最終章 新しい場所で
第1話 初夏の気配
窓から差し込む日差しが強い。
校長室からの帰り道。数美と2人で廊下を歩いていたら、近くに植えられた木にとまった蝉がじわじわと鳴いているのが聞こえた。
「夏だって感じがするよねえ」
賞状を片手に、胡桃がしみじみと言った。
同じく賞状を手にした数美は、窓の外に広がる青い空を眺めて、
「あと1週間で7月ですからね。夏は受験の登竜門っていいますから、受験生にとって大切な季節がやってくるわけです」
「ああ、夏を制する人が受験を制す、ってやつだよね。これからもずっと自習室に缶詰なのかあ。夏休みが楽しみじゃないなんて、生まれて初めてだよ」
「そうですね。夏の模試も近いですし」
「あー、いつだったっけ?」
「7月の第1週目の土曜日です。大手予備校が作ってる記述試験ですよ」
「記述かあ。日本史の史料問題のとこ、復習しなきゃ」
「その翌週には期末試験もあります」
胡桃は大袈裟に肩をすくめた。
「もー。試験ばっかりでうんざりだよ。学力試験が終わったっていうのに、全然気が休まらないって」
「でも秋になるとさらに増えますよ。受験生の宿命です」
「はあ。世知辛いねえ」
胡桃の言い方が可笑しかったらしい。数美がわずかに目を細めた。
職員室の前を通りかかると、数美が掲示板を指さした。
「結果が掲示されてますよ。胡桃さんの名前があります」
胡桃たちは立ち止まり、丁寧に掲示されたその紙を見た。
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第2回、学力試験成績優秀者
・3年文系クラス
1位、佐倉 胡桃 (A組)
2位、米園 英梨華 (A組)
3位、社城 小町 (C組)
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胡桃の顔に自然と笑みが浮かぶ。そんな胡桃の顔を見て、数美はこう言った。
「胡桃さん、頑張りましたもんね」
しばらく胡桃は黙っていた。数美の言葉が体に染みこみきるほどの時間を置いて、
「——私、頑張ったよね。そうだよね」
「もちろんです。ここに張られた順位表がその証拠です」
胡桃は掲示板に張り出された自分の名前をじっと見つめた。やがて、んふふ、と小さく笑って、
「数美ちゃんのおかげだよ。ありがとう」
「いいえ、私はアドバイスをしただけです。私がどれだけ頑張っても、胡桃さんは1位にはなれません。胡桃さんが、胡桃さんのために努力した結果です」
「ううん。数美ちゃんがいなきゃ、私は努力の仕方を間違えてたと思うもん。本当に。あのとき数美ちゃんに聞きに行って良かった。結果が出たのは、数美ちゃんのおかげだよ。ありがとう」
胡桃がそう言うと、数美が眼鏡のフチをぐいと押し上げた。
「——お役に立てて良かったです」
どうやら照れくさいらしい。数美は体の向きを変えて、教室へと再び歩き出した。胡桃もそれにならう。
「数美ちゃんは、これからどうするの?」
「5時から塾ですので、それまでいつものように学食にいるつもりです」
「そっか。試験後でも変わらないんだね」
「はい」と数美は言った。「胡桃さんはどうされるのですか? 今日も自習室へ?」
胡桃は首を横に振った。
「ううん。今日は休みにしてるの。ほら、数美ちゃんに教えてもらって計画立てたでしょ。今日はおとなしく家に帰って、この賞状を眺めながら、美味しくケーキでも食べるよ」
胡桃は笑って、
「なんか、私ちょっとだけ余裕が出てきたような気がする。目標を立ててそこに行けるように努力する、——それって、なんか自分が一歩一歩進んでるようで、楽しいね」
こくりと数美は頷いた。
「良かったです。計算することの楽しさを知ってもらえたみたいですので」
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