第4話 越えるべき壁

 ※前回のあらすじ


 禁術『森の王』を発動する黒幕はなぎかいが探していた少女――前川みさきだった。理由を聞いても答えは得られない。界力石の取引を妨害しようとするも、そこに現れたのは最悪の敵だった。


 驚愕でまともに動けないなぎかいに代わり、かどみやきょうすけが立ち上がる。


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 角宮恭介は毅然とした表情で裏の五本指レフト・ファイブ――夢の使者ファントムと対峙する。

 

 青、緑、黄、橙、赤、紫、黒、で表される界術師の実力カラー


 界術師における実力カラーの一色差。

 これは絶望的な差ではない。二色差まで広がると少し厳しいが、一色だけであれば機転を利かせたり、相性が良かったりすれば十分に勝機はある。


 だがこれはあくまで普通の界術師の基準だ。

 黒色には当てはまらない。


 視力検査がある。身体測定などで行われる視力検査では、2.0までしか計れない。例えそれ以上の視力を有する人が現われても、判定は2.0になってしまうのだ。


 それと同じである。


 例えどれだけの力を有していても、界力光は黒色から色を変える事はない。つまり実力は青天井。故に、界力光が赤色ならこの程度、黄色ならこの程度と言うような物差しで実力を計る事ができない。


 角宮恭介は実力カラーが紫色であり、黒色の一つ下である。だがこれは一色差という意味にはならない。角宮恭介と夢の使者ファントムとの間には、何色差か分からないほどの差が広がっている筈だ。


 だが、それでも、角宮恭介は挑まなければならない。


 この場面は倉庫内からの脱出に専念するべきだという判断が最善だとは理解している。目の前の裏の五本指レフト・ファイブが逃がしてくれるかは別としても、正面から堂々と戦うという選択肢は愚の骨頂だということも分かっている。


 全ては、自分の目標のため。

 ひいらぎすみを連れ戻す。

 今も尚、理不尽に翻弄され続けている恋人をこの手で救い出す。


 その為には、界術師として五本指に匹敵するほどの破格の力がいる。他に、柊グループと戦うための方法を知らないのだから。


 ならば、これは最善の機会だ。


 通常、五本指と本気で戦える事などあり得ない。表の五本指ライト・ファイブはその動向が界力省に管理されているし、裏の五本指レフト・ファイブにはそもそも会うことすらできない。だから、自分の実力を試すためにも、この絶好のチャンスを逃す訳にはいかなかった。


「行くぜ」


 バン、と大気が震える音を残して、角宮恭介が姿を消す。


 歩法・シンキャク

 体内の氣を消費して射出されたように青年へと肉薄した。その勢いのまま腕を振り抜く。


 しかし当たらない。まるで煙を殴りつけたような感触だ。青年の身体は輪郭を失って霧散していく。その直後、いまだに薄らと残る霧を突き破るように太刀を構えた青年が突進してきた。


 青年の一閃を角宮は体を捻りながら躱す。その後、身体強化マスクルを使って鋭い蹴りを放った。命中するが、またもや青年の体は細かな粒子となって霧散する。


「(体が消える? なんだ、この界力術は……?)」


 少し離れた位置に出現した青年を睨み付けながら考える。


 始めは太刀を持っているため、闘術か、刻印術式を方式とする界術師かと予想した。だが闘術にはこんな術は存在しないし、刻印術式ではこのような現象は起こせない。精神的な干渉で幻覚を見せているなら精神術式で、何らかの逸話を利用しているのなら儀式術式といったところだろう。


