第27話 キョウタが動く
キョウタは、小学校からの友達であるシシトの事が好きだった。
友人として。
キョウタは、小学校からの友達である岡野ユイの事が好きだった。
異性として。
その淡い恋はユイのシシトに対する恋心を理解したときに、深く深く心の奥底に押し固められた。
シシトも好きだしユイも好き。
ならば、友人と好きな人の恋を応援しようと決めたのだ。
そして、ユイはドンドン綺麗になっていった。
ユイの少年のような、生命力あふれる顔立ちは成長するごとに女性特有の柔らかさと優しさを合わせるようになり、すらりと長く伸びた手足は上質なミルクのような滑らかさと艶を持っていて、彼女が廊下を歩くだけでそこはパリのファッションショーのような錯覚を覚えるほどであった。
そんなユイに愛の告白をするモノはもちろん大勢いた。
中にはユイに対しての劣情を抑えきれず、乱暴な事をしようとするモノまで現れた。
そんなユイを守るために。ユイとシシトの恋を叶える為にキョウタは『壁ドン倶楽部』の前身である『岡野ユイファン倶楽部』を結成した。
ユイを車で拉致しようとしていた大学生達をファン倶楽部の皆でリンチし、ユイの恥ずかしい写真を盗撮して脅そうとした同級生を裸にして逆に写真に収めた。
シシトをリンチしようとした学校の先輩を逆にボコボコにしたこともある。
こうして、キョウタは、何度も。何度も何度も、シシトとユイを守り続けてきたのだ。
しかし、小学校を卒業し中学校を卒業しても二人の距離は仲の良い幼なじみよりも縮まる事は無かった。
そんな二人を見て、キョウタは何度も。何度も何度もユイに思いを告げようと思ったが、結果は火を見るよりも明らかで、告げた未来には何も無いことも明らかに見えていた。
それはまるで、乾ききった砂漠の中で目の前にオアシスがあるのに水を飲めないような自制の苦しみだった。
そんな苦しみからキョウタを救ってくれたのが高校に入学して同じクラスになった常春 清であった。
容姿は、同じクラスにいる学校一の美少女。ロナと比べても、遜色がないほどの美少女でまたその佇まいからまるで鍛えられた日本刀のような美しさを持っていた彼女は、キョウタの砂漠に新しいオアシスを作り上げた。
新しい恋。
誰にも遠慮する必要がない恋。
もちろん。セイはとびっきりの美少女でライバルは多かったが、キョウタは同じ学級委員でほかのライバルに比べてチャンスは多いし、挑むことさえ許されなかったユイとの恋に比べてずっと気楽だと思っていた。
セイがシシトに好意をいだくようになる前は。
いつの間に?
そんな感じだった。
最初は、セイはシシトの事を良く思っていなかった。
異性と交際する。(どこか古風なセイの感覚から、それは許せないことだった)
色々と問題は起こす。
クラスの女子にセクハラをする。
そんなシシトの事をセイは嫌っていたはずだしそれは本人が公言していた。
だが、夏休みに入る前には事あるごとにセイはシシトを呼び出し学級委員の仕事を手伝わせていた。
同じ学級委員であるキョウタを除け者にして。
本人はシシトに対する罰だと言っていたが、その行動は明らかにシシトに好意を持っていたからだった。
また、キョウタの恋はシシトに邪魔されたのだ。
そして、そんなシシトは別の女性が好きだと言う。
セイもユイもただの友人だと言う。
皆が憧れる美少女と付き合いながらシシトは別の美少女に夢中になっている。
許せるモノではない。
「ふ ざ け る な よ !」
キョウタは叫んだ後慌てて自分の口をふさぐ。
つい感情が声に出た。
激しい嫉妬。
今日の夜の見回りはほかの壁ドン倶楽部のメンバーが担当しているが声に気づいて誰か起きてくるかもしれない。
「……ふぅ」
誰も来ないようだ。
キョウタは安心して教室を見る。
拘束を取られた少女たちはゆっくりとキョウタに近づいてくる。
死鬼は生前の欲望に支配される。
彼女たちが一番欲しているのはシシトであるが人間の欲は一つではない。
一番好きな異性以外の人間に対する性欲は少なからず持っているし食欲もある。
