第六話 急転

  第六話 急転


 次に目が醒めたときにはすべて終わっている。ジュリアンはそう云っていた。だからこの時点で、なにかがもう致命的なほど手遅れになっているのではないか。アツシはそう怯えながらゆっくり目を開け、状況を確認した。

 自分は椅子に座らされている。それはすぐにわかった。だが立ち上がれない。

「起きたか」

 その声に顔をあげると、ジュリアンがアツシの目の前に立っていた。

 ここはどこかの建物の一室だ。窓がなくじめついており、冷気が漂っているから、地下室だろうか。煉瓦が剥き出しの壁には漆喰も塗られていない。これといって家具や荷物などはなく、アツシは部屋の真ん中に置かれた椅子に縛り付けられていた。そう、足は椅子の脚と縄で括られ、手も背もたれの後ろで縛られて、完全に身動きが取れない。

 アツシはジュリアンを睨みつけた。

「ジュリアン、これはどういうことだ。それにこいつらはいったい……」

 ジュリアンは一人ではなかった。ハムバがいる。他にも何人か男たちがいて、見覚えのある顔もいくつかあった。そしてもう一人、黒髪の美丈夫が皆に守られるようにして立っていた。その顔を見た瞬間、アツシは思い切り眉をひそめた。

「トロイさん……これは、あんたの差し金か?」

「そうだ。ジュリアンもハムバも他の者たちも、皆、俺に協力してくれている」

「てことは、おまえら全員勇者だな。どうして俺にこんなことを? いったい、なにが目的だ? レナはどこへ行ったんだ?」

 するとそれには、トロイではなくジュリアンが冷ややかに答えた。

「そういっぺんに聞くなよ。だが、これから死ぬんだ。冥土の土産に、どうして自分が死ぬのかくらいは教えてやるからよく聞きな」

 そう云われて、アツシは括りつけられている椅子ごと冷水のなかへ落とされたような気分になった。

「し、死ぬ? なんだそれ! 殺すのか! 俺を?」

 意味がわからなかった。どうして同胞からそんな仕打ちを受けるのか。殺されるかもしれないと悟り、心臓がどくどくと鳴り始める。

 そんなアツシをジュリアンがわらう。

「おまえは検証作業を中断して天使を全部還したんだってな。だとすると、その状況じゃ召喚系のおまえにはなにも出来ないだろう?」

「な、な――なぜなんだ!」

 アツシが全身で叫ぶと、トロイが一歩前に進み出てきた。

「ジュリアン、時間がない。俺の代わりにアツシに教えてやってくれ」

「はい」

 そう返事をしたジュリアンは一瞬遠い目をしたあと、アツシを見下ろして切り出した。

「おまえさあ、元の世界に戻りたいって思ったことないか?」

「は?」

「だから地球だよ、地球。そこに帰りたいって思ったことはないか?」

「そ、それは――」

 もちろんある。だが地球には戻れない。この世界の人間が行った召喚は一方通行で、アツシが天使をあの世に返すようにはできないはずだ。そう聞いている。

 そんなアツシの心を読んだか、ジュリアンが口の端をつり上げて笑った。

「ところがあったんだよ。元の世界に帰る方法が」

「ど、どんな?」

「トロイの旦那のマイティ・ブレイブさ」

 アツシはしきりに目をまたたかせた。

「それって、テレポーテーション?」

「そうだ。トロイの旦那のマイティ・ブレイブは、流された血を使って人や物を転移させる。その距離と質量によって、必要な血の鮮度や絶対量が変わる。ここまでは知ってるよな?」

「ああ……」

「じゃあ仮にだぜ? 仮にまさしく血の海と云えるほどの血があり、その血を使えば、どこまで行けると思う? どうやらこの世界へ召喚されたときの魔法とは逆の通路が開いて、地球へ帰ることができるらしい。しかもその通路は途中で分岐していて、地球にいたときの元時代がばらばらな俺たちが、それぞれ自分の時代に帰ることができるそうだ」

 アツシは目を丸くし、視線をジュリアンからトロイに移した。トロイは沈鬱な面持ちで成り行きを見守っており、なにも云おうとしない。話はジュリアンが続けた。

「トロイの旦那にそのことを教えた奴がいる。誰だと思う? 旦那のマイティ・ブレイブの本質を一目で見抜き、召喚魔法を始め様々な魔法の知識を持つ者……俺たちが知らない、この世界の秘密やからくりを知っている者……」

 アツシには見当もつかない。五秒も黙っていると、ジュリアンが伏せてあったカードを見せるように云った。

「魔王さ」

「な、に……!」

「八十年前にトロイの旦那が魔王と遭遇し、一人だけ生き残ったって話は知ってるだろう? あれはさ、トロイの旦那のマイティ・ブレイブの正体を見極めた魔王が、旦那にその力で元の世界に帰れるって気づかせ、取引を持ちかけた上でわざと逃がしたんだと。考える時間をやるから、次に会ったときに答えを聞こうってことでな」

