第31話 シンジが怒られる


「ゲーム、ですか」


「はい。そうです」


 セイは食事を終え、カフェのイスに座っている。

 シンジは、その横で床に正座をしていた。


「今、世界はテレビゲームのようになっていて、魔法という不思議な力やレベルアップという強くなる方法があり、あのおかしくなっている人達は、『死鬼』という死んだ人が動いてる化け物、ということですか」


「そのとおりでございます」


「それで、先輩はその死鬼を命令して動かす力を持っている、と」


「え、ええ。このような感じで」


 シンジは、ミユキに命令して、紅茶を煎れさせる。


 紅茶を受け取ったセイは、少し嫌そうな顔をしたが小声でミユキにありがとうございますと言い、紅茶を口に含んだ。


「おいしい……」


 自然と、こぼれたような笑みでセイがつぶやく。


「そ、そうだよね、おいしいよね」


 シンジは、これはチャンスと立ち上がろうとするが、


「正座」


 とセイに床を指さされシンジは素直に元の位置に戻る。


 シンジがマドカ達に命令して、色々なことをさせていたと知ったセイはシンジに正座をさせてた。


 セイは恐かった。


 怒っている女性特有のどうしようもない恐怖に、シンジは自然とセイの言うことを聞いて正座をしていた。


「私は、ゲームというモノをしたことがないので、よく分かりませんが、死んだ人が動いたり、操れるなんて、信じられませんね……」


「そう、ですか」


「催眠術」


「え?」


「催眠術……ではないですよね? さすがに、おかしくなっている人たちすべてを操っている犯人を先輩だというつもりは無いですが、おかしくなった人は皆生きていて、催眠術みたいなモノで……」


「常春さん。それ以上言うと怒るよ」


 セイの言う事は正論で当然の予想のように思えるが、シンジはなぜか腹が立った。

 何か、シンジの今までの行動や覚悟をすべてバカにされた気がしたのだ。


「……す、すみません」


 セイはシンジの怒気に気圧される。

 護身術の師範代である自身の父親と同じような圧迫感を、セイはシンジから感じた。


「……しかし、死体が動き出すと言われても、にわかには信じられません。体が動くという事は彼らは生きている人ではないのですか?」


 セイの意見はもっともである。

 今でこそ、ゲームや映画で動く死体、ゾンビなどがポピュラーになっているが、通常人が動いていたらその人は生きている人だと思うだろう。


「外を歩いている死鬼は見なかったの? 首が千切れかけてたり、腕がとれかけた人が歩いているのは?」


「人を襲っている人は見ました。しかし、体から出血はあるようでしたが、動いていますし致命傷のようには見えませんでしたが……」


(……どういうことだ?)


 セイは、シンジのように、首がちぎれたりした死鬼は見なかったという事だろう。


 実際、死鬼となった人は抵抗したときに腕などを噛まれて、死鬼の毒で死んだ者が多い。

 死鬼の群れなどに襲われて絶命した者は、損傷部分が多すぎて体中食われて死鬼にならずに終わるのだ。

 荒尾やマドカのように、首を噛みちぎられて致命傷で死んで死鬼になった者はそう多くない。

 また、ミチヤマも2回目に遭遇した時は体に傷が無かった。

 シンジが脳天にナイフを振り下ろしたはずなのに。

 はじめの、右腕がちぎれそうなケガも無かった。


 (何かあるのか? 例えば……肉体の損傷の回復? そういえばミチヤマって奴は怪我も治しておまけにしゃべっていたな)