彼女たちのほんのささいな欲望の対象にキョウタは選ばれていた。
「襲われる前に、出ますかね」
キョウタは教室の出口に向かう。
悠々と。ゆっくりと。
恐怖とは無知から来るものであるとは誰の言葉か。
あらゆる過去の偉人が伝えてきた教訓をキョウタは実感していた。
死鬼は弱い。
早さも力も一般人と大差ない。
角さえ折れば一撃で動きを止める。
噛まれても解毒薬さえ飲めば問題なし。
夜、誰も起きていない時間に外に出てこっそりとレベルを上げていたキョウタは、彼女たちから一斉に襲われても死ぬことはないし、一瞬で殺すことも出来る。
だが、シシトは違う。
シシトには彼女たちに対抗する知識が無い。
シシトが知っているのは会長が皆に教えていたのは最低限の知識だけだ。
角を折れば簡単に倒せるなどはシシトは知らない。
だからキョウタはシシトを殺せる。
死鬼を使って。
1体なら知識の少ないシシトにも何とか対処出来るだろう。
襲ってきてもホウキで距離を取って逃げればいい。
しかし4体もの死鬼に襲われたらシシトに成す術もないはずだ。
シシトが、安全圏だと思っている2階に、命からがらセイと共に逃げてくる。
だが、安心したのもつかの間。
そこには4体もの死鬼がいるのだ。
しかも、その4体の死鬼はシシトの事を愛している。
恋という欲望に支配されている彼女たちは一緒にいるセイには目もくれず、シシトにまっしぐら、と襲いかかり彼に噛みつくだろう。
そこに、キョウタが登場する。
やっぱり心配だから。こっそり後を付いてきた。などと言いながら襲われているシシトとセイをかばい彼らを逃がす。
だが、彼らは満足に逃げられないはずだ。
シシトは噛まれ死鬼の毒が回り、セイは足をケガしている。
食堂に逃げ切る前にシシトは死鬼になってしまうだろう。
すると、死鬼になったシシトはセイに襲いかかるだろう。
そこにまた、キョウタが登場する。
死鬼になったシシトから、セイを庇い偶然を装ってシシトの角を折りシシトを殺す。
セイの事を助けたヒーローになり邪魔なシシトを殺す、まさに一石二鳥。
上手くいけば、シシトが死んで悲しんでいるユイやロナを慰めてシシトの代わりになれるかもしれない。
これが、キョウタが考えた計画だった。
そのために、3階と4階の死鬼はキョウタが昨日の夜に調査して、教室に誘いこんだりして間引きしている。
その時、教室にいるシシトの事が好きな4人の死鬼を3階と4階から連れてきたのだ。
体育館にも、皆で保護した死鬼がいるが現在、体育館は生徒会長以外入れないのだ。
間引きしたと言っても、さすがに廊下にいる死鬼が0ではおかしいので各階に3~4体ほど死鬼を残してきている。
0だと、シシトのバカはセイを連れて、マドカを探し始めるかもしれないともキョウタは考えたのだ。
女子更衣室まではキョウタが教えたルートだと、2階から直線距離にして100メートルも無い。
3~4体の死鬼がいるが、慎重に行動すれば、女子更衣室からセイを助けだして2階に戻ってくるまでの間に死鬼と遭遇することはないだろう。
あったとしても1体か2体だ。
また、不足の事態が起きるかもしれないので今から本当にシシトの後を付ける予定だ。
シシトが暗い学校の中を、死鬼に注意しながら歩いている事を考えるとちょうどいい遅れだろう。
まだ3階への階段を昇っているくらいのはずだ。
もし仮に、シシトがすでに殺されているようなマヌケなら……それはそれで良い。
セイはキョウタが助けに行けばいいだけの事である。
そして、その帰りにセイにシシトの死鬼を見せて、彼女を襲わせシシトを殺す。
あまりスマートに行くとは思えないのでこの展開は避けたいところであるが。
絶好のタイミングでセイを助けるヒーローになり、絶好のタイミングでシシトと絶交する。
そのためにも、シシトにはせめて自分が後ろで見張り始める間くらいは生きていて欲しいとキョウタは思う。
計画が成功した後の事を考え自然とこぼれた笑みのまま、キョウタは教室の扉に手をかける。
