第5話 閉幕
数美の塾の時間が近づいてきたので、数学の世界は閉幕となった。
黒板を消して、胡桃と数美は旧校舎を出た。外はもう暗くなっていた。
「ありがとう数美ちゃん。私、これから数学の勉強も頑張れる気がしてきた」
「そう言っていただけると嬉しいです」
数美の口調は、淡々としたものに戻っていた。
「もしも数学を勉強していて、膨大な数字の波の勢いに飲み込まれそうになったら、一度、ふっと体中の力を抜いてみて下さい。受験の数学は解けるようになっていますから、その流れに身をゆだねて、順序だって考えたら自然と答えにたどり着けるはずです」
自転車置き場で、数美と別れた。自転車をこぐ数美の小さな背中を見送りながら、やっぱり例え方がロマンチックだなあと胡桃は思った。
家に帰って、お気に入りの消しゴムがなくなっていることに胡桃は気づいた。
「……あれ?」
筆箱の中をいくら確認しても、カバンの中をひっくり返しても見つからない。最後に使ったのはいつだったかを考え、それが旧校舎であることを胡桃は思い出した。数美に教科書の問題を教えてもらっていたときに、ノートにメモを取っていたのだ。
たかだか消しゴム一つなら新しいのを購買で買えば良いのだが、胡桃はどうしてもあの消しゴムが欲しかった。あれは姉から譲り受けた大切な消しゴムなのだ。
明日は土曜日。
もともと自習室に行くつもりだったので、ついでに旧校舎を訪れることにしよう。
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