「取引って……?」

「トロイの旦那が壁を維持している勇者オヴェリアを殺し、壁を崩壊させる。すると魔王の率いるモンスターの軍勢が人間世界に踏み込んできて、人間を一人残らず片っ端から皆殺しにするって寸法さ。そのときに流された血を使い、トロイの旦那のマイティ・ブレイブで旦那と旦那に賛同した一部の勇者は地球に帰る。めでたしめでたし」

 そんな話を聞いたアツシは、唖然茫然愕然である。そして恐ろしいものを見るような目でトロイを見て、否定してほしいと切に祈りながら尋ねた。

「魔王と、そんな取引をしたんですか」

 すると長いこと黙っていたトロイがやっと口を開いた。

「……ずっと昔、その話を持ちかけられた当時、俺はずいぶん悩んだ。オヴェリアを裏切り、この世界を裏切る。それがどれほどのことかは、わかっているつもりだ。悩んだあげく、俺はある女性にこの一件を打ち明けた。その人はその計画に乗るべきだと云った。それで俺も覚悟が決まったのだ。それから俺は魔王が俺の答えを聞くべく、接触してくる日を待ちながら、壁外での任務を続けた。そして八十年……ついに魔王が二度目の接触をしてきたのだ。それが先日のあの戦いだ。俺はおまえたちをひとまず帰還させ、二人きりになると魔王に云った。あの日の取引に応じると」

「馬鹿な!」

 アツシは椅子から立ち上がってトロイに飛びかかろうとしたが、もちろん縛り付けられているのでそんなことはできない。

 トロイはそんなアツシを憐れむように見下ろして続けた。

「俺の帰還が遅くなったのは、魔王と作戦の段取りについて確認していたからだ。お互い、色々と念を押しておかねばならないこともあったしな」

「それでみんなを裏切るのか! 全部を裏切るのか! そんな馬鹿な! 魔王はあんたの仲間を大勢殺した仇なんじゃなかったのかよ!」

「地球に帰れるのであれば、その恨みは忘れよう」

「オヴェリアさんも殺すのか! 二百年来の仲間なんだろう!」

「いや、オヴェリアは殺す必要がない。彼女はとっくの昔に俺の計画の賛同者だ。さっき云った魔王との取引の件を打ち明けた相手と云うのは、ほかならぬオヴェリアなんだよ」

「えっ?」

 意外な言葉にアツシは横っ面を張られたような気分だった。一方、トロイは淡々としたものである。

「八十年前、魔王に取引を持ちかけられて悩んでいた俺の様子は、傍目におかしく映ったのだろうな。ある日、彼女が俺になにかあったのかと尋ねてきて、俺は全部話した。そのとき彼女は云ったんだ。いつになるか判らないが、その話が実現するなら、自分も協力する。壁の一部を取り払って、魔王の軍勢が壁のなかへ入り込めるようにする、と。壁の全部を取り払わないのは、異変に気づかれ、俺たちに賛同しない勇者が素早く対応するのを防ぐためだ、と。結局のところ、彼女も地球に帰りたかったんだな」

 そのときアツシは、どう云っていいかわからなかった。三年前に会った品のある老婆の姿が脳裏を過ぎる。

「信じ、られない……」

「魔王も同じことを云っていたよ。オヴェリアが裏切りに同意したなど信じられないと。だがそれは実際に壁の一部が取り払われればわかることだ。魔王にもそう云ってある」

 そこでトロイが言葉を切り、アツシに考える時間を与えたようだった。

 アツシとしてはもうすべての前提、土台がひっくり返されたような気分である。

「魔王と組んで人類を裏切る? 壁の一部が崩れて、モンスターが入ってきて、人々を殺す? そしてその血を使って、裏切った勇者たちは地球に帰る?」

「そうだ」

「馬鹿な……じゃあ、下らない感情は捨てて人類のためにマイティ・ブレイブの検証作業を再開しろって、俺を怒らせたあれはなんだったんだよ!」

「あれはおまえが天使を使役するつもりがないと確認するためのはったりだ」

 靦然てんぜんとそう云ってのけたトロイが、アツシには急に悪魔に見えてきた。そしてトロイは、そんなアツシを先刻から一貫して憐れむように見ている。

「ところでおまえは、どうして自分がこういう状況に置かれているのだと思う?」

 それにアツシははっと目の醒めるような思いがした。そうだ、なぜなのだ? なぜ自分は拘束され、計画の全容を明かされた上で、しかも殺されようとしているのか。

「わ、わからない……この状況はなんなんだ? どうして俺は殺されるんだ?」

「それは魔王がおまえを危険視したからだ」

「えっ?」

「あのモンスター、我々がアデプトタイガーと名付け、Sランクに設定したやつだが、実際のところ魔王の腹心だったらしい。奴の手駒のなかでは最強の一体だったそうだ。それを倒せる勇者が、二百年以上経ってついに現れた。それがおまえだ。喜べ、アツシ」

