第17話 男の夢が始まる(サービス回)

「おーい! 誰かいるかー!……ほかに生き残りはいなさそうだな」


 シンジは、昨日死にかけた視聴覚室の中にいた。

 扉を開けっ放しにしていたおかげで中にほとんど死鬼は残っていなかった。

 ルールを決めたあと、ほかに生き残りがいないかもう一度5階を一通り見て回り最後に視聴覚室に来たのだ。

 各教室に入るたびに生き残りがいないか呼びかけてみたが返事はない。

 5階に生き残りはいないようだ。


「がぁああああ!」


 シンジの後ろから、男子生徒の死鬼が噛みつこうと襲いかかる。


「ふっ!」


 振り向きながら、シンジは鉈で男子生徒の首をはね飛ばした。


「……っ!」


 少し、胸に痛みが生じた。

 死鬼は殺す。女の子以外。

 そう決め、そう誓ったシンジだったが、まだ男の死鬼を殺すことに抵抗が残っていた。


「まぁ、それでも『楽』だけどな。適当に無差別に殺すよりも」


 それでも、この痛みは辛い。

(もっと思い込めたら楽だんだろうけどな。死鬼は死体だって。殺さなくてはいけなくて、壊さなくてはいけない、ただのモノなんだって)


「戻るか……」


 もう、外は薄暗くなっている。


「しゃあああああ」


 牙を剥いて、襲いかかってきた女子生徒は蹴飛ばし、シンジは視聴覚室を出た。

 廊下には、死鬼になった数名の女子生徒が見える。

 最終的には、全員カフェにつれていこうと思うが、もう薄暗いし彼女たちの回収は明日にしようと思い、カフェへの道を急ぐシンジ。


「ぎゃああう!」


 襲いかかる女子を、盾で殴り飛ばす。

 殺さないと決めているから、攻撃方法に迷いが無くなっている。

 男子の死鬼はナイフで。女子の死鬼は打撃で。

 迷いが消えることは、そのままシンジ自身のパフォーマンスが上がる事を意味している。


 特に危険もなく女子の死鬼が蠢く廊下を抜けて、シンジはカフェへと戻った。


「ただいまーっと」


 シンジはカフェの中に入る。

 もちろん、返事はない。


 中にいるのは、4体の死鬼だけなのだから。


 人がいるのに、返事がないことに少しだけ寂しさを覚えたシンジは命令してみることにする。


「……メイド喫茶っぽく、お帰りの挨拶してみて」



 すると、朱色下着のメガネ女子ミナミと、縁のないメガネ美少女ユリナが立ち上がり一礼して言った。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 営業スマイルもばっちりである。

 特に、ミナミはメイド服のようなカフェの制服を着ているのでまんまメイド喫茶の店員のようだ。

 自分で言わせておいて、少し照れくさくなったシンジはニヤケながら小声で「これからカフェに帰ってくるたび言うように」

 と命令した。



「……二人だけ、か」


 まだニヤケ顔が直らないシンジは、イスに座ったままのヨレパン少女ミユキとラブコメ美少女マドカを見る。

 シンジの命令に動かなかったという事は、この二人はメイド喫茶の挨拶がどういったモノか良く分からなかったのだろう。


 ミユキは、ぱっと見遊んでそうな見た目なのに少々意外である。

 そういえば、『超内弁慶』の命令で知らない事をやらせるとどうなるのだろうか。

 試しに、命令してみる事にする。


「マドカとミユキは、『お帰りなさいませご主人様』と言ってみろ」


 すると、二人とも、イスに座ったまま、機械のように「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」と言った。


 営業スマイルどころか、立ってさえいない。


『お帰りなさいませご主人様』と言えという命令なので、何一つ間違ってはいないだろう。


「……知らない事は、出来ないか」


 もちろん、細かく指定すれば出来るだろう。


 立ち上がって、シンジに抱きつき、『お帰りなさい、お兄ちゃん』と言いながら満面の笑みを浮かべろと命令すれば、出来るはずだ。


 というか、命令してみた。


 マドカとミユキが立ち上がり、両サイドからシンジの事を抱きしめて必然的に上目遣いになりながら『お帰りなさい、お兄ちゃん』と満面の笑みを浮かべる。


「ふぁう!」


 学校一のモテ男が恋する美少女と、普段は笑顔を見せなさそうなグレた感じの少女のダブルお兄ちゃん。

 シンジが奇声を発してしまうのも、無理はなかった。







「……いかん、この遊びはいかん」


 その後、『お風呂にするご飯にするそれとも……ワ タ シ?』といった新妻的お約束や、『ほらほら、間接キス、してみ?』といった、一度は女の子に言って欲しいワードをシンジは命令してマドカ達に言わせた。