「……じゃあ、後はよろしく。シシトが来たら、頑張って……」
振り返り解放した4体の死鬼の姿を確認しようとしてキョウタは止まる。
3体しかいない。
先ほどまで、確実に4体の死鬼が、教室にいたはずだ。
「……え?」
グチャ
っと音がしたと思うと同時に、キョウタの視界がパッっと赤く染まり黒になる。
「ぶげっ!?」
キョウタは扉に背中を強く打ち付けられた。
メガネが落ちる。
何が起きたか分からない。
ただ、キョウタの鼻は折れ血が吹き出している。
「な……んべぇ?」
キョウタの目の前に立っていたのは、先ほど姿を消していた死鬼だ。
どこにいたのか。
何をしたのか。
キョウタには分からない。
分かることは一つ。
目の前にいる死鬼がキョウタに食らいつこうとしている事だけだ。
「うわぁっ!」
なんとか転がり、噛みつきを避けたキョウタは一度落ち着くために逆の方の扉から教室を出ようとする。
だが、キョウタは再び強い衝撃を受け壁に激突する。
「がっ!?」
骨の折れる音がはっきりと聞こえた。
崩れるように膝を付いたキョウタが見た物は3体の死鬼だった。
「なっ……なっ……がはぁ!」
キョウタの口から血が吐き出される。
肋骨が折れてそれが肺に突き刺さったのだろう。
キョウタは激しく呼吸をしながらどうすればいいか考える。
何が起きたか考える。
おそらく、いや、間違いなく、キョウタの鼻と肋骨を折ったのはこの死鬼たちだろう。
教室を確認したときに一体の死鬼の姿が見あたらなかったのは、キョウタの視界から外れるほど高くジャンプしそのままキョウタの顔面に膝蹴りをたたき込んだからだ。
証拠に鼻が折れたときに近くにいた死鬼の膝から血が垂れている。
「がぁ!」
3体の死鬼が一斉にキョウタに襲いかかる。
「『神盾』!」
キョウタは、とっさに選んでいた職業の技能を発動させる。
戦士の技能、『神盾』
見えない半径1メートルほどの防御膜を一定時間展開させるスキル。
発動時間は使用者のレベルによって代わり、キョウタの今のレベルでは持って10秒程度。
その後再び使うのに10分はかかる。
しかし、10秒もあれば教室から逃げ出せる。
キョウタの知らない恐怖から逃げ出せる。
死鬼達が防御膜を突破出来ないうちに、キョウタは教室の外に出て扉を閉めた。
同時に『神盾』の効果も切れる。
「……助かった?」
教室の中から死鬼たちのうめき声が聞こえる。
だがうめき声だけで、教室の扉を開けようとする気配はない。
ほかの死鬼と同様にそのような知識は無いようだ。
しかし油断は出来ない。
あの死鬼たちはキョウタの知っている死鬼と違う。
死鬼にあのような身体能力は無いはずなのだ。
「アレ? 逃げてきたの?」
突然キョウタの後ろから声がかけられた。
とっさに『疾風の小刀』を抜き出しながら振り向いた先にいたのはキョウタが良く知っている人物だった。
「……、………………!」
キョウタは驚きその人物の名前を呼びなぜここにいるのか聞く。
いや、聞こうとした。
言葉とは肺の中にある空気を使うことで発する事が出来る。
だが、今のキョウタに何か言葉を言って相手に何か聞くことは出来ない。
体と、頭が、離れているから。
キョウタの首が廊下に落ちる。
ごろりごろりと廊下を転がりながらキョウタは考える。
なんで、ここにあの人がいるのだろう。
なんで、教室にいた死鬼はあんなに強かったのだろう。
なんで、あの人は、槍を持っているのだろう。
なんで、自分は、こんなに寒くて、眠くなっているのだろう……
様々な疑問が頭に浮かび消えてく。
しかし、最後までキョウタが愛する、恋するセイの事は浮かんで来なかった。
結局、キョウタの恋心などその程度であったのだろう。
本当に好きならば、シシトからセイの事を聞いた時に真っ先に助けに行くはずだから。
小学生の時に、ユイに告白していたはずだから。
こうして、壁ドン倶楽部のリーダー。
土屋 匡太(つちや きょうた)は死んだ。
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