 そう云われても、もちろんこんな状況では喜べるはずもない。平生でも、きっと素直には喜べなかっただろう。

「魔王の力を凌駕する勇者が現れること自体は、別におかしくはない。たとえばオヴェリアがそうだ。魔王は彼女の巡らした壁を破ることはできなかった。それはつまり彼女の守りの力が、魔王のそれを上回っていたということに他ならない。だが攻撃に使える力で魔王を凌駕する者は現れなかった。おまえが最初の一人だ。それを魔王は憂慮した」

 トロイの話の先が見えて、アツシは爪先から震えてきた。それに気づいているのかどうか、トロイはなおも話し続けた。

「魔王は慎重な男だ。普段は壁の外のどこにいるのかさえ掴めない。特定の拠点を持っているのかどうかさえ不明だ。俺に接触したのだって、一度目が八十年前で、今回が二度目だぞ? そういうやつなのだ。だが壁が崩れるとなれば本人が出向いてくる。二百年間、自分を阻んできた壁がやっと崩れるのだ。部下の魔物には任せられんだろう。自分で確実に決めたいのだ。奴自身がそう云っていたし、俺もその執念を感じた。しかし自ら出向いてくるのに、おまえがいては危険だろう? だから魔王は壁のなかへの進撃に際して、俺にある条件をつけた」

「そ、それは、それは――」

 ここまで話されればアツシにもわかる。つまり、進撃に際して身の安全の保証として、魔王はトロイたちにあるものを求めたのだ。

 ふるえるアツシに、ジュリアンが稲妻を落とすように云う。

「おまえの首を持ってこい。でなくては自分は壁が崩れても侵攻しない。それが魔王がトロイの旦那に出した条件なんだとよ」

 わかっていた。わかっていたが、そうはっきり云われるとアツシは自分の体が真っ二つにされたようだった。

 そんなアツシの前でジュリアンが腰に佩いた剣を抜く。刃物の輝きを見て、アツシは一気に青ざめた。そこへジュリアンが云う。

「魔王が進撃してこなきゃ血は流れないし、血が流れなきゃ俺たちは地球に帰れない。そしてそのためには、同盟成立の証として、おまえの首がいるんだ。わかったか? わかったら祈れよ。そのくらいの時間はやるぜ?」

「……いや。いや! わからない! だいたいおまえ、ポールのことはどうするんだ! 仇を討つんじゃなかったのか!」

「あのデブの仇? そんなこと、地球に帰れるとなったらもうどうだっていいさ」

「じゃあ、レナは?」

 あのときレナはあきらかにジュリアンと結託していた。つまりレナは事前にこのことを知っていたのだ。だが、どうしてレナがトロイたちに協力する理由があるだろう。彼女の家族は壁のなかで生きているのだ。

「百歩譲って勇者たちが地球に帰るために魔王と結託するのだとしても、現地民であるレナがそれに協力するのはおかしいだろう!」

「あ? そんなもん、おまえを捕まえるために適当な嘘をついて騙したに決まってんだろ。だからあいつはここにいないんだ。そう、あの女は、もう……」

 そこでジュリアンが目を伏せ、眉間に皺を刻む。アツシはレナの運命に想いを致し、怒りとも恐怖ともつかぬ激情に突き上げられた。

「ジュリアン、貴様!」

 アツシがそうやって感情的になると、ジュリアンは逆に理性的になったようだ。

「自分が殺される理由はもうわかっただろう? これ以上、話すことはない。おまえはここで終わりなんだ。せめて苦しまないよう、一撃で首と胴を切り離してやるぜ!」

 云うや否や、ジュリアンが大きく一歩踏み込んできた。その動きの鮮やかなことと云ったらない。そしてアツシは自分の命を奪うことになる剣の閃きを見た。


        ◇


 ラストガーデンと名付けられた人間世界の大地をぐるりと円く取り囲む巨大な壁がある。その壁の一角に大量の魔物たちがこれ見よがしに集結していた。

 今頃、内部の勇者たちはその魔物たちの軍団を見て、そこに戦力を集結させているだろう。だがそれは陽動なのだ。魔王の率いる本隊はそれとは正反対の位置にある森のなかに潜んでいた。数こそ少ないが、麾下のモンスターは精鋭揃いである。時が来れば、自分が相対している壁の一隅が崩れて、そこから内部に侵入を果たすことができるはずだ。

「頃合いか……」

 双頭の竜魔王は、森の底から仰ぎ見る空が夕焼けの色に染まっているのを見てそううっそりと呟いた。相変わらず、金髪に一本角をした右の頭だけが覚醒しており、銀髪に二本角をした左の頭は眠るように目を閉じている。魔王はいつも右の頭だけで物を見聞きし、また喋っていた。

