは、燃えながら地面に落ちて行った。


「あのー、お手伝いしましょうか?」


 カフェの外から、セイの声が聞こえる。


「いや、大丈夫! もう少し待ってて」


 シンジは、慌ただしくカフェの掃除をする。


 その様子は、どう見ても、大掃除の時にエロ本を隠すため母親に自分の部屋を片付けさせない男子高校生だった。


「……よし、もう大丈夫だな」


 あらかたの片付けを終えシンジはカフェの様子を見る。

 連れてきた女子死鬼達は皆学校の制服を着ている。

 女の子ばかりで怪しいが、逃げこんだ先のカフェに元からいて襲われないからそのままにしていたとでも言えばいいだろう。


 修繕魔法もかけたし、大丈夫なはずだ。

 シンジはカフェの外に出る。

 外では、セイが廊下の先を警戒しているように見ながら立って待っていた。


 「ゴメン、お待たせ。もういいよ」


 シンジの呼びかけに気付き、セイは頭を下げる。


「申し訳ありません。お気を使わせたみたいで……」


「いや、かなり散らかしてたからね……」


 誤魔化すように笑いながら、シンジはセイをカフェに案内する。





「お帰りなさいませ、ご主人様」





 そんなシンジとセイを、16名の死鬼となった少女たちが満面の笑みで迎え入れる。


「……え?」


 セイはきょとんとした顔で立ち止まる。


 シンジは、少女たちにしていた《帰ってきたら、メイドっぽいあいさつで迎え入れろ》という命令を解除するのを忘れていたのだった。

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