第6話 彼女の正しさ

 ※前回のあらすじ


 行く手を阻むモノはなくなった。

 全てを終わらせるために、なぎかいは前川みさきと対峙する。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 九凪皆は桐生ビルの屋上へと足を踏み入れた。


 そこは、もはやビルの屋上とは思えなかった。

 屋上の四隅から伸びる木々が太い枝や幹を四方に伸ばして壁のように広がっている。頭上でも天蓋のように梢が伸びているが、月明かりを入れるためか天窓のように一部だけぽっかりと開いていた。足下のコンクリートを覆い尽くすのは、波のようにうねる土管のような厚さの根だ。


 その中心。

 教会に置いてあるような祭壇の前に、白衣を着た前川みさきはいた。


 すでに『森の王』を発動しているのだろう。両手で掲げている赤い界力石は濃密な暗闇を遠ざけるように眩い輝きを放っていた。


 九凪は界視眼ビュード・イーを使って辺りを見回す。


「(……なんだこれは、見たことないぞ)」


 愕然とした。


 黄金のこう

 界術師の手によって界力次元から現実次元に引き落とされたばかりの純粋な界力が、生い茂る根を通じるようにして前川が持つ界力石へと集まっているのだ。


 問題はその量。

 世界樹の特性の一つとして、周囲からエネルギーを根刮ぎ奪い取るというものがあると新谷零士は言っていた。それを証明するかのように実際に見ても信じられないほど大量の界力が動いているのだ。何百人という界術師が一斉に界力術を発動しようとしても、これ程の光景は見られないだろう。


「(これじゃ、僕の能力でも無力化できない)」


 ただの儀式術式なら界力の流れに干渉できる九凪の能力で無力化できる。だが、ここまで大量の界力に干渉しようと思えば九凪一人では脳の処理能力が足りない。


 険しい表情を浮かべながらも、九凪は前川へと歩き出した。


 戦うためではない。そんな事をして儀式術式の発動が中断されれば、反動として術者の前川に呪いが襲い掛かる。神話の完全再現だ。術者を死に至らせるほど強力な呪いが発動するだろう。


 だから、説得する。

 今すぐにこんなふざけた術式の発動を止めるように説き伏せる。


 前川みさきが己の信念を曲げてでも悪事に手を染めている理不尽の正体を突き止めて、それを九凪の手で解決する。


 術者による意図的な中断は、呪いの発動条件にはならない。

 この状況を切り抜けるにはもうそれしか残されていなかった。


 足下でうねる木の根につまずかないように気をつけながら進み、九凪は前川から少し離れた場所で止まった。


「こうやって、ゆっくり話すのは久しぶりだな」

「……そうだね、一ヶ月半ぶりくらいになるのかな」


 赤い界力石を持ったまま前川は九凪に向き直った。赤い光で照らされた前川の顔からは、まるで能面を被っているように表情が消えている。


「今更、わたしに何の用?」

「森の王の発動を止めてくれ。みさきの選択は、正しくない」

「……正しくない、か」


 前川は悲しげに目を細めた。


「教えてよ、九凪君。わたしのなにが正しくないの?」

「そんなこと、言わなくてもみさきなら分かっているだろ……!」


 両目に力を込めて、九凪は前川を睨み付ける。


「森の王は危険な術式なんだ。それは僕よりもみさきの方がよく知っているはず。九天市を火の海に沈めるなんて馬鹿げてる。一体、どれだけの人や物に被害が及ぶか想像すらできない」

「……そうだね」

「それだけじゃない。界術師に対する世間の目だって厳しくなる。ようやく界術師に対して寛容になってきたのに、また規制するなんて言い出しかねないぞ。みさきも界術師ならそんな社会がどれだけ生き辛いか分かるだろ! 森の王を発動したって得られるものより、失うものが圧倒的に多いんだ!! それでもまだ!! 森の王を発動するつもりなのか!!」