 予想の域はでない。

 とにかく、シンジはセイとの会話を続ける事にする。


「……じゃあ、これ読んで見て」


 シンジは、タブレットをセイに渡す。


「これは?」


「iGODっていう、死鬼を倒した人が貰える端末。そこに、今回の異変について書いてあるから」


 セイはシンジから受け取ったiGODを見る。

 画面をさわり、電源ボタンを何度も押し不思議そうに眉間にしわを寄せる。


「……何も映らないんですけど?」


「……え? 貸して」


 シンジは、セイからiGODを受け取り電源を入れる。

 画面にはアプリが表示されている。

 ちゃんと起動する。


「なんだ、動くじゃん。ほら」


 シンジはセイにiGODを渡す。


「……何も映っていませんよ? 黒い画面のままです」


「え?」


 その後、シンジは iGODのアプリを起動してこの異変について説明している部分や掲示板などの画面を見せたがセイは何も見えないと一点張りだった。


「先輩、私をからかっているんですか?」


「いや、そんなはずは……」


 使用者本人しか、画面は見えないという事だろうか。


「じゃ、じゃあ、これ!」


 シンジは紅馬と蒼鹿の短剣を取り出す。


「ほら、燃えたり、氷が出る不思議な剣。ゲームの武器っぽいだろ?」


 シンジは、短剣を振るって、炎や氷を出すが。


「手品にしか見えませんし、そもそも、ゲームがよく分からないです」


 効果なしである。


「……じゃあ、回復薬は? 傷がすぐに治っただろ?」


「うちの父親の特性軟膏を塗っても、あれくらいで治ります。さすがに、部位欠損までは治らないと思いますけど」


「マジか」


 武術の道場ならそのような秘薬があるのだろうか。


「じゃあ……」


 シンジは、セイに世界がゲームのようになってしまった事を説明出来そうなモノを考える。


 別にゲーム、と思わなくても良いが、少なくとも死鬼が催眠術で操られている生きた人間であるという考えは捨てさせたい。


 今後の行動に支障が出る恐れがあるからだ。


 シンジは考え、あるモノを思い出す。


「じゃあ、コイツは?」


 シンジは、それを呼び出した。


「カモン! グンソウ!」


「へ…………ッキャァアアアアアア」


 セイが叫ぶ。


「ギャァアアアアアアア」


 シンジも叫ぶ。

 ……なぜか叫ぶ。


 キッチンから出てきたのはクモだった。

 角が生えたクモだった。

 もちろんというべきかそのクモは巨大だった。


 死鬼アシダカグモ。


 その大きさ約50センチ。

 通常の倍の大きさである。


「デカっ! デカっ! デカァアアア!」


「ちょっ! なんで先輩が驚いているんですか? これ先輩が呼んだんじゃないんですか? 今カモンって!」


「呼んだけど、デカいんだって! 最初、こんな大きさじゃなかったんだよ!」


 シンジとセイは二人そろってテーブルの上に避難していた。


「と、とりあえず、戻してください。命令出来るんでしょ?」


「じゃあ、これで、催眠術じゃなくて、死鬼を操る能力があるって、信じてくれる?」


「信じます! 信じますから!」


「じゃあ、戻れグンソウ! あ、回収した素材は置いていって」


 シンジに命令されたグンソウは、口にくわえていた糸の固まりをおいてキッチンに去っていった。


「あ、あれ、何ですか?」


 テーブルの上で疲れたように座り込むセイ。


「ああ、前、死鬼ゴキブリって奴が暴れた事があって、倒すために死鬼ゴキブリで同士討ちする命令をしたんだよ。そのときは気にしなかったんだけど、そのままじゃ素材を回収できないって思ってさ。死鬼ムカデみたいに、強い虫も死鬼化しているみたいだし、ちょうど、死にかけのアシダカグモがいたから、カフェに連れてきて、素材回収兼虫対策に、飼っているんだよ。……あんなに大きくなっていると思わなかったけど」


「……なんか、おぞましい名前がいくつか聞こえてきましたが、そうですか」


 落ち着いたのか、セイは息を整えてイスに座る。


 どさくさに紛れて、シンジもイスに座る。


「……」


 セイはそれを見逃さない。

 無言で床を指さす。


 シンジは流れるように正座した。


「……あれ、キッチンにいるんですか?」


「……いや多分、どこかの通気口みたいな所を通って、虫とかがいそうな所に行ってると思うよ。死鬼化した虫とかネズミなんかの小動物を倒して素材を回収するように命令しているから。……念のために、俺たちの前に姿は見せないように命令しとく」


 安心したようにほっと息を吐くセイ。


 あんなもの、シンジも見たくない。


 少し間をおいて、セイが話し出す。


「……正直、先輩の言っている事は荒唐無稽でにわかには信じる事が出来ないモノですが、先輩は私の命の恩人です。今までの行動からも、この状況について私より先輩の方が詳しいのは間違いないでしょう。なので、先輩の言うことをとりあえず信じることにします。しかし」


 セイは、一呼吸置く。


「先輩の言うとおり、彼女たちが死者だとするのならば、その死者を命令して操ったりしていいわけがありません。違いますか?」


 セイが、シンジを睨む。


「……」


「先輩?」


「……おっしゃるとおりでございます」


 小声で、しぼりだすようにシンジは答える。


「……ミチヤマくんや、襲ってきた人の殺人に関しては弁護しますけど、この件に関しては弁護しませんからね」


 そういうと、セイは立ち上がった。


(……めんどくせぇえ)


 シンジは頭を掻く。


 真面目そうな少女だとは思っていたが、まさか説教されるとは思わなかった。

 しかも、死鬼が死んでいる人だと結局信じ切れていないようである。

 このままだと死鬼を倒すときに足手まといになるかもしれない。


(…………)


 シンジは、セイの後ろ姿を見る。

 一つにまとめられた髪がゆさゆさと揺れ肉付きの良いお尻もプリプリとしている。


(命令できないかな?)


 そんなよこしまな思いがシンジに芽生える。


 シンジは試しに心の中でセイに命令した。


(セイ、パンツを見せろ!)


 ………………


 セイは動かない。


 セイに命令は出来ないようだ。

 まぁ、『超内弁慶』の効果にも、モノを操れると書いてあるのだ。


 生きているセイに使えなくて当たり前である。


 予想はしていたものの、少し残念に思いながらシンジは再びセイを見る。


 よく見るとセイは震えていた。


「……どうした?」


 シンジはセイに近づく。


 彼女が立ち止まっていたのはマドカとユリナの前だった。

 マドカもユリナも営業スマイルのまま動かない。


「百合野さん、水橋さん」


 セイは泣いていた。

 セイと彼女たちは同級生だ。

 友達だったのだろう。


(……というか、一年でこんだけ美人なんだから、もしかしたらシシトつながりかもな)


 シンジはそんな当たっている予想をする。


(……友達があんな事させられていた。なんて知ったら怒って当然か)


シンジは、セイによこしまな思いで命令しようとしていたことを反省する。


「先輩」


 セイが、シンジに問いかける。


「……何?」


「彼女たちは、百合野さん達は本当に死んでいるんですよね?」


 そこで、シンジは分かった。

 マドカ達が、死鬼達が死んでいるとセイが理解する一番の方法。


「……さわってみたら?」


 シンジに促され、セイはマドカの手を握る。


「……綺麗な手。傷一つなくてすべすべだけど……冷たい」


 セイは、確認するように何度もマドカの手を握る。

 そのたびにセイの涙が大きくなっていく。

 結局、どんな説明よりも体験する事が大事なのだ。


 百聞は一見にしかず。


 百見は、一触にしかず。


 セイにも伝わっただろう。


 傷もなく、体も柔らかくていい匂いがして。

 それでも、彼女たちから生気が感じないことを。

 生きているモノ特有の温もりがないことを。


「……先輩。もう一つ、聞いてもいいですか?」


 ハンカチで涙を拭きながらセイはシンジの方を見る。


「……なに?」


「見たところ、先輩は男子のおかしくなった人……死鬼、ですか? それは倒しているのに、なぜ……女子は倒さなかったんですか?」


 セイのその問いに、シンジは少しだけ考え、


「『楽』じゃないし『楽しく』ないから」


とだけ答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る