第15話 可愛い女子がいた

「なんだ!?」


 シンジは、やりかけのゲームを放り出し、立ち上がる。

 悲鳴は昨日の昼間に散々聞いたが、夜になるとほとんど消えていた。

 おそらく、出す人がいなくなったからだろう。

 なので、悲鳴を聞くのは久々だった。

 それに、その声はかなり近かった。

 どうやら、すぐとなりの家庭科室の方からのようである。


(生き残りがいた? けど、家庭科室には……ああ、そうか)


 家庭科室には、死鬼になった少女が一人だけいた。とても可愛い女の子の死鬼だ。

 

 だからシンジは家庭科室をよく調べずにそのままにしていたのだ。

 よく考えれば、この異常事態に女の子が一人だけで5階の教室にいるのはおかしい。

 他にも人がいないか確認しておくべきだったのだ。


 シンジはカフェの扉を開ける。


 今回は、よく調べずに開けたが待ち伏せしている死鬼はいなかった。


 獲物がいたからだろう。


 シンジの目の前には、女子の死鬼に足を取られている女の子がいた。

 長めの前髪に隠れているおとなしそうな顔立ち。

 白い肌。

 スポーツなどはしていなさそうだったが、足はすらりと細く高級なシルクを思わせるような滑らかさがあった。


 めっちゃ可愛い。おそらくテレビに出ているアイドルなんかよりよっぽど可愛いだろう。

 それくらいシンジが生きていて一番可愛いと思えるような容姿をした少女だった。



「いやぁ……! 離して、ユリちゃん! ああぁ……! 洩れちゃっ……」


 シンジは、めっちゃ可愛い女子の元へと急ぐ。


「後ろ!」


 シンジは叫んだ。


 右足にしがみついている女子の死鬼を引き離そうとしていた女の子の背後には男子の死鬼が立っていた。


(くそっ……間に合わない!)


 シンジは持っていたナイフを男子生徒の死鬼に向かって投げようとしたが……出来なかった。

 寸前で、体が止まってしまったのだ。


(……チクショウが!)


「え……?」


 突然の声に驚いたのかめっちゃ可愛い女子は後ろを見ずにシンジの方を見ていた。

 無防備すぎる背中。

 その背中から男子生徒の死鬼が抱きしめるようにしてめっちゃ可愛い女子の動きを封じ


「……んふにゅう?」


 めっちゃ可愛い女子の首を噛みちぎった。

 ブチンとゴムが切れるような音を出しながら、女の子の首に半月状の空間が空く。

 シンジと目と目とが合いながら、女の子の可愛い頭がダランとつり下がった。


「くそ!」


 頭という蓋が外れためっちゃ可愛い女子の首から鮮血があふれ出してた。

 その綺麗な紅い液体を、可愛らしい胸を鷲掴みながら美味しそうに飲む男子の死鬼。


 もみもみと揉みながら、ごくごくと飲む。


 シンジは、揉んでいる死鬼の顔を蹴飛ばした。



「あああ! チクショウ!」


 シンジは、悪態をつく。


 蹴りの衝撃で、女の子の体も倒れた。


 血しぶきが、シンジの顔にかかる。


 (……助けられなかった! 目の前にいたのに! すぐ近くにいたのに! ナイフさえ投げていたら確実に間に合っていた!!)