「そうだよ。だって、わたしは正しさを示さないといけないから」

「正しさなんてどこにあるんだよッ!!」


 冬の冷たい空気を掻き消すような鋭い声で詰問する。


「みさきは言ったじゃないか。涙を止めたいって、誰かを笑顔にしたいって。それが正しさを追求してきた理由なんだって! だったら今のみさきは正しくないだろ!! 森の王を発動したら沢山の人が傷付いて、悲劇のドン底に叩き落とされる! 涙だって流れるし、笑顔は消えるんだぞ!! それのどこが正しいんだ!!」

「……、」

「何が、そこまでみさきを追い詰めるんだ。それは本当にどうしようもない理由なのか? 何万人もの命を天秤に掛けないといけなような事情なのか? だとしても! どんな理不尽に縛られていても僕が救い出してみせる! だから!!」

「……違うよ、九凪君。そうじゃない」


 ゆっくりと、失意の色を浮かべた前川は首を横に振った。


「そんな言葉じゃ、わたしには届かないよ」

「どうして!!」

「根本から勘違いしてるからだよ。人は心を直接通わせられないから、絶対的な正しさを決める事なんてできない。そう言ったのは九凪君だったよね? その通りだよ。だって九凪君はさ、全然わたしの事を分かってないんだから」


 黒曜石のような前川の瞳が潤み、界力石が放つ輝きをキラリと湛える。


「……こういう事だったのね、当事者になってみてやっと理解できた。他人の正義で自分を語られると、こんなにも苛つくんだ。それに全然心に響かない。ただただ虚しいだけ。こんな気持ちにさせて、暴力で無理やり諦めさせてたんだな、わたしは……そりゃ、恨まれても文句は言えないね」

「……なにを、言って」

「わたし、気付いたのよ。分かり合うことは無理なんだって。だって、あんなにも近くにいたのに分り合えていないんだから。分かり合う努力をしても、九凪君はわたしに踏み込んでくれなかった。それに言葉を使っても妥協点が見つかるだけだよ。無数に存在する正しさの妥協点を見付けるしかない。これも九凪君の言葉だよね? でも、本当にそう? その妥協点は本当に両者の中間かな? 天秤はどちらかに傾いていない? 弱者が我慢してない?」

「それは……、」

「ごめんね、意地悪な訊き方をして。だけど、これがわたしが辿り着いた結論なの。それに、わたしはそもそも妥協点で満足する気はないよ」


 すっ、と前川は赤い界力石を頭の上まで持ち上げる。


「ありがとう、九凪君。わたしに夢を見させてくれて」


 なにか。

 決定的にずれてる気がした。

 噛み合っているように見えた歯車が、実は奥行きで位置が違っていて、互いに空回りを続けていたような。


 それは強烈な焦燥感となって、足下から全身を貫く。


「幸せだったよ。九凪君に出会えて、本当に良かった」


 下瞼に溜まっていた涙がつーと頬を流れ落ちて真珠のように煌めく。

 猛烈と迫り上がる漠然とした危機感に押されるように、九凪は叫ぶ。


「みさき、待っ――」

「さよなら、九凪君」


 両腕で持ち上げていた赤い界力石を――


「これが、わたしの正しさよっ!!」


 ――まるで稲妻のように、地面に叩き付けた。


 粉々に砕ける界力石。

 衝撃が地面を薙ぐように広がる。

 赤い破片が、地面に落ちた水滴のように飛び散った。


「……?」


 その行動の意味が、理解できなかった。

 ただ一つ、明確な事実だけがあった。


 儀式術式には術式を正式な手順を踏まずに発動したり、中断したりすると、その反動として術者へ呪いが返っていく。神話の完全再現。メソロジアへ到達しようとする程の術式の呪いならば術者は確実に死に至るだろう。