 そのとき、配下の魔物の先触れがあり、魔王にこの森を訪れた者があることを報せた。

 やがて薄暗がりのなかから一人の人間の男が姿を現わした。先日トロイと接触したとき、一緒にいた男だ、と魔王は思い出しながら問う。

「約束の時間には間に合ったな。小僧、名前はなんと云う?」

「ジュリアンだ」

 そう名乗ったジュリアンは、勇者の常として剣と鎧で武装している。そして今は小脇に小箱を抱えていた。箱の大きさは、人の頭くらいだ。

「前置きはなしにして本題に入ろうじゃないか。見せてくれ」

「あいよ」

 ジュリアンは魔王の前まで来るとそこに片膝をつき、地面に箱を置いて蓋を開けた。なかには人間の生首が入っていた。

「検めな」

 箱の蓋を地面に置いたジュリアンは、立ち上がると後ろへ下がった。魔王はそんなジュリアンの様子を見てわらう。

「私に差し出してはくれないのかね?」

「……そうしろって云うならするが、あんまり気持ちのいいもんでもないんでね」

「ふふ、そうかね。わかった、いいよ」

 魔王はそう云うと自ら箱を覗き込んで手を伸ばし、黒髪を掴んで首を手に持ってみた。そしてその顔をまじまじと見る。

「ふむ、あのとき天使を召喚した勇者の顔に間違いないな」

「ああ、そうだ。勇者アツシ……あんたを打倒する可能性を唯一持っていた勇者だが、召喚系だしな。仲間に裏切られちゃあどうしようもなかった」

 それを聞き、魔王は竜の瞳と鼻でさらに首を検める。

「……血の匂いがする。そして少し前まで命の宿っていた気配がある。ことによると贋物を拵えて私を欺くやもしれぬと思っていたが、どうやら本物のようだ」

「当たり前さ。その首は俺たちとあんたの同盟の証なんだから、贋物を用意するわけがない。そいつは正真正銘、一人の人間の首だよ。そう、アツシは死んだ。そして俺が戻り次第、オヴェリアがこの近くの壁を崩す。そこから先はあんたの仕事だ。俺たちに協力しない勇者は陽動にかかって、こことは反対の場所に集結中だ。だから安心して攻めてきてくれ。二百年以上に亘って成し遂げられなかった、人類根絶の望みを叶えてくれよ」

 すると魔王は首を左手に持ち替え、ジュリアンを軽侮の目で見た。

「簡単に裏切るものだな。この世界の人間に同情はしないのか?」

「ふん。生憎と俺はこっちに召喚されて日が浅いんだ。大して思い入れもねえよ。少しばかり気の毒に思う気持ちもなくはないが、元の世界に戻れるんなら是非はねえ」

 そう語るジュリアンは、しかし口吻の端々が尖っていた。

「……結構」

 あまりに葛藤もなく裏切るようだと罠の可能性を考えねばならないところだったが、良心の呵責を少しなりとも感じているらしい。それにジュリアンは先ほどから自分の手にあるアツシの首を見ない。見られないのだ。それは心のどこかに、罪悪感があるからだ。

 だからこそ、魔王はジュリアンを信じた。

「では、この首は同盟のしるしとして頂戴しよう。君は戻りたまえ。君が戻らないとあの壁は崩れないのだろう?」

「ああ。俺も死にたくはないんでね。悪いが保険をかけさせてもらった」

「ふっ、そんな心配は無用だよ。君たちが約束を守るなら私も約束は守るさ」

「俺も人間であることには変わらないのに?」

「だが、この世界の人間ではあるまい。私の邪魔立てをするという意味で勇者は憎い敵だが、私の本来の標的ではないのだよ。さあ、無駄話はやめにしてもう行きたまえ。あの忌々しい壁が消えてなくなり、人間どもの世界へ踏み込める瞬間が今から待ち遠しい」

「そうさせてもらうぜ」

 ジュリアンはそう云うと踵を返し、足早に去っていった。

 そんなジュリアンの後ろ姿を、魔王は見ていない。魔王が見ているのは二百年に亘る悲願を果たし、人類を蹂躙している未来の自分であった。ごみのような人間に二百年以上も手こずらされたのだ。だがそれも今日で終わる。今宵、満月が天にかかるとき、壁が崩れて人間世界へ暴れ込める。

「ついにこの日が来た。では私の殺戮の舞台へ――!」

 魔王がそう快哉をあげてからまもなく、壁の一部が崩壊した。と云うより、壁が幻だったかのようにその一部が薄らいで消えたのだ。夢にまで見た人間世界への道が、突如として開かれていた。オヴェリアが裏切ったという話は本当だったのだ。あとは蹂躙するだけである。魔王は同盟の証の生首を片手に持ったまま、歓びに打ち震えながら叫んだ。

