第14話 死鬼が殺せない
エンドウとスズキが残した制服を綺麗に畳んで片づけたシンジは、再びソファに横になっていた。
今日は5階にいる死鬼を全て片づける予定だったのだが、やる気が起きない。
時折押し寄せる、じわりとした泥沼の水のように浸食してくる思考。
罪悪感がシンジの意志を疲弊させていた。
シンジは横を見てみる。
そこにはただ無言でミナミとミユキが立っていた。
彼女たちの目を見ていると、シンジは何かどうしようもないモノで攻められているような気分になった。
無論。彼女たちに感情はない。
何かを訴えるような思考も出来ない。
なのに、シンジは彼女たちの目から意志を感じてしまっている。
「どうしろって言うんだよ……」
シンジはつぶやいた。
独り言だ。
「死んだと思った奴が襲ってきたんだ……反撃して何が悪いんだよ……生きるために戦って何が悪いんだよ……女の子の下着や裸を見てテンションが上がって何が悪いんだよ……」
シンジは胸に溜まった空気を吐き出す。
空気の代わりに別の何かが胸に溜まった。
それが気持ち悪い。
「生き返らせなくて、何が悪いんだよ」
『蘇生薬』 10000P
死鬼を生きている状態に治す薬。損傷状態が激しいモノや、素材には使用不可。
「10000Pだぞ? 現金で100万円だぞ? 武器ガチャなら10回引けるんだぞ? ……簡単に使えるかよ」
シンジの目から、暖かい液体が溢れていた。
少しずつ。
そして、ずっと危惧していたモノだった。
初めは死鬼を倒して素材を採取したとき。
死鬼が消えたとき。
シンジは、このとき少しだけだが、死鬼を殺したと思った。
死体を、殺したと思った。
蘇生薬というアイテムを見つけたときから、死鬼を生き返らせる事が出来ると知っていた。
だからこそ、シンジは、意図的にこのアイテムについて考えないようにしていた。
死鬼が何も手の施しようがないただの動く死体ではなく、手当可能な死体である可能性を考えないようにしていた。
手当可能な死体とは、つまり死鬼は生きた人間なのではないかと考えないようにしていた。
死体を切るだけなら……倒すだけなら、何も問題はなかった。
しかし、死鬼を倒すことが、生き返る可能性のある人間を殺すことになるなら……それは殺人ではないだろうか。
殺人という罪は、シンジには重すぎた。
死鬼を倒すことは殺人なのか……違うのか。
「ああああ! もう! 止めた止めた! ストップ! この考えストップ!」
シンジは、勢いをつけて起きあがる。
「考えた所で意味がない! 結局、死鬼を倒せないと生きられないだろ! 死鬼を倒して、レベルを上げて、危険を減らしていかないとこの先生きられない! 死鬼は殺すのが『楽』で『楽しい』はずなんだよ!」
シンジは、ずんずんと、何も考えないように扉に向かって進んでいく。
「今日は5階にいる死鬼を全部倒す! それが予定でそれ以外考えない!」
シンジは扉を開けた。
「……」
すぐ近くに死鬼になった男子生徒がいた。
シンジは、何も考えてない。
だから、もちろん警戒もしていなかった。
「ガブ!」
「いってぇ!?」
右腕を噛まれるシンジ。
「くっ……この!」
シンジは、死鬼を振り払い首に向かって鉈を振り下ろそうとするが……出来ない。
「……くそ!」
死鬼を蹴り飛ばし距離を広げたシンジはカフェの中に逃げ込む。
「……くそ……くそ!」
回復薬と、解毒剤を服用しながらシンジはソファを叩く。
出来なかった。
昨日は出来たのに。
死鬼を倒せたのに。
一度でも、死鬼を生きた人間だと思ってしまった感情を消すことが出来なかった。
「……どうしよう」
このままじゃダメだとシンジは理解していた。
このままだといずれ死ぬ。
どうすることも出来ないまま、シンジは体を横にする。
そのまま、目を閉じた。
起きているような、眠っているような。
ただ、答えを得られない思考の渦がシンジの頭で回り続けていた。
……それからしばらく経った。
太陽はもう、空の中心で光り輝いている。
「お昼……か」
シンジはカフェに置いてある時計をみる。
無駄におしゃれな、アナログの時計。
もうお昼休みの時間だ。
シンジは、この時間いつもゲームをしていた。
売店で買った唐揚げパン120円と、ヨーグルト風味の紙パックのジュース。
部活に入っていないシンジにはコレで十分だった。
一人でゲームをしながら、それを見ているコタロウと他愛のない話をする。
それは幸せな時間だった。
そして、退屈な時間でもあった。
「理想の世界になったと思ったんだけどなぁ……」
ゲームのような世界。
死鬼との戦いは、確かにハラハラしたし退屈とは無縁の世界ではあったが……しかしゲームではなかった。
殺害。
ゲームでは、それは快感であり目標であるが、今のゲームのような世界では何なのだろうか。
「……そういえば、ゲームしていなかったな」
シンジは、スポーツバックの中から携帯ゲーム機を取り出す。
レア素材を採取してから鞄の中に入れたままになっていた。
昨日から丸一日ゲームをしていない事になる。
それはインフルエンザになると学校を休んでゲームが出来ると喜ぶシンジにとってこの10年間で初めての事であった。
「そういえば昨日、オメガレウスの神球を手に入れたから、やっと滅竜の星太刀を強化できるぞ」
シンジが遊んでいたゲームは、大きな魔物を倒し、手に入れた素材で武器を強化しながら進んでいくゲームだ。
4人でのマルチプレイにも対応していたが、シンジは基本的にソロプレイで楽しんでいた。
理由はないが、そうやって自分に制限をかけた方が楽しめたからだ。
決して友達がいないからという理由ではない……はずだ。
入手した素材で武器を作り新しい武器を装備して倒す敵を選ぶ。
「どれ行こうかな……居合いスキルの素材が足りないから、ソードレウスかな?」
それから、30分ほどゲームで遊ぶシンジ。
ゲームをしている時間は、シンジにとって何よりも楽しい時間……だったはずだが。
「なんか、違う」
新しく作った武器でボスを倒したシンジは戸惑っていた。
ゲームをしながらいつも感じる、ワクワク感やドキドキが一切沸いてこない。
通常なら、出来たばかりの武器で俺ツエーとはしゃぐのに。
「……どうしちゃったんだろう」
再度、ボスを選び戦うシンジ。
切り落としたしっぽからレア素材が出た。
確率一パーセントのシンジがほしかった素材だ。
しかし、やはり。
いつも感じる喜びの感情が一切出てこなかった。
「なんだかなぁ……」
とりあえず、ボスを倒してしまおうとしたそのとき、
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーー!」
とやけに可愛い声の悲鳴が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます