第2話 新谷零士の向かう先
新谷零士はぐったりとした様子で、椅子の背もたれに体重を預けていた。
ここは九天駅からほど近い場所にある喫茶店。平日の午後という事もあり、客入りはまばらだ。人や車が慌ただしく行き交う九天駅の大きなロータリーをぼーっと眺めながら、新谷はコーヒーで唇を湿らせて冷えた体を温めた。
「なんなんですか、あのジジィ共は! アラヤに好き放題言いやがって!!」
グサグサとと本日のオススメケーキにフォークを突き立てるのは、憤慨に満ちた表情を浮かべるルリカだった。彼女の動きに合わせて、短めのツインテールがぴょこぴょこと揺れている。
「アラヤは良い事をしたんですよ! それを屁理屈で悪い事したって決め付けて怒って……ああもう! 思い出しただけでもルリカは腹が立ってきましたっ!!」
「仕方ないよ、ルリカ。今回はちょっと無茶をしたんだから」
「どうしてアラヤはそんなに落ち着いているんです!! ムカつかないんですか!?」
「そりゃ、少しは腹が立つけどね……」
禁術『森の王』の術式資料の盗難から始まった一連の事件。この一件に立ち向かうためにかなりの無茶をした。
一つ目はルリカの部隊に許可なく戦闘をさせたこと。寺山伸一と柊グループによる界力石の取引の時に、新谷零士は名桜には黙ってルリカの部隊を使って陽動を行った。
ルリカの部隊は新谷零士が権限を持つ部隊であると同時に名桜の戦力の一つでもある。実際に部隊の維持費や諸経費は全て名桜が賄っていた。新谷零士がある程度の独断専行は許される立場とは言え、部隊一つを許可なく動かした事は、流石にやり過ぎである。
二つ目は名桜の命令を無視して事件解決の為に動き続けたことだ。仮に森の王が発動して九天市が壊滅状態になれば、事態を不必要に掻き乱したなどと適当な理由が付けられて、新谷零士も責任の所在が問われていただろう。そうなれば組織として名桜も矢面に立たざるを得ない。
組織へと飛び火して大火事に発展しかねない火遊びをしたのだ。
このような事情があり、本日は名桜から一連の行動について説明を要求され、何とか無事に乗り切ってきたのだ。紆余曲折はあったが、最終的に人と物の損害が皆無であり、組織自体に一切の被害が及んでいないという点が重視され、何とか処罰だけは免れた。
だが他の幹部の目がある以上ほとぼりが冷めるまでは自由に動けないだろう。当面は活動自粛を余儀なくされそうだ。それに面倒事や厄介な案件が新谷零士に回ってくるようになるだろうが、しばらくは我慢するしかない。
「まあ面倒な事になったけど、その分は得られる物があったかな。久しぶりにラクニル時代のことも思い出せたし。何より、多くのものを救えたんだ。僕は満足してるよ」
「アラヤがそう言うなら、いいですけど……」
不満そうに唇を尖らせながらルリカはフォークを動かす。すでに皿の上では本日のオススメケーキは原形を留めていなかった。行儀が悪いといつもなら注意する所だが、会議によって気力が磨り減ったせいか怒る元気がなかった。
ぐちゃぐちゃになったケーキを、ルリカはフォークで掬って一気に口へ運ぶ。もぐもぐと幸せそうに口一杯にケーキを頬張る様子は両頬にエサを溜め込むリスを想起させた。
「~~~~~~っ! すっっっごく美味しいです!!」
「そりゃ良かった。今日は僕に付き添ってくれたし、もう一皿注文してもいいよ」
「ホントっ!? アラヤ大好き!!」
がばっと勢いよく開いたメニューに、ルリカは顔を突っ込んだ。キラキラと両目を輝かせる少女を見ながら、新谷は肩の力を抜いて店内に設置されたテレビをぼんやりと眺めた。
お昼の情報番組だろうか。内容は世間を震撼させた界術師による危険な実験の実態についてだ。
『――ですから私は、どうして今回の事件を六家連盟は防げなかったのかが不思議で仕方ないんですよ。報道では明峰家の一部役員が暴走したという事ですが、十年間も連盟がこんな大規模な事件に気付かない訳がないでしょ』
『つまり、連盟は今回の事件を知りながらも黙認していたと?』
『ええ、私はそう考えます。本来、六家界術師連盟とは界術師における最高意思決定機関であり、界術師の秩序の象徴であると記憶しています。本当に黙認していたとすれば、それは六家連盟という組織が、ひいては界術師全体が信用を失うということになりますがね。今回は偶々、実験が失敗したから被害はありませんでしたが、もし成功していたらと思うとぞっとしますよ。専門家の話じゃ――』
アナウンサーがフリップを使って、禁術『森の王』を中心とした一連の事件について解説をしている。
流石に今回の事件を隠蔽するのは不可能だと考えたのか、六家連盟はお得意の情報操作を行わなかった。その為、テレビや新聞では界術師の不祥事として連日取り上げられている。ただ、現在も界力省や界力安による調査は続いているが、最終的な結論は明峰家の一部役員の暴走という結論に落ち着きそうだ。
実際には六家連盟の一部も関与していたのだが、連盟が批難を浴びれば界術師全体の評価が貶められることになってしまう。明峰家の暴走で他の家は関与していないとした方が、界術師全体にとっては都合が良いのだ。
当初、世間の批判を矢面に立って受ける明峰家はこの六家連盟の発表を否定していた。だが途中から態度が一変し、現在では実験の責任のほとんどを認めている。おそらくは、連盟と明峰家の間で話し合いが持たれたのだろう。どのような経緯を辿って現在に至るのかは、新谷零士の知る所ではなかった。
森の王の術式を完成させた寺山伸一の行方は不明。明峰家が保護したというのが新谷の予想だった。メソロジア研究の第一人者を野放しにするとは考えられない。
桐生ビルについては実験の失敗によって内部が崩壊したと発表され、ビルの使用開始は無期限で延期された。現在は瓦礫の撤去作業が続いており、年が明けてから復旧工事が行われる予定である。
「でも、これからしばらく暇になっちゃいましたね」
メニューを眺めたまま、ルリカはぽつりと漏らした。
「……部隊のみんなで、旅行にでも行くかい?」
「旅行!? なにそれ行きたい! 今すぐ出発しますそうしましょう!!」
ばっ、と顔を上げたルリカが食い付くように言った。
「僕のやり過ぎで部隊のみんなには迷惑を掛けるだろうからね、その前払いも兼ねてさ。今すぐは無理だけど、行くなら早めの方がいいか。もうすぐ年末だし、みんなも予定があるだろうし」
「分かりました! あ、せっかくですしゆみっちとナギサンも誘いましょう! ナギサン、なんか元気がないみたいですし……」
ルリカの瞳に気遣うような色が浮かんだ。
事件の後、九凪皆は自宅から出てこなくなってしまった。その理由を知っているのは新谷と玖形のみであり、また二人は理由を誰かに語っていなかった。
「うん。是非、誘ってあげて。きっと皆くんも喜ぶよ」
「はい! へへへ、イヤでも元気になるように色々と画策してやるですよ。アラヤにも協力してもらいます!」
「いいよ、どうせなら派手にやろう」
「やったーっ! なんか今日はアラヤのノリがいいぜ!」
楽しそうにはしゃぐルリカを、新谷は微笑ましく見ていた。
偶にはそんな休日もいいだろう。
どんな旅行がいいかと、新谷零士は考えを巡らせた。
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