「進撃を開始する!」

 そして森から一斉に這い出してきた魔の軍勢が、壁の切れ目に向かって殺到した。その一番槍を務めているのは、他ならぬ魔王だ。魔獣に騎乗し、人類根絶の夢を追って誰よりも速く駆けていく。そして人間世界へ踏み込んだ瞬間、哄笑が溢れた。

「ハハハハハ! やった! やったぞ! ついに人間どもをこの地上から葬り去る日がやってきたのだ! 者ども、鬨の声をあげよ! 我に続け! 人間どもに恐怖を知らしめてやるのだ! 魔王の到来を!」

 だが背後で鬨の声は上がらなかった。しんとしていた。そのとき魔王は自分の周りがいやに静かになことに初めて気づいた。心がはやるあまり先行しすぎたのか。そう思って魔獣の足を止めつつ背後を振り返った魔王は、愕然とした。

「か、壁が――」

 そこに壁があったのだ。魔王は茫然としながらも、壁によって麾下の軍勢と分断されてしまった事実を理解していた。歓びのあまり一人で先行しすぎてしまったわけだが、そもそもどうして壁が復活しているのだ?

「こ、これは、いったい――」

「魔王」

 そう呼ばれて、魔王ははっとして顔を前に戻した。月光の下、そこにいつの間にか何十何百という戦士たちが勢揃いしていた。音もなく匂いもなく、忽然と現れたのだ。このような芸当が出来る者は一人しかいない。テレポーテーションのマイティ・ブレイブを持つ男。

「トロイ!」

 集団の先頭に立っていたのはトロイだった。してみると、ここにいる者たちは全員勇者だ。人数的に、陽動にかかったはずの勇者まで動員されている。

「これは……」

「おまえともあろう者が抜かったな。魔物の軍勢に囲まれて入ってくると思ったが一騎駆けとは、よほど血に飢えていたと見える。だがこうなってはもう外の世界に逃げることはできんぞ。結界とは元より外と内を遮断するもの。おまえは外から内に侵入することはできなかった。となれば、内から外へ脱出することもまた不可能だ」

 そうした話を聞いているうちに、魔王もまた冷静に復していた。煮えたぎる怒りに蓋をして、魔王は務めて穏やかに云う。

「なるほど、つまり私を罠に嵌めたのだね。取引に応じたふりをし、信用させ、壁のなかに誘き寄せたところでオヴェリアが壁を修復し、私を孤立させて退路を断った……」

 そこでトロイの涼しげな顔を見て、蓋をしたはずの怒りが突如爆発した。

「い、いったいなにを考えている! 気でも違ったのか! 私を罠に嵌めて包囲したところで、貴様らには私を倒すことなど出来んのだ! 私を打倒する可能性のあった唯一の勇者アツシは、貴様らが自分たちの手で殺してしまったのだから!」

 魔王はそう叫び、携え持っていたアツシの生首を、見よとばかりに満月に掲げてみせた。それをトロイがわらう。

「アツシが死んだ? なんのことだ? 勇者アツシならここにいるぞ」

 その言葉に応じるように、トロイの隣に黒髪の青年が立った。魔王はぎょっとした。なぜなら彼は、魔王が手にしている首と同じ顔をしていたからだ。つまり。

「勇者アツシ!」

 死んだはずのアツシが、そこに生きて立っていた。


        ◇


 ここで時間は少し巻き戻る。

 アツシに向かって振り下ろされたジュリアンの剣は、しかしアツシの首筋にぴたりと吸い付くようにして止まった。アツシとしては、心臓が凍りついたような一瞬だった。恐怖に目を見開き、心臓がどくどくと鳴って、冷や汗が出てくる。

 そんなアツシを見てジュリアンが笑う。

「とまあ、ここまでが、魔王を騙すための筋書きだ」

 そう云われてもアツシはしばらくなにも云えなかった。だがジュリアンのにやにや笑う顔を見ているうちに悟る。

「つまり、おまえらは……」

「裏切るわけねえだろ、この世界の人類をよ。それにポールの仇は俺が討つと決めている。だからそのために魔王をいったん、壁のなかに誘き寄せる必要があるんだ」

 そのあとを引き取ってトロイが云う。

「繰り返しになるが奴は用心深い。魔王と唯一面識があった俺に二度目の接触をしたのが八十年ぶりなのだ。この機を逃せば次はいつになるかわからん。そこで魔王との取引に応じたふりをし、おまえを殺したことにする」

「……どうやって?」

「贋の首を手配するのだ。それをジュリアンに持っていかせ、手筈通りなら、魔王は壁に向かって進撃してくる。それをオヴェリアを含めた勇者が総動員で迎え撃つのだ。つまりいったん壁の一部を開け、そこから魔王が壁のなかに入り次第ふたたび壁を修復する。これでやつはもう逃げられない。そこへ俺のマイティ・ブレイブで転移し、包囲する。そこから先はおまえの出番だ。おまえのマイティ・ブレイブで魔王を討て」