 死んだ子の目を思い出す。ただの錯乱した怯えた目。

 シンジに対し憎悪の感情をつのらせ、シンジの声を聞こうともしなかったモモとは違う。

 自分の事だけを考え、シンジを見てもいなかったサエとも違う。

 シンジの声をしっかりと聞いた可愛い子は、声に反応してシンジを見ていた。

 あの目は、純粋に助けを求めていた。

 見ていたから……死んでしまった。

 その原因は……シンジだ。


 騒ぎを聞きつけたのか、死鬼たちがワラワラとシンジに近づいてくる。


「……ちっ!」


 シンジは、急いでカフェに戻ろうとする。


 が、


「うお!?」


 シンジの足に、二つ結びの縁のないメガネをかけた女子生徒がしがみついていた。

 先ほどまで、首を噛まれて死んだめっちゃ可愛い女子生徒にしがみついていた死鬼だ。


「離せ!」


 シンジは、縁なし二つメガネの女子生徒に鉈を振り下ろそうとしたが、出来なかった。

 一重の切れ長な瞳に、真っ白い肌。

 そこに、返り血が鮮やかに彩られていて扇情的な怪しさがあった。


「くっ……うわぁ!?」


 シンジが女子生徒に気を取られている間に、先ほど蹴り飛ばした死鬼がシンジに噛みついてきた。

 盾を使いなんとか防ぐ。


 しかし、その間に縁なしメガネの少女がシンジの太股に噛みついた。


「いっ……てぇええ!!」


 可愛い女子高生に噛みつかれる。

 一部の人にはご褒美かもしれないが、シンジにとってはただの痛みでしかない。

 振り払ろうとしている間に、他の死鬼たちがシンジに群がり始める。


「く……やめ!」


 ニキビ面の男子の死鬼がシンジの肩に噛みつく。

 ひょろ長い男子生徒はシンジの右腕。

 ご褒美の要素が何一つない。


 ただ痛い。


 痛い。


 痛い。


「うぁああああああああああああ!」


 シンジは叫んだ。

 叫べばどうにかなるかと思った。

 声の衝撃で死鬼が吹き飛ぶのか。

 誰かが聞きつけて、助けに来てくれるのか。


 どちらもあるはずがない。


 全身を噛まれ、血が吹き出していく。

 あまりの痛みに、意識が飛びそうになる。

 シンジの周りにいる死鬼は10を越えた。

 アリの巣に落ちた昆虫に群がるように、死鬼たちはシンジの元へ集まっていく。


 万事休す。

 絶体絶命。


 そのような言葉がふさわしい光景は、突如弾けた。


 強烈な閃光と共に、シンジに群がっていた死鬼たちが吹き飛ばされている。

 その光景の真ん中には、紅と蒼の剣を持ったシンジが立っていた。


『ソードブレイカーズ紅馬・蒼鹿』


 切り札であるこの武器をシンジは使った。

 半ば無意識に。


「はぁはぁ……うっぐ……ぐっ……」


 シンジは泣いていた。

 怖かった。


 肉体がちぎられていくのは、本当に怖かった。

 昨日毒で死にかけたのなんて、食べられることに比べたら、レクリエーションのようなものだった。


「があああああ!」


 ニキビ面の死鬼が襲いかかってくる。


「ああああああああ!」


 シンジは、右腕の紅い刃を振るう。


 灼熱の炎を纏いながら、刃は死鬼の体を二つに分けた。


 切り口から炎が上がり、ニキビ面の死鬼は燃えていく。


 必死。


 殺してしまった罪悪感など考える隙間もない。

 必ず死ぬという状況で初めてシンジは必死になっていた。


 左手に持った蒼の刃でひょろ長い男子生徒の死鬼を縦に斬る。


 切断面から凍った男子生徒の死鬼は、地面に倒れると同時に粉々に砕けた。


「ああああああ!」


 シンジは、襲い来る死鬼を切り裂いていく。


 何も考えない。


 無我夢中。

 生存本能に任せた、殺戮だ。


 シンジの刃が、足に噛みついている縁なしメガネの女子生徒に迫る。


(……やっぱ無理!)


 代わりに、筋肉質の男子生徒の死鬼を斬るシンジ。


「あああ! もう! やっぱ女子を斬るのは無理!」


 どんなに必死な状況でも女の子を傷つける事ができないシンジだった。


 先ほどめっちゃ可愛い女子の首を噛みちぎった死鬼の首を跳ね飛ばして、残るは足に噛みついている縁なしメガネの女子死鬼だけになった。

 他の死鬼たちはまだ遠くにいる。


「痛いけど、このままカフェに行くしかないよな……」


 ズリズリと噛みついている縁なしメガネの女子死鬼を引きずりながら、カフェへとシンジは向かう。


「ん?」


 視界の隅で、何か動く気配を感じた。

 シンジは、その方向を向く。


「……げ」


 シンジが見たのは、先ほど首を噛みちぎられためっちゃ可愛い女子が、立ち上がっている姿だった。

 めっちゃ可愛い顔が、ダランと下に下がっている。


「……」


 肺とつながっていないからだろう。

 めっちゃ可愛い女子の口がパクパクと動いているが、声はまったく聞こえない。

 ただ、おそらく聞こえたとしても、「ヴァアアアアア」といった意味のない言葉であると思われるので、聞こえなくても問題は一切ないはずだ。


 そう、めっちゃ可愛い女子は死鬼になった。

 首がほとんどちぎれているが、死鬼として機能しているようだ。


「頭部が破壊されない限り、動けるとかかな?」


 よくあるパターンではある。

 頭部がちぎれかけていて安定しないのか、ヨロヨロとした足付きで、死鬼になっためっちゃ可愛い女子が近づいてくる。

 シンジは、めっちゃ可愛い女子を受け止めてあげた。

 どこか生臭く、アンモニアのような刺激臭もした。

 めっちゃ可愛い女子の死鬼の上半身がガクガクと動いている。


 おそらく、頭部があったらシンジの首に噛みついているのだろう。


 その可愛い頭部は、上半身の動きにあわせて今にもちぎれてしまいそうだが。

 ちなみに、その口は空中をカチカチと噛んでいる。

 体と頭が連動していたが、結果が出せていなかった。

(……どういう基準でつながっているんだ? 神経か? いや、ほとんどちぎれているだろ、コレ。というか、死鬼化したってことは……だいたい15分くらい俺は闘っていたのか? 闘っていたというか……噛まれていたというか)


 傷だらけの自分の姿を見て、シンジは呆れる。

 もしレベルが上がっていなかったら、確実に死んでいただろう。

 呆れるしか、ない。

 

 シンジは、とりあえず、縁なしメガネの二つ女子と、めっちゃ可愛いちぎれかけ女子死鬼を、カフェへと連れ込んだ。


「はぁ……離れてくれ」


 カフェの扉を閉めたシンジは、血塗れのままソファに座り込むと噛みついている二人の女子死鬼に命令して引き離す。


「ううぅ……痛い」


 回復薬と解毒薬を飲み、回復するシンジ。

 その後、タオルを水で湿らせて体の血を拭いていく。


「痛かったなぁ……痛かったぁ……」


 ゴシゴシと、念入りに拭いていく。


 痛いくらいに、念入りに。


 もう死鬼に噛まれた傷は、傷跡を含めて一切ないのだが、シンジは、特に噛まれた部分を一生懸命拭いていた。


 体を拭いたあと、シンジは、カフェのソファに座り込む。


「ちょっと……もう無理」


 シンジは、カフェのソファで横になる。


 まどろみの中、何かが落ちるような音を聞いた気がしたが、シンジの体力と精神力は、限界だった。

 シンジは、そのまま眠りについた。

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