 角宮の推察を切るのように、青年は腰に下げた鞘に吊した黄金の鈴に触れた。


「(……鈴?)」


 術式を発動する時だけ音が鳴るように加工されているのだろう。そうでなければ、青年が動く度に鈴の音が倉庫内に響いているはずだ。


 涼やかな鈴の音を響かせた青年は、鞘から抜いた刀を高々と掲げた。


「……嘘、だろ」


 思わず、角宮の口から驚愕が漏れた。

 見上げた倉庫の天井。青年が掲げた刀の先。


 そこには十数振りもの太刀が、差し込む光を反射しながら浮いていた。


 界力術は万能の力ではない。

 時間を巻き戻す、死者を蘇らせる、無から有を創造する、など術式では不可能なことは多い。


「(刀を創り出した!? あり得ねぇだろそんなの!)」


 困惑に支配されかけるが、角宮はすぐに思考を放棄した。

 浮いた太刀の切っ先が全てこちらを向いている。であれば、この後どのように襲い掛かってくるかは自然と予想できる。対処するために身構え――


 ピリッ、と。

 なにか、『イヤな予感』がした。

 このまま立っていると、命を刈り取られるというような漠然とした危機感。


「――後ろか!!」


 俊敏な動作で体を捻る。

 ザクッ!! と一振りの太刀が先ほどまで立っていた場所に降り注いできたのは、ほぼ同時だった。


 前方に意識を集中させた上での、背後からの奇襲。

 心理的、物理的な死角を突かれた。


「っ!」


 角宮は腕に走った痛みに顔を顰めた。躱しきれなかった。傷の具合を確かめるために腕に視線を送るが、またもや戸惑いに見舞われた。


 服に切られた跡がないのだ。それに出血も見られない。


「(変だ、俺は切られたんじゃねぇのか……?)」


 痛みは確かにある。動かせなくなるほどの物ではないが、それでも腕の痺れは本物だ。

 やはり、幻覚の類いか。

 だが辰岡家が生み出した精神術式による幻覚の対象は少数。角宮と青年以外も刀を目で追っている事からその可能性は非常に少ない。


 ならば、残された可能性は明峰家が生み出した儀式術式。


 条件を整え、手順を踏むことで、記憶次元に保管された物語をそのまま再現する方式だ。

 儀式術式を使う界術師と戦う時は、相手の術式の条件や手順を見極めることが最善の手となる。儀式術式は術の発動が妨害されると、それが『呪い』という反動として術者へ跳ね返り、勝手に自滅してくれるのだ。


「(具体的な条件も手順も分からねぇ。だが、あの鈴は重要なアイテムだろ)」


 青年の腰に吊された鞘。その先端から垂れている黄金の鈴。

 あの鈴を青年の管理下から奪取すれば、活路が開けるかもしれない。


「やるね、君。じゃあこれはどうです?」


 青年が手を振り下ろす。途端、浮遊していた太刀がまるで瀑布のように一斉に角宮へと降り注いだ。

 身体強化マスクルを使って背後へと距離を取る角宮。身構えていた事もあって余裕を持って串刺しは回避することができた――筈だった。


「なにっ!?」


 あり得ない光景に、角宮は眼を剥いた。

 稲妻の如く降り注ぎ倉庫の床に突き刺さるはずだった太刀が、落下しきる直前になって直角に進行方向を変えて角宮へと襲い掛かってきたのだ。


 寸での所で角宮は躱す。轟然と彼の隣を通り過ぎる太刀の奔流は、地面に這う獲物を捕まえる猛禽類のように弧を描いて再び降り注いできた。

 躱すだけではキリがない。

 角宮は全身の氣を両腕に集中させる。


 氣法・衝放波ショウホウハ

 体内で練り上げた氣を、迫り来る太刀の轟風に叩きつける。


 ガキンという甲高い金属音が鼓膜を劈いた。

 硬い壁に激突したように太刀は弾かれる。軌道を変え、次々に角宮の傍を通り過ぎていった。しかし止まらない。今度はそれぞれが上昇し、ぐるりと角宮の頭上で天蓋のように広がった状態で制止した。

 十数本の切っ先が、真っ直ぐ角宮へと向いている。


 空白は一瞬。


 十数本の刀が驟雨しゅううのように降り注いだ。

 角宮恭介は身体強化マスクルを発動し、『感覚』を頼りに躱し、衝放波ショウホウハで弾いていく。どうしても当たってしまうものもあるが、被害を最小限になるように最善の判断を積み重ねていった。