 その話について、アツシは椅子に縛り付けられたままよく考え、やがて口を切った。

「三つ、疑問があるんですけど?」

「云ってみろ」

「えっと、まず贋の首なんかで魔王を騙せるんですか?」

「それについては問題ない。非常に精巧な、おまえにそっくりの頭部を用意してある」

 見たくないな、と思いつつアツシは二つ目の問いを投げた。

「二つ目の質問は、壁の一部を開けるって話なんですけど、当然かなりのリスクがありますよね。現地の人たちは納得してるんですか?」

「いや、勇者に絶対の忠誠を誓っている従者を除き、現地民には話していない。魔王を壁のなかに入れるなど、反対されるに決まっているからな。だが俺たちはもう決戦に持ち込みたいのだ。ゆえに王家は無視して勇者たちだけで作戦を遂行する」

「それはまずいんじゃ……?」

 きっとあとあと問題になる。そう思って眉宇を曇らせるアツシに、トロイが云う。

「アツシ、予言のことは覚えているか? 世界を変えると予言された勇者がマイティ・ブレイブに覚醒した日と、八十年ぶりに魔王が姿を現わした日が重なった。俺にはこれがただの偶然とは思えない。今こそ予言を掴み、運命を切り開くときなのだ。誰にも邪魔はさせない」

 そこにアツシは強い意志を感じ、云っても無駄なのだと悟って三つ目の問いに移った。

「最後の質問は、俺のマイティ・ブレイブです。俺のマイティ・ブレイブはこの世に未練のある人間を天使として召喚するものなんですよ? つまり大前提として人が死ななきゃならないってことだ。だから俺はこんなマイティ・ブレイブは使いたくないと思った! 話しましたよね?」

「もちろん。だが使いたくなるさ。俺に考えがある。任せてくれ」

「考えって……」

 そこが一番、重要なところではないか。そう思って詳しく問い糾そうとしたところで、今度はトロイがアツシに尋ねてきた。

「それよりレナに会いたくはないか?」

 アツシははっとなった。あまりのことに目の前の問題に夢中になってしまっていたが、あれからレナはどうしたのか。トロイはこの部屋に一つだけある扉の方へ目をやった。

「おい、もういいぞ。入ってもらってくれ」

 すると扉の傍に立っていた勇者が扉を開け、外にいたらしい誰かに声をかけた。その人物は勢い込んで部屋のなかに入ってくると、アツシを見つけて真一文字に突き進んできた。

「アツシ様!」

「レナ! よかった、無事だったか!」

 入ってきたのはレナだった。アツシを殺そうとするのが芝居であった時点で、アツシはレナの無事を確信していたけれど、こうしてレナの元気な姿を見るとやはり安心する。

 レナはアツシの前までやってくると、アツシに手を伸ばそうとして、アツシを縛る縄に気づいたのか、トロイを睨みつけた。

「早くほどいて下さい」

 それに応じてトロイが仲間の勇者たちに合図し、ほどなくアツシは自由になった。立ち上がったところへ、取り上げられていたアツシの剣や短剣が他の勇者から手渡される。それを受け取って再装備したところで、レナが声をかけてきた。

「大丈夫ですか?」

「ずっと縛られてたから多少節々が痛むけど、どうってことないさ。君こそ――」

 本当に無事でよかった。そう云おうとして、アツシははっとある可能性に気づき、トロイを睨みつけた。

「おい、まさかとは思うが、レナを使う気じゃないだろうな」

「なに?」

「あのときあんたのマイティ・ブレイブを使うのにレナの心臓を使うと云ったように、今度は俺のマイティ・ブレイブを発動させるためにレナを生け贄にしようってことじゃないだろうな。もしそうなら、俺は今度の作戦には参加しないぞ」

 するとジュリアンは青ざめて顔を強ばらせたが、トロイはそんなジュリアンを手振りで制するとアツシに尋ねてきた。

「レナのことを愛しているのか?」

「そうだ」

「そうか。わかった。安心したよ」

「安心……?」

 我が意を得たりとばかりに微笑むトロイと、その『安心』という言葉の意味がわからなくて、アツシは首を傾げた。そこへトロイが云う。

「アツシ、心配せずとも、おまえに天使として召喚される人物はもう決まっている。そしてそれはそこの娘ではない。なぜならその人物は、もう既に死んでいるからだ」

「なっ……!」

「犠牲はもう払われてしまった。おまえはその死を無駄にするのか?」

 トロイの云う考えがあるとは、こういうことか。アツシのあずかり知らぬところで犠牲を出してしまったから、もうあとには退けぬと。

 アツシはトロイを悔しそうに睨みつけた。

「どうして、あんたは、そういう……」

 だがトロイはアツシの感傷を踏みにじってなおも云う。

「加えて云うならアツシ、これが最後なのだ。魔王さえ倒せば、もうおまえは自分の呪われたマイティ・ブレイブを使わないで済む。この作戦が成功すればすべて終わりだ」

「これで、最後……」

 実際、それはアツシにとって甘言だった。自分の呪われた力を使いたくないという気持ちは本当だが、アツシのために死んだポールや、壁のない世界を見たいと云ったレナ、そして魔王とモンスターの脅威から解放されたいと願っている多くの人々を裏切って、自分だけ安楽と暮らしたとして、本当に幸せになれるだろうか?

