第16話 ルールが決まる

「……うっとい!」


 奇声を上げて飛び起きるシンジ。

 キョロキョロとせわしなく周囲を見渡し、息を吐く。


「……夢か」


 どんな夢を見ていたのだろうか。

 シンジは額の汗を拭うと、何か飲もうと自動販売機に向かう。


「うあ!?」


 その時、何かにつまずいてシンジは転んでしまった。


「いってぇ……なんだよ……」


 シンジは、自分がつまずいてしまったモノを見る。

 生首だった。

 めっちゃ可愛い女子の生首だった。

 可愛い生首がコロリと転がっている。


「へ?」


 シンジは、眠る前にめっちゃ可愛い女子が立っていた場所を見る。

 そこには、制服だけが落ちていた。


「えーあー……」


 手を忙しなく動かすシンジ。


 軽くパニックだ。

 寝起きに生首を見たらそうなるだろう。


「えー……『リーサイ』」


 シンジは、とりあえず、可愛い女の子の生首に修繕魔法をかける。

 シンジのかけた修繕魔法は効果があったようだ。

 めっちゃ可愛い女の子の顔が光輝く。


「よかった……治っ……えええええ!?」


 シンジは大声を上げた。

 めっちゃ可愛い女の子を包む光が収まったかと思うと、そこには完璧に治っためっちゃ可愛い女子が立っていた。


 もちろん。


 無論。


 制服は置いてあるから、彼女は全裸だった。


 真っ裸。


 生まれたままの姿。


 全てをさらけ出した、女の子。


 全裸のめっちゃ可愛い女の子。


 大きすぎない可愛い胸がフルフルと揺れ、小ぶりなお尻はまるまるしている。


「ファンダブルッ!?」


 シンジは驚きのあまり舌を噛み、興奮のあまり鼻から紅蓮の液体を噴出した。


「ふ、服を着るろぉおおおおおおおお!」


 舌を噛んだせいで若干噛んでいたが、シンジは可愛い女の子に服を着るよう命令した。


 シンジの命令を聞いて、めっちゃ可愛い女子はスタスタと歩いて、シンジの脇にある制服を受け取りにきたが、その歩みにあわせてプルプルと震えていた。


 何が。

 それは彼女の可愛い所全てだ。


 シンジは、もちろんそれをギラギラと凝視し、結果ポタポタと出血していた。


 めっちゃ可愛い女子が制服を着ることで、シンジは落ち着いた。

 HPを見ると、半分近く無くなっている。

 シンジは回復薬を飲んだ。


「……ふう。強敵だった」


 女の子の裸を見て出血死しかけた男。

 その名はシンジ。

「コタロウあたりに知られたら絶対に笑われるな、コレ」


 そんな悪態を吐きつつ、シンジは自分の血塗れの制服に修繕魔法をかける。

 ついでに、可愛い女の子の制服も血塗れでボロボロになっていたのでシンジは修繕魔法をかけてあげた。

 少しだけ臭っていた刺激臭が、無くなった気がした。

 あの臭いは何だったのだろう。


「さて、とりあえず新入りの名前を聞くか」


 些細な疑問は置いておいて、シンジは、連れてきた二人の女の子に名前を聞く。


「水橋ユリナ」


 と二つメガネの少女。


「百合野 円(ゆりの まどか)」


 とめっちゃ可愛い少女。


「ふーん……ユリナとユリノね……ユリユリコンビか……校章が赤だから一年生……ん?」


 シンジはあることを思い出す。


「もしかして、マドカちゃんの方はラブコメの人?」


 マドカから返事はない。


「あー……好きな男の子の名前は?」


 シンジは質問を変える。


「シシト君」


 マドカは答えた。


「やっぱりか」


 シンジは、その珍しい男の子の名前に聞き覚えがあった。

 シンジの通う高校で一番のイケメンは間違いなくシンジの親友コタロウだろうが、一番モテる男は間違いなくこの男だろう。


 駕篭 獅子斗(かご ししと)


 一年B組。

 中学まではバスケ部だったが、高校から帰宅部になった男子生徒。

 別にイケメンではない。

 顔は大人しめで、背も高くなく、成績は良くも悪くもない。

 少々お人好しというか、校舎裏にある花壇に、マジメに水をあげていることぐらいが特徴の、普通の男。


 しかし、彼は異常だった。


『まるでラブコメのようだ』

 とは誰の言葉なのか。

 おそらく、その光景を見た者全ての心に浮かぶ言葉だろう。


 まず、シシトには彼女がいる。超絶美少女の彼女が。


 ロナ・R・モンマス。

 1年B組

 金髪に空のような青い瞳を持つ、美少女。

 白い肌は最高級の陶器を思わせ、スタイルは男の理想を体現していた。

 出るところは出過ぎているくせに、引っ込む所は綺麗に引っ込んでいる。

 シンジも、一度だけ彼女を見たことがあるが、それは綺麗で周りの景色が霞んで見えたほどであった。


 それが、シシトの彼女。

 しかし、シシトが好きなのは別の女の子なのだ。


 理由は知らないが、ロナとシシトは、付き合っているフリをしているだけ……なのだとか。

 その割には、二人が階段の下で抱き合っていたり、手をつないで町中を疾走している姿を目撃されているのだが。


 他にも、シシトと同じクラスの委員長がやけにシシトにつっかかったり、引きこもりの女子がシシトの後ろを常につけ回していたり、超可愛い幼なじみと家出したりなど、シシトという男は、とにかくモテた。


