第9章 失敗は成功の母!

第1話 ニュータイプ、胡桃

 佐倉胡桃が学校に来ていない。


 そのことが米園英梨華には気がかりで仕方がなかった。どう考えていても、胡桃は落ち込んでいた。昨日の授業中だって全く授業に集中していなかった。


 胡桃が学校に来たのは、5限目の英語の授業が始まってすぐのことだった。


「遅刻してすみません」


 教室に入るなり、胡桃は英語教員の大貫に頭を下げた。てっきり落ち込んでいるものだと思っていたが、胡桃はき物が落ちたような顔をしていた。大貫の注意に真剣な表情で答え、机に座ったら昨日の様子が嘘のように積極的に授業に参加し始めた。


 そんな胡桃の様子を、英梨華は呆然と見つめている。


 大貫は授業中に誰かを指名したりしないので、クラスメイトはあまり真剣に授業を聞かない。板書されたことを流れ作業のようにノートに写し、あとはそれぞれが内職にいそしむ。だからこそ余計に積極的な胡桃の姿勢が目立った。授業が終わると、胡桃は教科書を持って先生のもとへと質問に行った。


 胡桃のその積極的な姿勢は、放課後まで続いた。


 6限目終了のチャイムが鳴り、日本史担当の猪原が教室から出て行ってから、胡桃は自分の教科書を見ていた。教科書を読み、次の瞬間にはぼんやりと天井を仰ぎ、そして思い立ったように何かをノートに書き込みをした。


 何があったのだろう、と英梨華は思った。


 明らかに、今日の午前中に何かがあったに違いなかった。一度気になったら、気になって仕方がなかった。


 放課後の弛緩しきった教室の空気のなか、英梨華は少しだけ緊張した面持ちで席を立つ。ふと、胡桃と教室で話をするのはこれが初めてだということに気づき、自分はこれからしようとしていることをとても強く意識した。


 英梨華が胡桃の席まで行こうと、一歩踏み出した瞬間、

 がらり、と教室の扉がひらいた。


「し、失礼します。生徒会長」


 有村が息を切らして立っていた。教室に入るなり英梨華の元へと走ってきた。


「昨日に引き続きすみません。あの、ちょっと質問が、」

「分からないところがあるのですか?」

「——はい」と有村は俯いた。「何度も何度もすみません。ですが、どうしても聞きたいことがあるんです」


 英梨華は有村の「分からないところは質問しよう」という姿勢が嫌いではなかった。それどころか、過剰な自意識で他人に質問ができない英梨華にとって、有村のそんな姿勢にすこし憧れすら感じていた。わざわざ3年生の教室まで来て質問してくれる有村のことを、突き放すわけにはいかない。


 英梨華は一度、床に視線を落とした。小さく鼻から息をはいて、ゆっくりと言った。


「分かりました。ではこれから生徒会室に向かいましょう」

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