第9話 黒い悪魔がいた

 自販機からジュースをシンジは取り出す。

 そのとき、ふと思った。


(……お金、取り出せるのかな)


 自販機の中には、お釣りと売り上げ金が入っているはずなのだ。

 シンジは、自販機にロックを解除するように思ってみる。

 ガシュっと銀色の取っ手のような形をした部分が盛り上がり、開けられるようになった。

 鍵の解除も出来る。

 シンジは、再び自販機に鍵をかけて次は魔法を試してみる。


『アーキー』


(…………)


 自販機は動かなかった。


 (魔法では無理な事でも職業の固有技能だと可能、か。いつかは魔法でも開けられるようになるんだろうけど……自分の実力以上の事が出来るのはありがたいな)


 とりあえず、この場は、超内弁慶』の力で鍵を開けることにする。

 ついでに、レジの中に入っているお釣り用のお金もいただく。


 総額約5万円。

 全てポイントに変換した。


「さて、お次は……」


 ぐぅ


 っとシンジのお腹が鳴った。

 時間を見てみる。


 そろそろお昼の時間だ。


 (お腹が空いてはなんとやら。せっかくカフェにいるんだし、まずは食べるか)


 シンジはキッチンに入ってみた。


 様々な調理器具が置いてあり、大きな寸胴鍋の中には作りたてのミートソースが入っている。

 仕込みの最中だったようだ。

 このカフェのミートソースパスタは絶品である。


「えーっと……麺は……」


 冷蔵庫らしき所を次々と開けていく。

 トマトやレタスなどの野菜。

 切り分けられた鶏肉。

 鶏肉はよく見てみると外国産だった。


 (……まぁあの値段で国産は使えないのか。美味いからどっちでもいいけど)


 気を取り直して冷蔵庫を漁ると冷凍庫の中に、袋麺のようにまとまった形で凍ったパスタの麺を見つけた。うどんもある。


「……冷凍パスタってあるのか」


 シンジも、簡単な自炊は出来るのでパスタを作った事はあるがそれは乾燥パスタだった。

 冷凍のパスタは初めて見た。

 乾燥パスタは茹でればいいが、冷凍パスタはどうすればいいのだろう。

 シンジは少し悩んだあと、フライパンに少し水を入れて熱することにした。

 レンジでチンと解凍することは出来るだろうが、取り出すのがメンドクサそうだしどちらにせよミートソースを温め直す必要もある。

 