 りん、と。

 轟音の中でも、その鈴の音は不自然に響いた。


「(――くる!!)」


『イヤな予感』が角宮の脳を貫き通る。不意に足下に意識が集中した。


 ゆらり、と自分の影が揺れて。

 天を衝くような勢いで黒い太刀が床から生えてきた。


 一本ではない。角宮の周りに突き刺さった十数振りの太刀が伸ばす影も揺れ、黒い太刀が角宮を目掛けて伸びてくる。数秒後には、長年手入れされていない竹林のような密度で黒い太刀がひしめき合っていた。


 事前に察知できたおかげで、角宮は辛うじて危機を回避する。

 だが、すぐに『イヤな予感』によってこめかみが強く痺れた。


 角宮は視線を上に向ける。そこに浮かんでいたものを見ても、瞬時には状況を飲み込めなかった。


 二本の巨大な処刑斧。

 角宮の背丈程の幅がある刃が、ギロチンのように浮遊している。


 そして。


「っ!!」


 化け物の牙が獲物を噛み砕くように処刑斧が落下した。

 衝撃が床を這い、激震が走り抜ける。切り裂かれた空気が、暴風となって吹き荒れた。角宮は二本の処刑斧の隙間を縫うようにして躱す。


 更に、今度は角宮の正面から処刑斧が飛んできた。

 まるで自動車の突撃を真正面から受け止めるような状況。

 猛烈な勢いで迫り来る死神の鎌に対し、角宮は両手に有りっ丈の氣を集約させてショウホウを放った。


 甲高い金属音が大気を切り裂く。

 飛翔してきた処刑斧の軌道が変わった。角宮は生まれた隙間に体をねじ込んで窮地を脱する。


「へぇ、まぐれじゃないんですね」


 感心したように軽く手を叩きながら、青年はわずかに驚愕を浮かべた。


「驚きました。君、どうしてボクの術に対応できるんです?」

「俺はなんだ。これくらい造作もねぇよ」


 にやり、と得意げに片頬を持ち上げながら角宮は返した。


 戦える。

 今の自分でも、五本指と渡り合える。

 その事実が、角宮恭介に活力を満ちさせた。


「(いけるぞ! 五本指の攻撃に耐えることができてる!!)」


 角宮恭介が夢の使者ファントムと戦えている理由。

 それは、彼が持つある特別な力だった。


 身体強化マスクル

 界術師が体内の生命力マナを意図的に体内で循環させることで、常人を遙かに凌ぐ運動能力を発揮させる技術。程度の差はあれ、界術師なら誰もが扱える。


 だが、身体強化マスクルには上位の技術が存在する。


 感覚の強化。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚……五感と呼ばれる人間の能力は、普通の身体強化マスクルでは向上させられない。これはある意味『能力』のようなもので、五感の強化を発動できる界術師は先天的に決まっている。


 角宮恭介が持つのは、更に稀少な力。


 直感の強化。


 第六感と呼ばれるこれは、五感では知覚できない領域の変化を読み取る事を可能とする。角宮恭介の場合は、自分の危機を『イヤな予感』という形で察知することができた。

 漠然とした危機感。それをただの勘違いとすればそれまでだ。だが精度が極めて高く、また本人がそれを愚直に信じる事ができれば。


 その直感は、


「特別、ですか」


 不敵な笑みを浮かべ、夢の使者ファントムは言った。


「あまり思い上がらない方がいい。いくら君に力があったとしても、裏の五本指レフト・ファイブであるボクの前では十把一絡げの界術師でしかないんですよ」

「よく喋るな、五本指」

「ええ、僕はお喋りですからね。どうです、少しボクとお話しませんか?」

「ふざけやがって、余裕でいられるのも今の内だ。お話なんて必要ねぇ。テメェに言うべき事はたった一つだ」


 全身から紫色の界力光を滲ませた角宮が、体勢を低く構えた。


「俺をただの界術師ぜいと言ったな。その認識を撤回してもらうぞ、夢の使者ファントム


 獰猛な光を眼光に浮かべた角宮が、挑発するように言い放つ。


「テメェが対峙してんのは、正真正銘の『最強の戦士ベラトール』だ!!」

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