第26話 シシトが動く
(……皆眠ったかな?)
夜になり皆が寝静まった頃。
シシトは目を開ける。
隣にはシシトのジャージをしっかりと掴んでいるコトリ。
夜は、女子は食堂。男子は武道場に分けて就寝していたが、コトリがシシトの元を離れようとせず仕方なく……シシトが食堂で寝ていた。
男であるシシトが年頃の女性だらけの食堂で寝ることについて、ほかの女子から反発が有りそうなものだ。
だが一見小学生にしか見えない可憐で可愛いコトリを凶悪な男子の巣窟に置いておくくらいならば、女子たちはシシトと一緒に寝た方がいいという結論になった。
シシトの周りには、ロナやユイ。
また、その他の女子が眠っているが、心なしかシシトの周囲の女子はシシトに寄って眠っていた。
シシトは、コトリに気づかれないように慎重にジャージを脱ぎ起きあがる。
皆、眠っている時は制服を脱いで体操服やジャージなどに着替えているため、中にはきわどい姿の者もいる。
ロナの体操服がはだけ、ちらりとのぞいているおへそにドキドキしながらシシトは食堂の出口に向かう。
「……ごめんな」
眠っているコトリやロナ、ユイを見ながら小さくつぶやくとシシトは食堂から抜け出した。
「よっ。やっと来たか」
食堂を抜け出し、二階に登って渡り廊下の前に着いたシシトはそこで待っていた人物の挨拶に答える。
「よっ、キョウタ」
シシトと、廊下に立っていたキョウタは音を立てないようにハイタッチをしそのまま空中腕相撲に突入する。
「うんうう? ……女子に囲まれて弱くなってないか?」
「はぁ? なめんなよ……」
押されていたシシトが、力を込めて押し返し……お互いが疲れたところで、終了した。
「……くっ……はっは」
「なんか久しぶりだな、コレ」
久々の、二人だけの挨拶に、思わず笑う。
「最近、シシトは彼女とイチャイチャして相手にしてくれないからなぁ……」
「いや、別にイチャイチャしてねーし。っていうか、お前も知ってるだろ? ロナとは本気で付き合ってねーって」
軽口の言い合い。
キョウタとシシトは小学校からの親友だった。
「…………行くのか?」
「ああ……百合野さんを、探さないと」
キョウタの問いに、シシトは力強くうなずいて答えた。
「……いや、常春さんは?」
「へ? ああ、そうそう常春さんも迎えにいかないと」
「おいおい、常春さんは俺の大切な学級委員の相方なんだぜ? しっかり迎えに行ってくれよ」
「いや、常春さん強いから、大丈夫だと思って」
2人は小さく笑う。
若干、キョウタの笑いが渇いているが、そのことにシシトは気付かない。
「……やっぱり一人で行くのか?」
「迎えに行くって約束したのは俺だし……それに、ロナにも言われたけど、こんな状況で百合野さんを探すのは危なすぎる。俺一人で行くよ」
「……まぁ、常春さんも、それを望んでいるだろうしな」
キョウタはシシトの前に行き、廊下を指さす。
「行くなら、なるべく二階を通って行け。女子更衣室は、この廊下をまっすぐ行って、左手に曲がったところにある階段から登って行くのが一番近いはずだ。
……夜は、暗くて危ないから、なるべく昼間に行ってほしかったんだけどな」
「ロナにバレたからなぁ」
シシトは苦笑いをする。
「じゃあ、今度は見つかる前に、さっさと行ってこい。渡り廊下をつなぐ二階にいる死……オカシくなった奴は、皆で協力して体育館に閉じこめているから、安全だとは思うが、油断はするなよ? それと、5メートル。これがオカシクなった人達に気付かれる距離だから。まぁ、会長の指導は聞いたと思うけど」
「ああ」
シシトはコクリと頷く。
「じゃあ、コレがホウキと、剣道の小手。噛まれないようにな。噛まれるとオカシクなった人の病気が移るらしいから。あと、まずは常春さんをこっちに連れて来い。ケガをした女の子を連れて、人探しなんて出来ないだろ?」
キョウタからホウキと小手を受け取り、身に付けるシシト。