 調理を開始する前に、手を洗う。

 シンクの中が真っ赤になった。


 血だ。


 シンジは気にしていなかったが、シンジの全身は死鬼の返り血で真っ赤に染まっている。


「……あー。まぁあれだけ斬っていれば多少は血も付くか。飯食べる前に体拭いた方がいいかな?」


 ただでさえ人の血は衛生上あまりいいものではない。

 さらに、この血は死鬼という化け物になった人の血だ。

 この体で、調理をするというのはあまり良いことではないだろう。


 教室から持ってきた荷物の中に、体育の時に使うジャージを入れている。

 それに着替えようと思っていると、シンジはキッチンの奥に扉を見つけた。


 ソコは、普通にカフェを利用している人には見えないようになっていた。

 どうやら、食材の倉庫と働いているスタッフの更衣室を兼ねているようだ。


 シンジは、ガラリと扉を開けた。




 ………………





「うぎゃーーーーーーーー!!」


 今日一番の絶叫。


 倉庫の中には魔物がいた。


 人類を恐怖に陥れる最悪の悪魔。


 黒い狂気。


 絶望の根源にして災厄の化身。







 つまりゴキブリである。


 シンジは、急いで扉を閉め全力でその場を離れキッチンの端まで走った。

 心臓がバクバクと鳴っている。

 さきほど毒で死にかけた倍以上のスピードでシンジの心臓は動いていた。


「……なんだあれ。ウソだろ? そんな……馬鹿な」


 シンジはガクガクと震えている。

 もちろん、シンジがここまで動揺しているのには訳がある。

 更衣室の中にいたゴキブリは普通の大きさでは無かったのだ。

 どうみても50センチ以上はあった。


 そう、さきほどのゴキブリは更衣室の片隅で死んだゴキブリが死鬼化したモノだ。

 死鬼化したゴキブリ同士がお互いを食らい合い巨大化したモノだ。


 その名も死鬼ゴキブリ

 Lvは5


 死鬼になってもゴキブリの特性は全て生き続けている。

 むしろ、強化されている。

 時速100キロ以上で動く俊敏性と頭をつぶしても生き続ける生命力。

 仲間さえ食らう貪欲さを兼ねそなえたシンジが初めて遭遇する強敵である。


「……どうしよう……うわ!?」


 悩んでいると、大きな音を出しながら、ドアが壊れた。


 死鬼ゴキブリが突進して破壊したのだ。


「うっ……あぁ……」


 シンジは、尻餅をつきながら、少しでもゴキブリから距離を取ろうと壁にへばりつく。


「ジジジ……」


 死鬼ゴキブリは、触角をピクピクと動かしている。

 まるで、ボクサーがフェイントの為に拳を揺らすように。

 よく見ると、触角の間に、角が見える。

 よく見たくなかったとシンジは思っていると、ピクピクと動く触角の動きが止まった。


(……! 来る!)


 死鬼ゴキブリが、体長50センチ以上のゴキブリが高速で向かってくる。


 シンジは、その動きが見えていた。

 艶々と油がテカるその黒光りの体。

 せわしなく動くトゲだらけの6本の足。

 無機質な目。

 一つ一つが鮮明に見え、それが近づいてくる。

 距離は1メートルを切った。

 シンジは、本能で叫んだ。


「それ以上近づくなぁああああああああ……!」


 ピタリ。

 と、死鬼ゴキブリはその動きを止めた。


「……え?」


 死鬼ゴキブリは、まるでプラモデルのように動かなくなった。


 シンジは、その死鬼ゴキブリの様子を見て……気持ち悪すぎてそこまでしっかりと見てはいないのだが、見て、ある予想にたどり着いた。


「……『超内弁慶』が効いた?」


 そうとしか思えなかった。


「……だったら……」


 シンジは、ある命令を死鬼ゴキブリに下す。


「死ね」


 死鬼ゴキブリはその命令を聞いて、あっさりとひっくり返った。

 死んだゴキブリがよくなる体勢である。

 頭に鳴り響くレベルアップを告げるファンファーレ。

 しっかり殺せたようだ。


 死鬼ゴキブリの足がピクピクと動いている。

 これ以上見ていたくなかったシンジは、死んでいる死鬼ゴキブリに素材をよこせと命令した。

 すると、死鬼ゴキブリは、頭の角を残して、灰になって消えた。

 黒い角がシンジの足下に落ちている。


「終わった……」


 安堵するシンジ。

 今までの人生の中で、一番の恐怖だった。

 高速で動く50センチ以上のゴキブリ。

 死よりも恐ろしいモノが、そこにはあった。


 黒いツノは、素材だし回収しなくてはいけないと思うがシンジはこれを触りたくなかった。

 カイトリで売ってもいいがシンジは素材を売るのはあまり好きではない。

 ウルトラに、何か良い技能がないか確認する。


 一つあった。


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アイテムボックス30 10000P アプリ、アイテムボックスを使えるようになる。カメラ機能を使うことで、i GODの中に様々なモノを収納出来るようになる。最大積載量30キログラム。拡張可能。

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 あったが買えなかった。

 先ほどの死鬼ゴキブリのポイントは5だったのだ。

 通常の死鬼と比べても、低い。

 これでは、、先ほどの5万円分のポイントを合わせても全然足りない。

 どうしようかと悩んでいると、シンジは、更衣室の奥に金庫を見つけた。


『超内弁慶』の力で鍵を開ける。


 ノータイム。迷い無し。


 中には色々な書類と共に、札束も入っていた。

 売り上げも保管していたようである。

 約500万円。

 もちろん回収して、ポイントに変えた。

 これでシンジは50000P以上持っていることになる。

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