第2話 関西弁の転校生


「というかな、国語って数学に似てんねん」


 国谷文嘉はこの四月に御月女子校にきた転校生だった。どうりで見たことがない顔だと英梨華は思った。同級生に家庭教師がつとまるのか懐疑的になっていると、国谷文嘉はどのようにして国語を勉強するべきなのかを説明した。


「国語って、答えが曖昧やろ? 小説も評論も、感じ方や受け取りかたって人それぞれやん。『著者の考えを述べよ』なんて言われても、切り取った一部の文章から作者の意図を全部読み取ることなんてできるわけないねん。けど、試験ってなると点数を付けんとアカンわけやから、正解と不正解がある。受験生が全員同じ答えを見つけ出せるようになってるねん」

「――それは分かりますが、それがどうして数学に似ていることになるのですか?」


 英梨華は聞いた。まだどうしてもこの関西弁の女のことを信用できないでいた。


「米園は数学は得意なん?」

「人並みにはできると思います」

「良かった」


 文嘉が笑った。つり目気味だが、笑うと八重歯が出てきて可愛らしく見える。


「全員が同じ答えを取るためには、きちんと試験用の解き方ってものがあるわけ。その手順さえきちんと理解すれば点は出とれるねん。しっかりと論理的に手順に沿って答えを見つける。――そういう意味で数学に似ているって言うてるねん。例えばな、」


 国谷文嘉はホワイトボードを使って、数年前のセンター試験の過去問を解き始めた。接続後の読み取り方。一般論のあとの逆説や、例文の前後には、筆者の言いたいことが隠れていること。質問文の「それはどういうものか」と「それはなぜか」をきちんと見極めること。

 国谷文嘉の解説は、授業というより一つのプレゼンのようだった。


「こういうふうにな、手順に沿って無心でやったらええねん。答えを考えたろ、って強く思えば思うほど、それは正解から遠ざかっていく。淡々と文章を追っていったらええねん」


 文嘉はマジックの蓋をしめた。パチン、と小気味いい音が部屋に響く。


「そんで、うちはこれまできちんと試験で点を取ってきた。この間の学力試験でも国語の点数は米園よりええはずや。ほんでこれからうちは、その点を取る手段を米園に教える。米園はそれをひたすらできるようになってくれたらええねん。いけるやろ?」


 ふうん、と英梨華はあごに手を当てた。たしかに、文嘉の言葉には説得力がある。


「わかりました。ぜひ、その点を取る手段というのを教えて下さい」

「おっけー」


 文嘉が親指を立てた。


「ところで、あなたは自分の勉強はいかがなのでしょうか。2週間後に試験があるのはわたくしだけではありません。国谷さんだって試験があるでしょう?」

「うちは別にええねん。内申が下がらへん程度に点が取れたら。大学を目指しているわけとちゃうし。うち受験はせえへんねん。この9月から就活するの」


 英梨華は目を丸くした。


「受験をしないのに、受験勉強を教えることができるのですか?」


 文嘉は床に視線を移し、自嘲的に笑った。


「まあ、いろいろあってん。うちもほんまは大学に行こうって思ってたんやけど、今はもう行きたくないって思って。金かかるしな。はよう働く方がマシやわ」


 強がっている、というほど露骨なものではなかったが、とにかく何かがあってあんまり触れないで欲しい様子だった。


 まあ、いいか、と英梨華は思う。別に、国語をきちんと教えてくれるのであればそれで良い。教師の人柄や事情なんて関係ない。


「わかりました。ではこれから、あなたのことは国谷先生と呼ばせていただきますわ」

「先生って。うちら同級生やで?」

「そうですわ。わたくしたちは同級生です。でも、だからこそ家庭教師の先生と生徒という関係性をしっかりしなくてはいけません。これは家庭教師なのですから」


 文嘉は腕を組んですこし考える素振りをした。


「まあ、それもそうかもなあ。一歩間違えたらただ単に友達同士で遊んでるだけになるしなあ。――なんか変な感じやけど」


 一応は納得した、というように文嘉は頷いた。


「でも学校では普通に接してもええやろ」

「それは構いません。とにかく教わるときだけはしっかりとこの関係性を守って下さい」


 分かった、と文嘉は頷いた。

 こうして、同級生の家庭教師に国語を教わる運びとなった。

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