 異常なほどに。


 学校にいる美少女は、一人を除き全てシシトに好意を抱いているのではないかと言われるくらいモテた。


 だが、そんなシシトは本命の好きな子と付き合っている訳ではない。

 ちなみにシシトの本命は彼女。


 1年C組 百合野 円(ゆりの まどか)である。

 そう、先ほど彼女が言ったがマドカの好きな人はシシトなのだ。


 しかし、マドカがシシトと何かしらカップルらしき行動をとっているのを目撃された事はない。


 目撃された事はないが、マドカの前だと異様に張り切るシシトや、シシトの前だとやけに転けたりモノを落とすマドカの様子から二人が相思相愛であると周知の事実だったりするのだ。


 この、本命同士が中々上手くいかず、付き合っているフリだけのカップルがいちゃいちゃしたり、どこかクセのある美少女達が一人の男子生徒に好意を寄せているのがまるでラブコメのようであるとシンジの学校で話題になっているのである。


 そのラブコメのヒロインが目の前にいた。


 目の前でかみ殺されて目の前で生首になり目の前で死鬼になっている。


 シンジが朝から死鬼退治をしていればこんな事にはならなかったのに。

 シンジがちゃんと男子生徒の死鬼に向かってナイフを投げていれば、こんな事にはならなかったのに。


「……はぁ」


 シンジはため息をついた。


 死鬼を殺す。

 生き返る可能性のある者を、殺す。

 それは殺人で、殺人はいけない。

 だから殺してはいけない。


 だから、彼女は死んだ。

 めっちゃ可愛い女の子が死んだ。

 恋をしている女の子が死んだ。


 シンジに助けを求めていた子が死んだ。


「……ゴメン」


 シンジは、頭を下げた。

 噂でしか、シンジは彼女たちのラブコメを知らないが、噂だけでも、彼女たちが幸せそうだと聞いていた。

 そんな女の子が、シンジの悩みのせいで死んだのだ。

 実際に殺したのは死鬼であるが、シンジが悩まずに行動していたら、彼女を助け出せていた可能性は高い。

 それならば、頭を下げることぐらいはすべきだろう。


「これからは、迷わない。死鬼は、しっかり、殺す」


 シンジは、誓う。

 死んでしまった彼女ではなく、自分に。

 だが腑に落ちない。というのだろうか。

 言葉が体に染み着いていない気がした。

 このままではこの誓いを実行できない。

 そんな予感がした。


 その理由はなにか。


「……『楽』を『楽しめ』か」


 自分の思考に染みついている教えが自然と頭をよぎった。


(……そうだよな。ただ死鬼を殺すなんて『楽』じゃないし『楽しく』もない。死鬼を殺す事に罪悪感を感じてしまうことから俺はどうせ逃げられない。だったら少しでも『楽』にそれに『楽しく』するべきなんだ)


 ではどうすべきか。


(……『楽』なのは、するべきことを減らす事。『楽しい』のは、ルールを決めること。ゲームみたいに。ゲームはルールがあるから面白い)


 その二つを満たす答えを、シンジは知っていた。

 世界が変わってから、そのとおりにシンジは動いていた。


「死鬼は殺す。それが殺人になるかもしれなくても。けど、女の子の死鬼は殺さない」


 これだった。

 足りなかったのは。

 もしくは、多すぎたのは。


 言葉が、誓いがシンジの体に染み込んでいく。


 フェミニスト過ぎるだろうか。

 男女平等にしなくてはいけないだろうか。

 だが、死鬼が生き返る死体であるならばやはり死鬼を倒す事は殺戮なのだ。


 ルールのない殺戮に英雄はいないが、ルールを決めた殺戮には英雄が生まれうる。


 自由は素晴らしい。

 しかし、完璧な自由は堕落を生む。


 多くの偉人は自由のために戦った。

 言い換えれば、自由が無い場所で、節制の中で偉人は生まれたのだ。


 シンジが決めた、殺戮の中のルール。


 女の子は殺さない。


 このルールが、誓いが、制約が、制限が、節制が、これからのシンジに力を与える。


 この世界を楽しむ為に必要なルールをシンジは手に入れた。

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