 禁術『森の王』の供物『龍の瞳』。その代替品である赤い界力石。

 それの破壊は、術式の強制中断を意味する。

 ならば、次に起こるであろう現象は一つだった。


 絶叫があった。

 地獄の底から漏れ出てきたと錯覚するほど苦しみに満ちた悲鳴。


 それは。

 前川みさきから放たれたものだった。


「み、みさきっ!?」


 驚愕に目を剥いた九凪は、慌てて前川へと駆け寄る。


 太い木の根に覆われた地面で、前川は耐えがたい程の苦しみによってエビ反りになってのたうち回っていた。激痛が全身を襲っているのだろう。両目は限界まで見開かれ、喉の奥が見えるほど口を開けて絶叫を続けている。


「みさき! なあ、みさき!」


 じわり……と苦悶に歪む前川の頬に黒い斑点が浮かび上がった。

 呪いによる傷痕だ。


「っ、これなら……!」


 九凪は能力を発動して前川の頬に触れる。

 儀式術式による呪いは一種の界力の暴走だ。だから九凪の能力で打ち消すことができる。実際に何度も呪いを無力化してきた。


 だが。


 バヂッ!! と、九凪の手は黒い斑点に触れた瞬間に弾かれてしまった。


 それは反射行動。

 熱された鉄板に触れたら、すぐさま手を離してしまうように。

 九凪皆の体が、無意識の内に警告を発したのだ。


「……くそ、なんで」


 再び前川に浮かび上がった黒い斑点に触れようと手を伸ばすと、何故か体が動かなくなる。電流が流れている柵に触れて痛い想いをしたら、どんな理由があっても再び触ろうとはしないだろう。それと同じような感覚だ。


 だが、疑問を感じながらも、心のどこかではすでに理解していた。

 いや、といった方が正しい。


 この呪いは、九凪皆の能力でどうにかできる代物ではない。

 解放リベラを使ったところで関係がない。

 人間には、どうすることもできないのだと。


 黒い斑点へと伸ばそうとする手を、


 驚くべきことはそれだけではない。

 顔を上げた、その先。


 唐突に。

 ピシィッ、と空間に亀裂が走る。


「……?」


 呼吸すら忘れて目の前の現象に見入る九凪を尻目に亀裂は広がっていく。


 そして、


 あり得ない現象だと分かっていても、そのようにしか表現ができない。


 深淵のように黒く、冷たく、深い闇を湛えた穴。

 九凪はそれを


 その穴へ黄金の界力光が吸い込まれていく。不意にえ方に違和感を覚えて九凪は界視眼ビュード・イーを解除する。それなのに、変わらずに黄金の界力光が見えた。


「そんなはずが、ない……っ」


 黄金の界力光は界術師によって現実次元に引き落とされたばかりの純粋な界力の輝きだ。界力術によって発生する青から黒までの界力光とはその性質が異なる。人間には決して見ることのできない光のはずなのだ。


 それが、どうして普通の目に映るのだろうか。


 呆然としゃがみ込んだ九凪の周囲には、まるで綿毛のように黄金の界力光が浮かび上がって周囲を照らしている。その光景はまるでたわわに穂が実った小麦畑のようだった。


「……ああ、そうなんだ、この世界は、『仕組み』なのね……」


 今にも消えそうなほどか細い声が聞こえた。

 幾分か表情を和らげた前川は焦点の定まっていないような目で黒い大穴を見ていた。汗に濡れた黒髪が頬に貼り付いている。


「ふざけるな、こんな結末は認めない……認めて堪るかっ!」


 九凪は前川の腕に浮かび上がった黒い斑点へと再び手を伸ばす。だが触れられない。今度は近づいただけでも自分の意思とは関係なく大きく弾かれた。


「……やめて、『今』の九凪君の能力じゃ、『これ』には、届かないよ」

「今の、って……? それに、どうして僕の能力を知っている……?」

「わたしは、見たから……この世界の、真理の、一端を……」


 その言葉には、確信があった。


 圧倒的な経験と、確かな知識に裏付けされた、覆りようのない事実。

 その道のプロが、素人に向かって現実味のなさを諭すように。

 前川の声にはそんな諦めすら含まれているような気がした。


「なんで、なんでこんなことを……っ!!」

「……言って、るじゃない……わたしの、正しさを示すためだって……」


 熱にうなされたように苦しげな声で、前川は言葉を紡ぐ。


「これだけ、大掛かりな、準備をしても、森の王の発動は、失敗した……術者は、死亡……原因は、供物の崩壊だけど、その理由は、不明……結論として、森の王では、メソロジアへは到達できない……」