「ありがとう。そうだな。まずは常春さんをこっちに連れてくるよ」
シシトはキョウタを追い越し、歩いていく。
「色々ありがとな」
振り返らずにシシトは言う。
「さっさと行ってこい。無事に戻ってきたら、故郷にいる幼馴染と結婚するんだろ?」
「それ死亡フラグ! てか幼馴染って、ユイかよ。それはないわぁ……」
2人は笑う。
そしてシシトは、そのまま歩いていった。
シシトは廊下を曲がり、キョウタの前から姿を消す。
「……はぁ。疲れた」
キョウタは、ため息を吐きながらメガネの位置を直す。
そこには、先ほどまで友人と仲よく話していた少年の顔は無かった。
鋭く尖った目つきは、まるで茂みに潜む蛇のようである。
「常春さんが、まるでオマケのような扱いだな」
シシトが去った廊下を、キョウタは歩く。
「百合野さん百合野さん……ちょっと間を開けて、ロナさん……ってか?」
キョウタは、懐から、少し大きめのタブレット端末を取り出す。
「ハーレム男め……ユイや常春さんの気持ちを……俺の気持ちも、少しは考えろよ」
シシトが登った階段のすぐ横にある教室の扉を、キョウタは開ける。
そこには、布で口を、手を、足を縛られた女子生徒が四人いた。
彼女たちは、皆額に角が生えている。
つまり、彼女たちは、オカシクなった人。
死鬼だ。
「さてと、出番だぞっと」
キョウタは、恐れもせずに少女たちが転がっている教室に入る。
「一年B組 山中さん 一年A組 鈴川さん 2年E組 吉田先輩に、同じくE組 加藤先輩」
キョウタは、転がっている少女たち一人一人を見ながら、声をかけていく。
「これから、しばらくしてシシトがこの前を通ります。皆さんが大好きなシシトです。生前は伝えられなかった思いが色々あるでしょう。その気持ちを、思う存分ぶつけましょう。方法は……」
キョウタは、親指で首を掻き切るジェスチャーをする。
「喰い、切る。愛する人と同じになりたい。愛する人の一部を体内に取り込みたい。そう思うことに、何もオカシナことは無い。大丈夫です」
キョウタは、タブレットから、小さなナイフを取り出した。
「死鬼……ゾンビではなく、死んでいる人が、生きたいという欲望によって動きだし、欲望によって動く人。色々教えてくれたアノ人には感謝だな。おかげで、この計画も思いついた」
キョウタは、取り出したナイフを振う。
すると、ナイフの刃先から、透明な刃のような物が放出される。
出て来た透明な刃は、拘束されていた女子生徒の死鬼たちの布を切り裂き、彼女たちを自由にする。
キョウタの持っているナイフは、『疾風の小刀』といい、一度振れば、最大で12本の空気の刃を生み出す、キョウタがレアガチャで当てた、銀色相当の武器だ。
そう、キョウタは、死鬼を倒した事がある。
あれは、キョウタが食堂に逃げ込む前。
オカシクなった人が現れだして、1時間も経っていないとき。
噛みつこうとしてきたオカシクなった人の額に生えていた角を、キョウタは偶然折ってしまった。
すると、おかしくなった人の体が崩れ、キョウタの頭の中で、『テテテテン』と、某モンスターを集めて進化させるゲームのレベルアップする音楽が流れた。
分けが分からなくて混乱しているキョウタの目の前には、気付けば大きな靴下に入ったタブレット端末が落ちていた。
それから、無事に食堂に逃げ込めたキョウタは、ある人物から、変わってしまった世界の情報を聞く。
おかしくなった人は、『死鬼』ということ。
ゲームのように、死鬼を倒したら、レベルが上がり、強くなること。
そして、死鬼は、生前の欲に支配され、レベルが上がるほど、その欲に対する欲求が強くなり、行動すること。
キョウタは、その情報を、シシトが一人で食堂に逃げ込んだ時に、使おうと決めた。
シシトを殺すために。
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