第13話 二日目が始まる
「ん…………?」
シンジは、まだ重い目を開けた。
体全体が、何か柔らかいモノで包まれている。
「ううーん……」
安心。
安らぎ。
心地良さから、シンジは再び目をつむる。
二度寝。
それは至上最高の贅沢。
ギュッとシンジは柔らかいモノを抱きしめる。
(柔らけー……いい匂い……なんか懐かしいというか子供の頃を思い出すというか……ん?)
まどろみの中、シンジは少しずつ覚醒していく。
そこで、思い至る。
(えーっと……俺、確かカフェで寝ていたよな?……何に抱きついているんだ?)
ゆっくりと、再び目を開けたシンジは、自分が抱きついている柔らかい物体を見る。
それは、フリルのついたカフェの制服を着たメガネの女子生徒ミナミだった。
「うお!?」
シンジは、思わず抱きついていたミナミを押し退かした。
ミナミは床に倒れそのまま動かない。
「……ああ、そっか、あのまま、寝ちゃってたんだっけ」
シンジは、頭を掻きながら昨日の出来事を思い出す。
学校を襲った化け物。死鬼。
死体が化け物に変わり、倒すとレベルアップできるようになってしまったこの世界。
シンジは、襲い来る死鬼を倒しつつこのカフェに籠城することにしたのだ。
そして、4人の女子生徒を捕獲……連れ込んで、そのうちの1人ミナミを抱きしめたまま眠ってしまったようだった。
「しかし、思ったより熟睡したな……まぁ、このカフェは『超内弁慶』の力があるし、死鬼に襲われても、対応出来るって安心感が……」
シンジはそう言いながらカフェを見る。
自分が支配した学校のカフェ。
そこには昨日連れてきた、3人の死鬼と化してしまった女子生徒が座っている……はずだった。
「……ん? なんで倒れているんだ?」
昨日のままなら、彼女たちはカフェのイスに座っているはずである。
なのに、そのイスの近くでミユキが倒れている。
うつ伏せの状態で。
昨日着せたカフェの制服から、ヨレたライムグリーンのパンツがばっちりと見えている。
そしてそのパンツはフリフリと動いていた。
誘っている。というより、何かに動かされているようである。
とりあえず、手を合わせて感謝の一礼をしたシンジは慎重にヨレパン少女ミユキに近づく。
ピクピクと動くミユキから、クチャリ、クチャリと粘着性のある水の音が聞こえてくる。
シンジは、意を決して足でミユキの体をひっくり返した。
「うっ……!」
シンジは、口を押さえた。
ミユキの腹部から血がにじみ出ていて体内で何かが蠢いていた。
ぐちゅぐちゅと、ミユキの柔らかい内部を貪っているようである。
ヨレたパンツにも血が付いていた。
「何が……」
原因を突き止めようとシンジが前のめりになったそのとき。
ガクンッとミユキの体がのけぞる。
体の中で蠢いていたモノが徐々に頭の方へ移動していく。
「くぷゆっ」
ミユキが、口から黒っぽい血を吐き出す。
そして、血だまりの中からそれよりも黒いモノがその身を起こした。
「死鬼ゴキブリ……!」
じじじと鳴きながら、まるで避暑地のプールで泳いだかのような満足げな様子で触覚を動かす死鬼ゴキブリ。
まだ十代の健康的で柔らかい少女の体内を好きなようにいたぶったのだ。
それは満足だろう。
「死ね」
そして、もちろん。
そのような事をしたモノには罰が与えられた。
死という名の極刑である。
コロリとひっくり返った死鬼ゴキブリはすぐさま素材を採取され姿を消された。
「そっか、まだこいつらがいたんだ」
レベルアップのファンファーレを聞きつつ反省するシンジ。
ゴキブリは、基本的に群で行動する。
1匹いたら30匹はいると思えとは有名な話だ。
ましてや、ここはカフェ。
飲食店である。
1匹どころか、100匹200匹いても何ら不思議ではないのだ。
「んー……他にもいるかもなぁ……じゃあ……」
シンジは、少し考えて言う。
「このカフェにいる死鬼ゴキブリは、喫茶店内にいる普通のゴキブリや虫を全滅させろ。全滅させたら、素材を落として、死ね」
同士討ちの命令である。
シンジが命令した瞬間。
カフェの至るところから、ガサゴソとした音がきこえてくる。
シンジは、その音を聞いて体をふるわせた。
いったい何匹いたのだろうか。
知りたくもない。
「さて、これで一応懸念材料はなくなったと思うけど」
シンジは、再度カフェを見渡す。
一点だけなるべく見ようとしていなかった場所で視点を止めた。
見ないわけには、いかないからだ。
「……学校の制服に、角……か」
それは、ヨレパン女子のすぐ近く。
昨日シンジたちが一緒に食事をしたテーブルの脇に落ちていた。
2本。
これが意味すること。
シンジは理解はしていた。
理解が間違っていて欲しいと、少しだけ思う。
「『リーサイ』」
シンジは、まずミユキに修繕魔法をかける。
予想通り。
ミユキのゴキブリに喰い散らかされた体は綺麗に元に戻った。
死鬼はモノとして扱われるようである。
シンジはほっと息を吐く。
次は角に向かって魔法を放つ。
「『リーサイ』」
こちらも、予想通り。
何も起こらなかった。
死鬼ゴキブリに食われた二人の少女エンドウとスズキは元に戻らない。
「死んでしまった……か」
シンジは言った瞬間。首を振った。
「何言っているんだよ。元々、あの二人は死んでいる。死体が素材になっただけで、死んでしまったのはその前だ」
シンジは自分に言っていた。
はっきりと自分に言い聞かせていた。
「違う……彼女たちは今死んだんじゃない。その前。昨日何かに襲われて死んだんだ。俺が殺したんじゃない!」
肩で息をしながらシンジはつぶやいていた。
「違う……もとから死んでいるんだ。だから……違う」
シンジは、もうどちらのモノか分からない角をぎゅっと握りしめていた。
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