「まさか……っ!?」


 思い付いた結論に愕然とし、九凪は息を飲んだ。


「わざと術式を失敗させることによって、二度とこの方法でメソロジアを観測させなくしたのか……? 森の王の可能性を完全に否定することで……?」


 こくり、と前川は力なく頷いた。


「……森の王は、危険な術式だよ……こんなものは、発動させたらいけないし、二度と発動できないように、しなくちゃ、いけないでしょ……今回の実験の、失敗を見れば、もう誰も、森の王を発動しようなんて、考えない……少なくとも、失敗するって、分かっている術式に、お金と時間を掛けて、こんな大規模な準備を、しようとは、考えないよ……この結末に、導けるのは、わたしだけだった……」


 荒い呼吸の合間で、前川は必死に言葉を紡いでいく。


「……ねぇ、九凪君……わたしね、沢山の人を、救ったんだよ……今回の実験で、失われるかもしれなかった命を……次の実験で、消えてしまうかもしれない笑顔を、わたしは守ったんだよ」


 前川は、にこりと目許を和ませた。


「……ほら、わたしは、?」

「ふざ、けるなッ!!」


 九凪は鋭く首を横に振る。


「ああ正しいよ! これ以上なくみさきは正しい! 現在も、未来だって、起きたかもしれない、起きるかもしれない災厄を未然に食い止めた! その可能性だって完全に潰したんだ! 確かに圧倒的で、否定なんてできない! だけど!!」


 鼻の奥がきゅっとなり、目頭が熱くなる。

 視界が歪み始めるまで時間は掛からなかった。


「正し過ぎるんだよ! こんな結末はあんまりだ! 自分を犠牲にして世界がハッピーエンドなんて認めない!! だって、僕の気持ちはどうすればいい……っ! 初めて自分と向き合って、勇気を出してここまで来て、伝えようとしていたこの想いはどうなるんだよっ!!」