 それよりあと一回だけ我慢して、戦って魔王を倒した方が、アツシとしても後ろめたいところのない、晴れ晴れとした気持ちで平和に生きていけるのではないか。

「アツシ様……」

 そのときレナにそっと手を握られて、アツシは不思議と覚悟が決まった。

「……わかった。これが最後なら、俺はやるよ」

 アツシがそう了承の言葉を発すると、辺りには安堵の気配が漂った。そこへレナが云う。

「アツシ様、本当によろしいのですか? あなたは戦うことにあまり積極的ではない」

「そうだけど、こうなったら仕方ない。最後の戦いと思ってやってやるさ。だからってわけじゃないけど……もし全部が上手くいったら、俺と結婚してくれないか?」

 するとレナの目が急に潤んだ。驚いたアツシの手を振り払い、レナは急いで目元を拭うと顔を伏せたまま云う。

「ご、ごめんなさい。それは、そのお返事は――」

「あとにしろ」

 トロイが威ある声でそうぶった切ってきた。アツシとしては人生の一大事で邪魔をしてほしくなかったのだが、トロイは不機嫌になっているし、レナはなぜか泣き出してしまうし、場所は黴臭い地下室だしで、告白の返事をもらう雰囲気ではなかった。

「わ、わかった。あとにするよ……」

 アツシがそう情けない声で云ったとき、ジュリアンがトロイの肩を掴んで自分の方へと向き直らせた。

「おい旦那、本当に大丈夫なんですか?」

「問題ない。話したはずだ」

「いやでも、人間は理屈じゃないでしょう」

「だとしても、もはや賽は投げられたのだ。今さら後戻りはできん。それはおまえが一番よく知っているだろう? おまえもおまえの務めを果たせ。まずはおまえが命懸けだぞ? 使者として魔王に贋首を持っていくのは、おまえなのだからな」

 もし首が贋物であると見抜かれれば、ジュリアンはその場で魔王に殺されるだろう。アツシは今さらそのことに気づいて、ジュリアンを心配そうに見た。

「おい、ジュリアン。おまえ本当に大丈夫か? 相手は魔王だぞ? 冷静に考えたら、やっぱり偽の首なんか持っていっても見抜かれるんじゃ?」

「抜かせ。そうならないよう、ちゃんと仕掛けがあるんだよ。そんなことよりおまえは自分の心配だけしてろ! ああ、もう、ちくしょう!」

 どういうわけか、ジュリアンは荒れていた。


        ◇


 それから数日後、アツシたちは壁のなかにいた。王都を出発して数日、壁のある一箇所にほぼすべての勇者と従者が集結し、今は壁内の大広間で報告を待っている。

 ジュリアンが戻ってきたのは、満月が東の空から昇ってきたころだった。

「上手く騙せた。壁が開き次第、魔王は動く」

 それを聞くと、トロイはシーリーンに顔を向けた。彼女はオヴェリアを守る三勇者の一人である。作戦では壁の一部を開けて魔王を迎え入れ、魔王の侵入直後にまた壁を修復するわけだが、そのタイミングを見計らうため、オヴェリアもまた壁まで出てきているらしいのだ。ただ壁内に無数にある部屋のどこにいるのかは、警備上の観点からごく限られた勇者にしか知らされていない。そのうちの一人であるシーリーンに、トロイが云った。

「シーリーン、オヴェリアに壁の一部を開放するよう伝えてくれ」

「わかりました」

 シーリーンはそう云うと大広間を出ていった。彼女を追う者は誰もいない。この場に集まった勇者と従者たちの目は、トロイに注がれている。

「ついにこのときが来た。もう間もなく壁が開くだろう。そうなれば魔王が入ってくる。いよいよ決戦だ。皆、覚悟はいいか!」

 おう、と力強い答えが返り、トロイは勇者たちにいつでも戦えるよう備えることを命じると、アツシを呼んで別室に移った。レナとジュリアンも一緒であった。

 部屋に入るなり、トロイはアツシを見ると云った。

「アツシ、この戦いはおまえが鍵だ。そこでもう一度、おまえの覚悟を問いたい。この先の戦いを、なにがあっても戦い抜く覚悟があるか?」

 そう問われた瞬間、アツシの頭のなかをこの世界で出会った人々の顔が駆け抜けていった。トロイにジュリアン、オヴェリアとそれを守る勇者たち、レナの家族たち、お世話になった教官、ハリー、ニコラ、三年間この世界で暮らすうちに知り合った勇者や現地民、そしてレナ。彼女たちの生きる世界を守ることに、疑いなど最初からない。足りないのは勇気と力と覚悟だけだった。力は、マイティ・ブレイブに覚醒したことで手に入れた。勇気も、手を繋いでいるレナがくれる。あとはやり抜く覚悟だけだ。

