第28話 シンジが女子更衣室でシャワーを浴びる
「……本当に、大丈夫か?」
「はい!任せてください」
シンジは、力強くうなずくセイに確認する。
「先輩だって、血まみれじゃないですか! 足のケガも治りましたし、先輩がシャワーを浴びている間くらい、一人で大丈夫です。安心して、お体を綺麗にしてきてください」
時間は戻り、セイがシンジの弁護をするという話の後セイはシンジにシャワーを浴びるように言ってきた。
自分だけ綺麗になって恩人である先輩が汚れたままであるのは耐えられないそうだ。
確かに、シンジは死鬼が出てくるようになってから濡れたタオルで体を拭くだけでしっかりとした入浴はしてないし、
先ほど、ミチヤマを蹴った時の返り血がかなり体に付着しているため汚れている。
だが、ついさっきまで死にかけていた少女を一人きりにするのはさすがにシンジにとって抵抗があった。
しかし、セイがハキハキとやけに力を込めて説得しようとする様子を見てシンジは折れる。
「わかった。じゃあ、これだけでも持っていて」
シンジはセイに『ミスリルの短剣』を渡そうとする。
「これは?」
「護身用」
シンジは、『ミスリルの短剣』を抜き近くの壁を切る。
『ミスリルの短剣』はコンクリートで出来た壁をまるで果物を切るかのように軽々切り裂いた。
ガチャでも当たりの短剣だ。
これぐらい出来て当然だろう。
「そんな、こんな危ないモノ、持てません」
セイは『ミスリルの短剣』の受け取りを拒否する。
「いいから、持ってて」
「こんなモノが無くても、武道には多少の心得があります。大丈夫です」
「さっき、死にかけたのに?」
セイが体をビクリと振るわせる。
意地悪なことを言ったかな、とシンジは思ったが事実、セイはつい先ほど死鬼に襲われて死にかけたのだ。
「……わかりました」
セイはしぶしぶ短剣を受け取る。
「じゃあ、浴びてくる。もし、死鬼……さっきみたいな奴らが来たら、大声で叫んでね。すぐに行くから。もし来なくても、怖くなったり、心配な事があったら、すぐに呼んで。じゃあ……」
シンジは女子更衣室に入っていった。
「……はぁ」
セイは溜まった空気を吐き出す。
ショックだった。
道場では同性の間で敵なし。
男性が相手でも父親や祖父など一部の上段者以外はセイの方が強かった。
そんな自分が、まるでお使いに行く子どものような心配をされている。
その事実にセイは傷ついた。
いや、とセイは首を振る。
自分の感情を外に出すため。
そう、事実なのだ。
事実セイはミチヤマに殺されかけたのだ。
肩を喰われ髪をちぎられ、そして……
セイは衝動的に、短剣を抜こうとする。
抜いて自身の首を切り裂き舌をえぐり……
セイは、必死に自分を止める。
頭の中で暗く光り続けるミチヤマの凶行を、消そうと歯を強く噛む。
叫びそうだった。
襲われた道場の後輩に。
奪われた初めてのキス。
理想とは真逆の悪夢のような現実にセイは自然と涙がこぼれた。
声を出すな。
セイは自分に言い聞かせる。
大丈夫と、言ったのだ。
ただ、過ぎた過去を思い出した程度で声を出し、先輩の入浴を止めたらそれこそ恥だ。
子どものお使い以下ではないか。
セイは、血が出るくらい自分の手を握りしめ、何とか耐えた。
「うばああああ……」
声が聞こえた。
廊下の先を見ると明らかに様子のおかしい女子生徒がこちらに向かって歩いてくる。
セイは涙を拭い女子生徒と対峙した。
「……大丈夫かね」
廊下にいるセイを心配しながらシンジは制服を脱ぐ。
異様に強い死鬼もいると分かったこの状況で、少女を一人にさせるのは不安だがシンジにシャワーを浴びるように言うセイはどこかギリギリだった。
何か、誇り、のようなモノをかけているように見えた。
そこまでの覚悟でいた少女を止めることは出来ない。
シンジは、蛇口をひねる。
セイが浴びた後だからだろう。
少しヌルいお湯が、徐々に温かくなりながらシンジの体に付いた汚れを落としていく。
「……すげぇな」
シンジの体を伝ったお湯が赤く染まりながら排水溝に流れていく。
この血の分だけシンジは死鬼を殺してきたのだ。
「…………」
自分の体に染み着いた血を見て少しだけ気が滅入ったが、流れる温かいお湯がシンジの心を癒していく。
入浴には体を綺麗にするだけでなく様々な効果がある。
体を温める事で体の血流の流れも良くするし、水の音は精神的にも落ち着かせる効果がある。
一通り、すっきりしたシンジはシャワーを止める。
排水溝に流れる水も、すっかり透明になっていた。
その証拠に排水溝に溜まった髪の毛や、チヂレた毛がはっきり見える。
「……!」
シンジは、その光景を見てひらめく。
いや、思い出す。
シンジがいる場所は女子更衣室だという事を。
あの、健全な男子高校生ならば一度は憧れる女子たちが体育の後に汗だくになりながら更衣する、魅惑の場所にシンジはいるのだ。
シンジは思いっきり深呼吸する。
落ち着くため。そう自分に言い聞かせる。
シンジの胸に、肺に、体に、女子更衣室の空気が入り込んでくる。
「……っはぁ! ……はぁ! はぁ!」
落ち着くためにした深呼吸でなぜかシンジの呼吸は荒くなった。
しかし悪い気分ではない。
シンジは、次に、排水溝に溜まっている毛たちに注目する。
シンジがシャワーを浴びる前にこのシャワーを使っていた人物はセイだ。
では、ここに落ちている毛は?
長く美しい髪の毛は?
チヂレた短い毛は?
シンジは壁に手を付く。
(……落ち着け……落ち着け……)
シンジは、落ち着くために女子更衣室の壁をさわる。
ペタペタと。
壁をよく見ると色々な落書きがしてあった。
『コタくん可愛いー』
『シシトくんと目があった。今日は幸せ』
『貝間先輩素敵です』
『いつもありがとうキョウタくん』
『死ね、明星』
「……」
最後の落書きを見て興奮がさめるシンジ。
落ち着く事が出来たが、同時に、先ほどまで自分がしていた行為としようとしていた行為がバカらしくなる。
(何しようとしていたんだか)
青少年の性欲。恐るべしである。
シャワーから出て体を拭くためのタオルを取り出そうとしてタブレット端末を操作しているとき気づく。
これ見よがしにタオルが畳まれて置いてあるのだ。
セイが置いていたのかだとすればかなり気が利く子である。
さわってみて、乾燥していることを確認したシンジはせっかくなのでセイが用意していたタオルを使って体を拭く。
(しかし、タオルなんてどこに……)
シンジは女子更衣室を見渡す。
すると、シャワー室の横の目立たない場所にタオルがいくつか畳まれて置いてあった。
おそらく、落とし物や忘れ物のタオルなのだろう。
女子更衣室に長年置かれていたタオルで体を拭いていることにまた若干興奮しながらシンジは体を拭き終わる。
ちょうどそのとき。廊下から物音が聞こえた。
何か廊下に叩きつけるような音だ。
「なんだ?」
シンジは慌ててタオルを腰に巻き廊下に出た。
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