08 / 前川みさきの決意
もしかしたら、わたしは正しくないのかもしれない。
自分を全否定されたあの時から、頭の片隅には常にこんな疑問があった。
だって、本当にわたしが正しいのなら、こんな状況になってはいない。誰かに反逆される筈がないし、正しさの代償に涙を流す人なんか存在していなかったんだろう。こうなっている時点で、きっとわたしの正しさは破綻していたのだ。
じゃあ、本当に正しいってなに?
わたしは数え切れないくらいの間違いを駆逐してきた。
相手にどんな事情があっても、理由があっても、想いがあっても関係ない。言葉で喚き散らす相手には
それが間違っているとは思っていない。だって、わたしが間違いを正すことによって他の誰かが笑顔になったのだから。涙を止めて、悲劇を食い止めたのだから。その事実だけは、絶対に、死んでも、否定させない。
ただ、完全には正しくないのかもしれないと思うようになった。
出会った時に、九凪君に言われたから。
――君は自分の正しさをただ押しつけているだけなんだから。他人に分かってもらう為の努力をしてないんだから。
正義の反対は悪ではない。また別の正義である。
無数の作品で使い古された『真理』だ。
この考えを引用するなら、わたしは誰かの正義を否定してきたことになる。
自らの正しさを手に入れるために、誰かの正しさを蹴落してきたことになる。
確かに、わたしという視点から見ればハッピーエンドだ。わたしが助けたかった人は、ちゃんと笑顔を取り戻せたのだから。
じゃあ、その逆はどうだろう。
わたしに正しさを否定された人の視点から見たら完全にバッドエンドだ。流す必要のなかった涙を増やし、悲劇を巻き起こしていないとどうして言える? 彼らからすればわたしが理不尽な暴君に見えていたのかもしれない。
他にも、第三者からしたらどう見える?
それぞれがお互いに正しいと主張すれば、第三者がどのように判断するかは分からない。
視点を変えれば、視点の分だけ感じ方や考え方が存在する。
人間の数だけ、正しさは存在する。
絶対的な正しさなんて、結局のところ存在しない。
これも出会った時に九凪君に言われた。
わたしは絶望した。絶対的な正しさは存在するって、自分の正義がきっと絶対的な正しさなんだって、そう思って生きてきたんだから。絶対的な正しさがないと言われれば、それはわたしの人生の否定になる。
だったら、正しさとは一体なんなのだろうか。
民主主義なら一人でも多い意見だ。多数決を思い浮かべれば分かりやすい。
暴力が支配する世紀末なら、腕っ節の強さだろう。
独裁者が支配する国家なら、独裁者の意見になるのかな。
だけど、わたしから言わせれば、それらは正しくない。
民主主義ならば、少数派の意見はどうなる?
世紀末なら、力の弱い者の想いはどうなる?
独裁政権なら、圧政に苦しむ人はどうなる?
結局、世界に蔓延している正しさとは大きな力を持ったモノが弱者を無理やり従わせているだけの間違いでしかない。わたしが最も嫌悪する構図だ。わたしが思い描く正しさとは、こんな程度の低いものではない。
もっと、圧倒的。
多数決で一対九十九になっても、一が勝ってしまうような。
誰にも否定できず、覆すことが不可能な程の、絶対的な何か。
分かり合う必要などない。人は直接心を通わせることができないのだから、そもそも本当の意味で理解し合うことなど不可能なのだ。これも九凪君に言われた。
だったら、認めさせてしまえばいい。
二の句が継げないほどの正しさを、鼻っ面に叩き付けてやればいい。
そして、わたしはその方法を手に入れた。
例えそれが、どんな結末を招くことになったとしても。
例えそれが、わたしにとって掛け替えのない大切なモノを失うことになっても。
やり遂げると決めたのだ。
自分の正しさを証明して、これまで生きてきた意味を取り戻す為に。
それほどまでに強い覚悟を持って、わたしはここに立っている。
だから、来て欲しくなかった。
彼にだけは、ここにいて欲しくなかった。
だって、これからわたしがやろうとしている事は――
「どうして、来ちゃったのかな……」
振り向きながら、今にも崩れ落ちそうな声で彼に呼びかける。
「九凪君……っ!」
「……止めに来たよ、みさき」
満身創痍で、ボロボロで、今にも倒れそうなほどに憔悴している。
だけど、その黒い瞳だけは真っ直ぐ射貫くようにわたしを捉えていた。
「僕は、君の正しさを否定する」
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