 そんな事をしている間に、もう時計は夜8時を過ぎていた。

 3時間以上、マドカ達で遊んでいたようだ。


「とりあえず、まずは飯だ」


 また、夢のパスタを作ろうと思い、そこでシンジは止まる。


「ご飯を作らせることって、出来るのかな?」


 可能なはずだ。

 料理名を言って、その作り方を彼女たちの誰かが知っていれば作ってくれるはず。

 しかし、シンジは特に料理の名前に詳しくない。

 パッと思いつくだけで、カレーやハンバーグぐらいしか名前が出てこない。

 そして、そういったモノはレトルトで置いてあるのだ。


 せっかく女の子が4人もいるのだ。

 そんなモノではなくしっかりとした手料理が食べたい。

 ダメもとでシンジは命令してみた。


「30分で、自分が一番おいしいと思う料理を、作ってこい」


 すると、4人とも厨房に向かい、料理を始めた。


 成功したようだ。


 30分後、4人ともお皿に料理を持ってシンジのもとへ来た。


「……なるほど」


 予想通りというか、予想外というか。


 まず、縁なしメガネのユリナが持ってきたのは、ケーキだった。

 綺麗にデコレーションされた、色とりどりのケーキ。

 泡立てられた生クリームと、バニラアイスが添えられて、高級感が漂っている。


「って作れや! 何出来てるヤツを飾り付けて持って来ているんだよ!」


 ユリナが持ってきたのは、シンジが初日に食べていたケーキだった。

 しかもデザート。

 一応、生クリームとかで飾り付けしているので作ってはいるのだろうか。


 とりあえず、後に回すことにして次は朱色下着のミナミの料理を見る。


 茹でたパスタにミートソースがかかっていた。


「そうそう……ここのカフェのミートソースパスタは絶品……ってだから、手作り!」


 二連続、イヤだと思っていた出来合いのモノだった。

 しかも、真面目そうなメガネ組が、だ。

 気を取り直して、マドカの料理を見てみる。


「おお……」


 素直に感心した。

 綺麗に握られた三角のおむすびが2つに味噌汁をお盆に乗せて持ってきたからだ。


 実においしそうである。

 それに、何よりポイントが高いのは、一番おいしいと思う料理にふつうのおにぎりを選んだ点だ。


 なんとも奥ゆかしい。


 さすが、モテ男シシトが好きな女の子。

 生前は魅力的な女子だったのだろう。


「で、最後は」


 シンジは、ヨレパン少女ミユキの料理を見る。


 ミユキの料理は、すでにテーブルの上に置かれていた。


 パルメザンチーズと蒸し鶏のシーザーサラダ

 彩り豊かな根野菜のスープ

 チーズとキノコのこんがりリゾット

 牛ヒレ肉のステーキ~オレンジソースを添えて~


「お前すげーな!」


 意外過ぎる結果である。

 まさか、いかにも遊んでいますといった風貌のミユキが、こんな手の込んだフルコースを作ると思わなかった。

 しかも30分で。


 手際がいいなんてもんじゃない。


「しかも、超旨い」


 シンジは、ミユキが作ったスープを飲んでいた。


 しっかりと裏ごしされたスープは、滑らかに仕上がっていて、大地に根付く根野菜の優しいうま味がシンジの喉に広がっていく。


 手料理の暖かさに、シンジは4人が持ってきた料理を全て平らげた。


「ふぅ……おなかいっぱい」


 最後に、シンジはミユキに紅茶を煎れてもらっていた。


 この紅茶も、茶葉の香りで味がイメージ出来るほど良く淹れられていて、なおかつ飲んでも渋みを一切感じさせなかった。

 かなりハイスペックなヨレパン少女である。

 ミユキ。

 なんでそんな少女が、食事の時に上手くフォークを使えなかったのか。

 料理が出来たらテーブルマナーもしっかりとしていそうなのに。


 シンジは、極上の紅茶を飲みながら、食べ終えた食器を見ていた。


 かなりの量だ。

 普段シンジが食べる食事の軽く3食分はある。


「体を動かしたからかねぇ」


 今まで、ラグビー部や野球部が、弁当箱を二つも三つも持って来て食べた後、「腹へったー」と言いながら一階にある学食でカツ丼を食べているのを見て不思議に思っていたが、今ならその気持ちも分かる気がする。


 ご飯は力のもとなのだ。


 力を使ったら、体を動かしたら、その分補給しなくてはいけないのだ。


 その力のもとを補給したシンジは、時間を確認する。

 9時を少し過ぎたくらい。

 さすがに、まだ寝るには早すぎる。


「まぁ、まずは片付けか」


 シンジは、4人に命じて、食器を片付けさせる。


 4人とも立ち上がり、後かたづけを始めたが、やはり一番手際がいいのはミユキであった。

 テキパキと食器を洗い、もとの位置に戻していく。


「……なんだかねぇ」


 同じことを命令したはずなのに、動きが違う。


 このような様子を見ると、やはり死鬼を死体として、ただのモノとして見るのは難しいとシンジは感じてしまう。


「ん?」


 シンジは、縁なしメガネの少女、ユリナが持っている白いモノが気になった。


「なんだそれ?」


 よく見ると、それは泡立てられた生クリームのようだった。

 生クリームが、三角形のビニールの袋に入っている。


 ユリナはそれを冷凍庫に直していく。


「……生クリームも冷凍かよ。まぁ別にいいけど。」


 ……!


 シンジは、ユリナが持っている生クリームで思いつく。

 閃いてしまう。

 しかし、それはして良いことなのだろうか。

 シンジは悩む。

 それは、あまりに道徳的に反していることのように思えたからだ。


「いや、ただ、うん、そうだ」


 シンジは自分自身を説得する。


「死鬼を生きている人だと思わない方が、いい。そのためには、死鬼はモノだと思う必要がある。うん。俺は何も間違えていない。これは、必要なことだ」


 シンジは、解凍された生クリームを持ちながら、チラリと、後かたづけをしている4人を見ながら、言った。


「……マドカを、これで飾り付けて」


 男の夢(女体盛り)、開始。

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