第4話 暗躍者は楽しげに笑う

 ここは九天市内にある高級ホテルの最上階。

 スウィートルームと呼ぶにふさわしい豪華な内装の部屋から、ひいらぎすみは九天市の夜景を眺めていた。


「どうだい、マイフレンド。自分が救った街の夜景は」

「その言い方はやめてください、キャット。私が救った訳ではありません」

「にゃー、かすみちゃんは謙虚だね。もっと誇ってもいいと思うのに」


 キャットと呼ばれた少女は、大きなソファに飛び込んだ。ころころと体を転がしながら、本物の猫のようにごろごろと喉を鳴らす。


「実際さ、かすみちゃんが名乗りを上げなかったら、今頃この街は火の海に沈んでいたんだぜ。他の『家族』は『お父様エル』を怖がって動かないし」

「仕方がないですよ、それが柊の掟なんですから……まあただ、この結末はちょっと予想外でしたけど」


 前川みさきは始めから森の王を発動する気はなかった。おそらく今回の実験に参加すると決めた時からこの結末を考えていたのだろう。


 森の王による炎の被害を食い止めたいと思っていた柊佳純からすれば願ったり叶ったりの展開だが、一人の少女の自己犠牲によって成り立つ平穏というのは何とも後味が悪い。もっと自分に力があれば結末は変えられたかもしれない。


 自分の力不足が恨めしくなる。

 


「それにしてもさ、かすみちゃんも健気だよね。好きな男を守るために掟ギリギリのラインで暗躍するなんて。一歩間違えてたら柊から消されてたんだぜ?」

「……いいじゃないですか、それくらいの私情を挟んでも。恭介君には私を救ってもらう必要がありますし」

「ふーん」

「なんですか、その含みのある言い方は」

「べっつにー」


 ニャハハハ、とからかうように笑うキャットに恨みがましい視線を向けながらも、柊佳純は真面目な口調は変えなかった。


「実際のところ、私情がなかったとしても動いていたと思いますけどね。メソロジアは私達のものなんです。そのための『可能性』の確保は我々にとって急務なんですし」

「確かにね。それに他の『家族』が動かなかったおかげで、新しい『可能性』は独占できるんだけどね。なぎかいだっけ? ? 気持ち悪いくらいに狙い過ぎな気がするにゃー」

「……狙い過ぎ、ですか?」

「うん、わざとかって名付け親に問い詰めたいくらいに。玖形由美だよね? 彼女、どこまで『?」

切斬女キラーレディはメソロジアの経験者ですから。記憶が完全に戻っているのなら、真実に辿り着いていてもおかしくはないですよ」

「だとしたらチョットばっかりマズいにゃー。邪魔だし、消しちゃう?」

「『私達』じゃ無理ですよ、キャット。本当に記憶を取り戻してるのだとすれば、逆立ちしたって勝負にならないでしょうね」

「だよなー、困ったぜ」


 キャットはソファに座り直すと、大きく伸びをした。


「だけどよ、だとしたらちょっと分からないんだにゃー。あの少年には可能性としての自覚はなかったみたいだし。少年が記憶を失っているにしても、玖形由美はなーんにも教えてないのか?」

「それは本人に訊いてみないと分かりません。ですが、彼もまたメソロジアの経験者です。全てを思い出す可能性だって否定はできません。夢の使者ファントムの話じゃ、不完全ならがも力を引き出したようですし」 

「そうなったら話は早い。計画を押し進められるしな! ま、今回ばかりは少年が何も知らなくて助かったよ。だけど、これからは管理が必要だにゃー」

「随分と嬉しそうですね、キャット」

「そうかい、マイフレンド。でもそうかもしれない。なにせ、あーしが生きている間に物語の結末が見られるかもしれないんだからな……!」


 くすくす、とキャットは可笑しそうに笑う。


「早く目を覚ませよ、なぎかい――いや、界力の王カイ・デウラ


 そして、心底愉快そうに告げた。


「世界は動き出したんだ。誰も、お前の寝坊を待っちゃくれないぜ?」




                     メソロジア~At the Beginning of Mythology~ 完

                                  メソロジア へ続く

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