 アツシはレナの手を硬く握りしめながら云う。

「やるよ」

「よし!」

 トロイは少しばかり安心したようだった。彼でも興奮したり、不安になったりすることがあるのだろう。アツシはそう思いながら、今度は自分がトロイに訊ねた。

「それでそろそろ教えてほしいんだけど、天使を召喚するとして、いったい誰を召喚するんだ? 犠牲になった人って云うのは? 生前に面識があるかどうかは関係ないけど、名前くらい知っておかないと、その魂に呼びかけようがないぞ」

「……それはもう少し待ってほしい。俺に考えがあると云ったはずだ」

 アツシは眉をひそめたが、さすがになにも考えていないということはないだろう。下手をすれば全滅必至だ。必勝の策があるのだと信じたい。

 そう思って、アツシは気を紛らわすため、ジュリアンに声をかけた。

「それにしても贋物の首なんかで、よく騙せたな。仕掛けがあるって云ってたけど、どんな仕掛けだ?」

「本物の首を使ったのさ」

 思わぬ返しにアツシは目を丸くした。そこへ傍からトロイが云う。

「マイティ・ブレイブだよ、アツシ。勇者のなかに一人、変身のマイティ・ブレイブを持つ者がいるんだ。その者は自分や他人を別のものへと変身させることができる。そこである人物の死体を用い、その勇者のマイティ・ブレイブを使っておまえに変身させたのだ」

「そ、そんなことが……!」

 愕然とするアツシにトロイはなおも云う。

「魔王を倒せるマイティ・ブレイブの持ち主は今まで現れなかったが、マイティ・ブレイブの強さ自体で魔王を越える者は今までにも何人かいた。まずオヴェリアがそうだ。オヴェリアの結界マイティ・ブレイブが魔王の侵入を阻むように、おまえの召喚マイティ・ブレイブが魔王を倒す可能性を秘めているように、その勇者の変身マイティ・ブレイブは魔王の目を欺いてみせたのだ」

 ――いや、問題はそこじゃなくて。

 うろたえるアツシに、今度はレナが云った。

「アツシ様、それはその方の意思です。この戦いのために、人類の勝利のために、自分の首がアツシ様の首の代わりになることを承知の上で、むしろ喜んで、自ら命を捧げたのです。ですからトロイ様たちを責めてはいけません」

「……レナ?」

 レナがすらすらと云ったその言葉は、しかし、アツシの胸に一つの違和感を植え付けた。そのときだった。扉がいきなり外から開かれ、シーリーンが顔を出して叫んだ。

「トロイ! 魔王が壁の傍まで来た! まもなくオヴェリア様が壁を開けるぞ!」

「……いよいよか!」

 こうなってはもう悠長に話している場合ではない。アツシたちはトロイとともに部屋を出ると、ふたたび勇者たちが集まっている大広間に戻ってきた。そこでは従者たちが既に手首を出し、それぞれ刃物をあてていた。これから魔王が壁のなかへ入ってくる。その魔王を迎え撃つため、今この大広間に集っている勇者たちがトロイのマイティ・ブレイブでテレポートするわけだが、代償となる血は何百人と云う従者たちが一斉に手首を切って提供する手筈になっているのだ。

 トロイは壁に手をあて、オヴェリアと連絡を取り合っているようだった。この壁はオヴェリアの血肉の通った生きた要塞、別室にいるオヴェリアは壁の内外を監視しつつ、壁を開け、魔王が侵入し、トロイたちがテレポートするタイミングを測っているらしい。

 そんなトロイを尻目に、アツシはレナに話しかけていた。

「レナ、君は、全部知っていたのか? つまり、贋首のことも、この計画のすべても」

「ええ、もちろん」

 そこで先ほどからアツシの胸に生じていた違和感が確信になった。

「おかしくないか?」

「なにがです?」

「君の性格と俺への献身を考えると、この作戦の筋書きを知った君ならこう云うと思うんだ。贋首を作るなら、自分が犠牲になります、って」

 するとレナが目を瞠った。もちろん、レナにそうしてほしかったわけではない。アツシは慌てて続けた。

「いや、すまない。俺は安心してるんだ。君がそんなこと云い出さなくて。ただ、今までの君なら、この作戦の鍵になっているのは俺なんだから、俺のために自分の首を使って下さいって云い出しそうなもんだから、どんな心境の変化があったのかな、って……」

「……アツシ様」

 レナが少しばかりの動揺を露わにしたとき、トロイの号令があり、転移が行われた。そしてアツシたちは、魔王の前へとやってきたのだ。

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