第8話 職業が自宅警備士

「キッツ……!」


 体を押さえる手がガクガクと震える。

 ものすごい倦怠感だ。

 シンジは、タブレットを使って自身のステータスを確認した。


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Lv  4

職業  自宅警備士☆1


HP  100

MP  100

SP  70

筋力  8

瞬発力 9

集中力 35

魔力  9

運   10

技能  麒麟児

    超内弁慶

所有P 900P

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 ステータスが集中力以外軒並み下がっている。

 特に、筋力なんて、10以上も下がっている。


 おそらく、現在のステータスはシンジのレベルが1の時と比べてやや低いくらいだろうが、今まで高かったステータスが急激に下がったのだ。


 トランポリンを使って高く飛んだ後、なにも無いところではいつもよりもジャンプが出来ない事と同じようなことだろうか。

 もしくは、宇宙から帰還した宇宙飛行士か。

 シンジは、体を動かすのが非常に困難な状態になった。


「う……く」


 なんとかシンジは立ち上がる。


「ちょっと慣れないと、戦いは難しいな」


 シンジは、自分の後ろの扉を見る。

 カフェだ。

 鍵がかかっている。


「……技能使えるかな?」


 シンジは、『超内弁慶』の技能を見る。

 自室の中にあるモノを、自由に操れる力。

 しかし、自室とは一体何だろう。

 何を基準に自室、自分の部屋とするのだろうか。


 シンジは両親と暮らしている自宅に、ちゃんと自分の部屋を持っている。

 では、この超内弁慶の力は、そこだけしか使えないのだろうか。


 シンジは、そうは思わない。


 どこが自分の部屋かなんて、自室かなんて、結局決めるのは自分自身だからだ。

 シンジはこの目の前にあるカフェが自分の部屋であると思い込むことにする。


 悠々と、おしゃれにコーヒーを飲む自分。

 沈みゆく夕日を浴びながら、音楽と読書を楽しむ自分。

 忙しい都会の喧噪を忘れさせてくれそうな、緩やかな時間の中にまどろむ自分を想像しながら閉まっているカフェの扉に手をかける。


「……開かないですか、そうですか」


 カフェの扉はびくともしなかった。


「まぁ、当たり前か。そもそも、自分の部屋でおしゃれにコーヒーを飲む文化は俺にはない」


 イメージ自体が、どうもおしゃれカフェを楽しむ、背伸びしたクリエイター気取りの男性になってしまったようだ。

 それに、この学校のカフェはそこまでおしゃれな空間ではない。


 学生がたむろし、ガヤガヤしていてゴチャゴチャしているのだ。

 また、シンジが自室で生活している姿とも違った。

 ここで、カフェの中で堕落しきっている本当の自分の姿をイメージしてもよかったがそれは違うのではないかとシンジは思う。

 そもそも自分の部屋に入れない状況はおかしいだろう。


「……まずは、カフェの中に入らないとな」


 シンジは、ウルトラで売られている技能を確認する。

 売られている技能の中で、扉の鍵を開けられそうな物を二つ見つけた。


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解錠魔法 800P 鍵のかかっている物を開ける魔法。本人の技量が上がるほど、難解なモノを開けられるようになる。


鍵開け初級 200P 簡単な鍵を開けられるようになる。

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 全く同じような内容だが、前者がおそらくMPを使い後者がSPを使う物だろう。

 どちらを修得するか少し悩み、シンジは解錠魔法を修得することにする。


 魔法を使ってみたかったというのもあるが、魔法だと鍵の技能がこれだけで済みそうだというのが大きかった。

 鍵開けには、このほかに中級と上級があるのだがシンジは修得出来なかった。条件を満たしていなかったのだ。


 シンジは、さっそく取得した解錠魔法を使ってみることにする。

 魔法はその魔法の名前を言えば使えるようだ。


『アーキー』


 シンジの手のひらから淡い光が溢れる。

 カフェの扉からカチャリと音がした。

 鍵が開いたようだ。

 シンジは、そっと中の様子を見た。

 誰もいないカフェ。魔物の気配もない。

 付けっぱなしの暖房の音だけが聞こえてくる。


 シンジは不思議な気持ちになった。

 シンジの知っている学校のカフェは、いつも沢山の生徒が溢れている騒がしい場所なのだ。

 暖房が効いているはずなのに、なぜか冷たくて重たい空気がカフェに満ちていた。


「……さて、今日からここは俺の部屋だ」


 思いこみたい事は、口に出した方がいい。

 それだけで本当にそうだと思いやすくなる。

 真ん中に置かれているイスに腰をかける。

 自分の部屋のように気楽になる。


(…………)


 完全に、リラックスしたシンジは入り口付近に設置されている自販機を見た。

 カップから飲み物を販売するタイプとカンやペットボトルを販売するタイプの2通りがある。


 ここで飲み物を買ってくつろいでもいいのだ。

 もちろん、本格的なコーヒーや紅茶を飲みたい場合は注文するしかないのだが。

 シンジは、カップの飲み物を販売する自販機に向かって、乳酸菌飲料を出せと思ってみる。

 すると、自販機の中からガコッと音がしてガラガラと氷が落ち液体が注がれていった。


 動いた。


 シンジは、このカフェを自分の部屋だと思いこむことに成功したようである。

 次に、シンジは注がれたジュースを持ってこいと思って見るがまだ自販機の中にあるジュースはぴくりとも動かない。


 遠距離からジュースを注がせることは出来るがそのジュースを念力のように動かすことは出来ないようだ。


 しょうがなく、シンジは立ち上がり自分でジュースを取りにいった。


「……げっ」


 その際、廊下を見てみるとそこには、数体の死鬼がいた。

 その中の一体は、あのライトグリーンのよれたパンツの女子生徒である。


 とりあえず、拝んでおく。


 渡り廊下は2つあり、シンジはもうひとつのほうを封鎖し忘れていた。

 そちらの渡り廊下から来たのだろう。

 

「……さすがにまだ戦えん」


 シンジは見なかったことにして扉を閉めた。

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