第29話 シンジがパオーン

 廊下ではセイが女子生徒を廊下に押さえつけていた。

 その女子生徒に見覚えがある。

 先ほど、5階から降りてきた時に対峙した死鬼だ。


「なにしてんだ!」


「先輩……!」


 セイは、女子生徒の腕を後ろにとって押さえつけていたが、そういった関節技が決まるのは相手が生きている者の時だけだろう。

 もっと言えば、関節が折れることに恐怖する者にのみ、その行動を封じることができる。


 では、死鬼が相手では?


 セイが更衣室から出て来たシンジの方を見ているその一瞬の間に押さえつけられていた死鬼が、関節を折りながら体の向きを変える。


 ゴキッと関節が折れるイヤな音がセイの耳に響く。


 思わず、その音に怯んだセイの腕に女子生徒が噛みつこうとした。


「ちっ!」


 シンジはその間に割って入り、女子生徒に自分の腕を噛ませる。


「っ……! らぁああ!」


 噛ませたままシンジは女子の頭を廊下に叩きつける。


 衝撃で、女子生徒の口が離れた隙にセイと共に死鬼となった女子から距離を置く。


「……大丈夫か?」


「……は、はい。私は大丈夫です。けど、先輩、腕が」


「こっちは大丈夫。気にすんな」


 痛むが動かせないほどではない。

 シンジはセイを庇うように立つ。

 死鬼の女子生徒はゆっくりと立ち上がろうとしている。


「せ、先輩、後ろ」


 セイが指さす方向を見る。


「……マジか」


 ちょうど、倒れている死鬼の女子生徒の反対側の位置になる廊下に男子生徒が立っていた。


 制服に血が付いているし足取りもふらついている。


 額に角もある事から彼も死鬼だろう。


 前方には女子生徒の死鬼。

 後方には男子生徒の死鬼。

 それと、セイ。


 このまま此処にいては囲まれるだけだ。

 シンジは迷うことなく突破を決意する。


 正面ではなく背面。

 男子生徒の方を突破する。


 シンジは、タブレットを操作し紅馬を取り出す。


「持ってて!」


 セイにタブレットを渡すと同時にシンジはセイを左腕で抱き抱える。


「は、はい……キャッ!」


 腰から胸にかけてセイを抱き抱えようとした事で、むにゃっ……とシンジの左手に適度な弾力を持つ暖かくて優しい感触が広がっていく。


(……これは!)


 これは、シンジにとって偶然の産物であったが、しかしそれは最上の幸せであった。


(カフェにいる! 誰よりも! 素晴らしい!)


 死因究明のため。

 シンジは、カフェにいる女子生徒たちに触診も行っていたのだが、その中にこれほどまでの弾力を持っている者はいなかった。


 適度に反発する暖かい物はシンジに幸福とやる気を与える。


「せ、先輩! 手が! 手が変な所に!」


 バタバタと暴れるセイを無視してシンジは男子生徒に向かって駆け出す。


「ぐあああ!」


「邪魔だああああ!」


 襲いかかってきた男子生徒を一振りで灰にしていく。


 左手には、の感触があるのだ。

 この感触を守るためならばシンジは神をも敵に回すだろう。


 シンジは、セイを抱き抱えたまま4階と5階をつなぐ階段まで避難した。


「……大丈夫?」


 シンジは解毒薬を飲みながらセイに声をかける。

 せっかくなので、先ほど噛まれた傷には回復薬を直接かけてみた。

 すると、傷口がみるみる内に塞がったので直接かけても回復薬は効果があるようだ。



 シンジに声をかけられたセイは、顔を真っ赤そめその左手は右胸を押させていた。


 先ほどまでシンジに掴まれていた胸だ。


「だ、大丈夫じゃ……!」


 胸をかなり強めに握られたのだ。

 しかもノーブラ。

 乙女として当然怒ったセイは、シンジに詰め寄ろうとする。


 が、近づいてきたセイの左手をシンジが掴む。


「なっ!?」


 そのまま、セイの左手を眼前に持って行くシンジ。


 さきほどまで自分の胸を触っていた手だ。

 それを見られセイはなんだか恥ずかしくなる。


「な、何をっ……!」


「ケガ、してる」


 シンジはセイの左手の傷を見ていた。

 先ほど、セイ自身でつけた傷だ。


「こ、これは……」


「何で言わないの?」


 セイに文句を言いながらシンジはタブレットを操作して回復薬と解毒薬を購入する。


「あ、だ、大丈夫です」


「いいから……」


 シンジはセイの左手に回復薬をかけた。

 セイの傷口は塞がっていく。



 セイは改めて、シンジの持っている傷薬に関心した。

 すごい治癒効果である。

 セイの父親が作っている特性の軟膏と比べても遜色ない。

 むしろ、それよりスゴイ。

 おそらく高価な物だろう。

 それを、ただの自傷行為を治すのに使わせてもらった。


 申し訳なくてセイは下を向く。

 そして、見てしまった。


「噛まれたわけでは無いようだけど、念のためにこれも飲んで」


「ひゃ!? ひゃい!」


 シンジが手渡そうとした解毒薬を奪うように受け取りセイは一気に飲み干した。


 ほう、とセイは一息つく。


「……なんで呼ばなかったの?」


 先ほどとは逆にシンジが、セイに詰め寄る。

 セイがケガをしていたからだ。

 死鬼を見つけたら、すぐにシンジを呼ぶ約束になっていたはずだ。

 なのにセイはシンジを呼ばず死鬼と戦っていた。

 結果としてケガをした。


 シンジに胸を揉まれた。


 胸を揉んだのはシンジであり必要ない行動でもあったのだが、その辺の罪悪感をシンジは見事にセイに擦り付けていた。


 簡単に言ってしまえば、胸を揉んだ事をセイに怒られる前にこっちが怒ってしまえというシンジのセコい作戦である。


「ねぇ、なんで?」


 シンジはセイを追求する。

 この追求は作戦ではあるのだが、シンジがセイのケガを心配しているというのは本当である。

 だからシンジのセイに対する追求はなかなか真に迫ったモノがあった。

 セイは顔を横にそらし、シンジの方を見ようともしない。


「黙ってちゃわからないけど」


 セイは顔を横に向け口をつぐんだままだ。


「……まぁ、言いたくないなら……」


「……さい」


 セイが何かつぶやく。


「え?」


「前を隠してください!」


 セイが大きな声で叫んだ。


 言われて、シンジは自分の股間を見る。


 そこには何も隠されていない密林のゾウがいた。


 逃げるときにタオルがはだけて落ちたのだ。


 しかも、シンジのゾウさんは、女子更衣室のにおいをかいだり、セイの胸を揉んだせいで、若干パオーンと鳴いていた。


「キャーーーーーー」


 シンジは、慌てて自分の前を隠しながら叫んだのだった。

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