 制御できなくなった感情をただ言葉に乗せてぶつけた。

 目の前で横たわる前川みさきへ、ぽたぽたと大粒の涙が落ちていく。


「僕はずっと、みさきの事が――」


 すっ、と。

 前川は伸ばした人差し指を、まるで封をするように九凪の唇に添えた。


「……それ以上は、言っちゃ、ダメ……」

「どう、して……っ!!」

「だって、楔になっちゃう、でしょ……やっと、前に進めたのに、また先に、進めなくなる……わたしはもう、九凪君の、想いには、応えられないから……」


 もう、自分はいなくなってしまうから。

 その想いには応えられないから。


 過去の思い出に、記憶に、感情に、縛られて先に進めなくならないように。

 その想いは、片思いのままで終わった方がいい。

 明確な解答を出さずに、有耶無耶に終わらせた方がいい。


「そんなの、ひどすぎる……っ」


 ギリリ、と九凪は歯噛みした。

 やり場のない情動が熱風となって胸中で吹き荒れる。しかしその想いを発散させる方法を知らなかった。ただただ嗚咽と涙になって零れ落ちていく。


「……どうして、みさきは一人で抱え込んだんだよ。僕に言ってくれれば、僕が協力すれば、もっと違う結末にだって辿り着けた、はず……」


 途中で、九凪は気付いてしまった。


 先ほど、前川は言っていたではないか。

 あれだけ近くにいたのに、分り合えていないと。

 分かり合う努力をしても、九凪皆は自分に踏み込んでくれなかったと。


「……僕の、せいなのか?」


 思い出すのは、あの時の後悔。

 前川さみきの問い掛けに対し、解答を誤魔化した。

 今を変えることを意識的に避けて、現状維持に逃げ出した。


「僕が、ずっと見ないようにしてきたから? 答えを出さなかったから……?」


 呆然と、九凪は訊ねる。


 しかし、前川は答えなかった。

 ただ、悲しそうな目で九凪を見詰めていた。


 否定をしない。

 つまりそれは、肯定と同じだった。


「――っ」


 目の前が、真っ黒になる。

 極太の杭で頭を穿たれたような衝撃に見舞われた。


「僕があの時に、ちゃんと答えていれば……っ!」


 自分と向き合って。

 みさきと向き合って。

 湧き上がる感情に正直になっていれば。


「こんな事には、ならなかった!!」


 グシャグシャと、自分を構成する大切なモノが噛み砕かれるような気分だった。

 体を貫く痛みも、悔しさと情けなさが織り混ざって生まれた呵責も、その全てが槍のように尖ってうずくまる九凪へと突き刺さる。


 もし時間を巻き戻せるのなら、巻き戻したい。

 過去に戻って、やり直したい。

 間違った結論を出した自分をぶん殴りたい。


 そんな荒唐無稽な妄想にすら縋り付き、本気で望み、それが不可能だと気付いてまた深い絶望へと突き落とされた。


「……顔を、上げて……九凪君……」


 震える前川の手がそっと九凪の頬を支えた。

 その手の平も、指も、全て呪いによる黒い斑点に覆われているのを見て、九凪の心を疼痛が斬り裂いた。


「……みさき、ごめん、僕が、僕がもっと……っ!!」

「ううん、それは、もういいんだよ……だって、わたしは、後悔はしてないんだから……この結末にも、満足してるよ……未練がないって、言ったら、嘘になるけどね……」


 前川の声が、どんどん小さくなる。

 強風に晒される蝋燭の火のように、瞳の光が薄れていく。


 それはまるで。

 前川みさきに残された時間が、わずかだとでも言わんばかりに。


「だからさ、一つだけ、お願いを、聞いてくれるかな……?」

「お願い……?」

「……わたしの代わりにさ、本当の正しさを、見付けてよ」


 頬に触れている前川の手に、力が入る。


 ほんのわずかな、誤差とも感じられる変化。

 その手は、触れば崩れてしまう砂像のように、ひどく脆い。


 それが前川の精一杯なのだと思うと、九凪の胸は締め付けられた。


「……わたしはさ、こんな結末しか、辿り着けなかった……わたしの、正しさは、まだ完璧じゃない……だって、九凪君を、泣かせちゃった……正し過ぎる正論は、暴論なんだから……だから、わたしの目標を、九凪君に、引き継いで、欲しい……」


 それは、願いだった。

 自らの理想を追い求め、その手に掴み取って、最期に零れ落ちた願いの残滓。

 もう自分の手では拾えない夢の破片。


 虚ろな瞳に、訴えるような薄い光が浮かぶ。

 涙で濡れたその視線は確かに九凪を捉えていた。


「……っ」


 逡巡は、ほんのわずか。

 九凪は涙を拭い、決然とした表情を浮かべる。


「ああ、約束する」


 強く、強く、言い切った。

 光の消えつつある前川の両目を覗き込んで、できる限り想いを注ぎ込む。


「みさきの目標は僕が引き継ぐ。絶対に、生涯を掛けてでも、僕は見付けるよ。誰も悲しまないで、全員が笑顔になれるような本当の正しさを」

「あり、がとう……」


 夜空の星々を映したかのように、前川の潤んだ瞳が光った。

 前川は両目を細めて精一杯の笑みを浮かべる。


 そこまでだった。


 ふっと前川の手から力が抜ける。前川みさきの肉体から精気が消失する。

 それが何を意味するのか、九凪は瞬時に理解した。




 その夜。

 一人の少年の慟哭が、黒い、黒い、夜空を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る