第3話 強力な助っ人

 学食に戻り、テーブル席で待つこと5分、国谷文嘉は現れた。


「おーい、胡桃。ごめんなあ、遅なった!」


 満面の笑みを浮かべ、入り口から駆け足気味に近づいてくる。テーブルに着くなり胡桃の肩をぽんぽんと叩いて、


「いきなり電話くれるから何があったんかと思ったわ。なに? 米園に勝負を挑む? どうしたん、なんか変なもんでも食ったん?」


 相変わらずテンションの高い人だと胡桃は思う。


「文嘉ちゃん、来てくれてありがとう」

「ええよええよ! どうせ暇やったし。うちも胡桃と米園がどうなってたんか気にしててん」


 文嘉はホットコーヒーを買い、胡桃の向かい側に座った。


「ああ、そうそう。文嘉ちゃん、前に英梨華ちゃんにはきっぱり物を言った方がいいって言ってたでしょ? なんか、その意味が分かったような気がする」

「——? そんなこと言うたっけ?」

「言ったよ。初めて文嘉ちゃんと会ったとき、——ほら、自習室で私のこと待っててくれたでしょ? あのとき、英梨華ちゃんには『絶対に負けない』って言ったら喜ぶって言ってたじゃん」

「ああ、なんか言うたかも」


 文嘉はぱっと顔を明るめた。そしてすぐに驚いた顔になって、


「え? もしかして言うたん? 米園には負けへんでって」

「うん」と胡桃は頷いた。「ちょっと緊張したけど、でも言ってみたよ」


 文嘉は目を丸くしたまま笑うという器用な顔をした。


「ほんで? 米園はどんな反応してた?」


 胡桃は英梨華の様子を思い浮かべる。


「いつも通りだったと思うけど」

「いつもってどんな感じ? 怒ってる感じとか?」

「いや、怒っているっていうよりも、」

「腰に手あてて笑てる感じ?」

「うん、そんな感じ」


 文嘉は大きく息をはいた。


「——そうか、良かったあ」


 大袈裟だと思うくらいの文嘉の安堵の表情を、胡桃は不思議に思って、


「え? どうして?」

「いや、ええのええの」


 文嘉は両手を振った。


「そしたら、さっそく始めようか。うちも今回は胡桃にいい点数をとってもらわんと困るし」


 くるりと器用にペンを回し、文嘉はルーズリーフに英梨華の点数を書き出した。


「うろ覚えやから、ちょっとちゃうかも知れへんけど、——まあこんな感じやな」


 紙をひっくり返して、点数を胡桃に見せる。


「——すごい」


 英梨華の得点がいいことは、分かりきっているつもりだった。しかし、明らかに異様な科目が一つあった。


「英語が満点? どっちも?」


 中間テストならまだしも、学力テストでも英梨華は英語で満点を取っていた。絶対に揺るがない得意科目があるという時点で、英梨華は強いに決まっていた。


「そうやねん。米園は英語がめっちゃ得意やねん。1年からの成績を見せてもらったんやけど、これまでもほとんど満点。——これで、他の教科をカバーしてんやろうな」


 胡桃の目は英梨華の点数表に釘付けである。


「——これ、国語の点数だけ点が低いけど、」

「そう! そこやねん。米園は古文がめっちゃ苦手で、あと小説も得意やないねんて。登場人物に腹が立つんやとかなんとか言うとったわ」

「小説の登場人物に?」


 そうやねん、と文嘉は言った。


「でも小説問題を解くときには客観的に読まんとあかんから、ほんまはいちいち感情移入したらダメやねん。淡々と、ほんまに淡々と、書いてあることを追うだけでええねん。米園はこの練習をもっとせんとあかんねん」


 なぜだか文嘉の口調に熱がこもる。そしてふと我に返ったような顔をして、


「なんて、胡桃に言ってもしゃーないやんな。まあ、米園は国語が苦手やから、ここで点を取るってのも一つの作戦なんとちがう? 古文とかほんまに苦手みたいやし」


 確かに、差を付けるならこの国語だと胡桃は思った。しかし、


「でも、私も古文はちょっと不安かも。文法は覚えてるんだけど、まだ記述になると点が安定しなくて」

「問題文は読めるんやろ?」

「んー、ある程度は。でも新しい文献だと読み落としがあるみたいで、ちょっとずつ減点されてて」


 ふうん、と文嘉は背もたれに体重をかける。さも当然のように、


「でも次の試験では教科書の『源氏物語』が出題されるやん。事前にしっかり内容把握してたら分かるやろ」


 ——え?

 胡桃は驚いて、


「源氏物語なの? テスト出るところが?」


 文嘉も驚いた顔をする。


「あれ? 胡桃のクラスでは聞いてへんの? ——ああ、そうか。胡桃のクラス、国語は田平先生と違うんやったっけ。今回の試験作りはんの、田平先生やから、授業中に出るとこちょいちょい教えてくれんねん」


 そんなの、初耳である。 


「——卑怯だよ」


 胡桃がいじけたような声を出すと、文嘉は笑って、


「まあ、米園が知らんのやったら、めっちゃええ情報やん。これで一つ出し抜ける材料になるで」


 それもそうだ、と胡桃は思った。さっそくペンと国語の教科書を取り出す。


「どこが出るか、教えてくれない?」

「ええよ」


 文嘉はそう言い、ノートを取り出した。文嘉は教科書に書き込みをしない主義のようで、全てノートにメモしてあった。どちらかというと大雑把な性格にみえる文嘉だが、ノートはとても綺麗に取られていて胡桃は少し驚く。重要なところ、暗記すべきところ、テストに出るところ——3色ボールペンでシンプルにまとめられていて、とても見やすいノートだった。

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