第2話 再会
※前回のあらすじ
一連の事件の黒幕は『六家界術師連盟』――界術師の最高意思決定機関そのものだった。真っ黒な陰謀に立ち向かうために、
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九凪皆は
バンの側面には『リーマ薬品』という架空の社名のシールが貼られている。これは工場内に侵入する為に新谷零士が用意した小道具の一つだった。服装も緑色を基調にした作業服だ。白いバンには大量の工具も詰め込んである。端から見れば業者にしか見えないだろう。
名桜として力が使えれば小細工を弄する必要はなかったのだが、今回はそれができない。その為、工場の設備を点検に来た業者を装って守衛を穏便に通り抜ける算段である。
「皆、ちょっと訊きたいんだけどよ」
慣れた様子でバンを運転する角宮が、正面を向いたまま口を開いた。
「玖形さんと本気で戦ったことってあるのか?」
「……師匠とですか?」
助手席に座った九凪は思い返すように視線を上向けた。
「戦闘訓練で手合わせをした事はありますけど本気じゃなかったですし……、言われてみればないですね」
「なら、本気の玖形さん……
「何度か、ありますよ」
「どうだった?」
「どう、って言われても難しいですけど……凄かったですよ。技術もそうですけど、やっぱり界力術の威力と規模が圧倒的でした。あんな光景を一人の人間が一瞬で作り出せるのが信じられなかった。嵐とか、地震とか、本気の師匠はそういう天災の類いの化け物です。でも、急にどうしたんですか?」
「……別に、大したことじゃねぇよ。ただ、ちょっと興味があっただけだ」
それ以降、角宮は難しい顔をしたまま黙って運転を続けた。
平浜工業地帯に入って行く。事前に新谷零士からもらった地図を頼りにして角宮恭介は問題なく松山食品の九天工場へと辿り着いた。敷地の入り口前に止まり、二人は白いバンから降りて守衛へと向かう。
「リーマ薬品です。設備の点検に参りました」
実家の酒屋の経験が生きているのだろうか。角宮は戸惑うことなく守衛に挨拶をして、訪問表に名前を書いていく。九凪はそんな姿を右も左を分からない新入社員のような気分で眺めていた。
「……設備の点検? 今日は工場が動いていないけどいいのかい?」
60歳は越えていそうな守衛のおじいさんが怪訝そうに訊ねた。訪問表を書き終わった角宮が鞄から書類を取り出しながら答える。
「ええ、むしろ動いていないからこそ点検ができるんですよ。今日は設備が稼働中には点検できない項目を調べる予定ですし。あ、これが作業の書類です。後で担当の人に確認してもらうので、守衛を通過したというサインをいただけますか?」
「そうかい。あんたらも休日に大変だね」
「いえ、仕事ですから」
新谷零士が偽装して作った書類にサインを貰い、角宮と九凪は白いバンに乗って工場内へと入っていく。業者専用の駐車場に停めて、二人は作業の準備をする振りをしながら必要な物をバンから取り出していく。
九凪は通信用の
『こちら角宮です。新谷さん、無事に工場内に侵入しました』
『了解、こっちも準備はできているよ。次は打ち合せ通りの配置についてくれ』
耳元の界力武装から新谷零士と角宮恭介の声が聞こえてくる。どうやら調整は問題ないようだ。
「じゃあな、皆。また後で」
「はい。恭介さんも気を付けて」
二人は分かれて、それぞれが決められた場所へと移動する。
九凪皆が待機用に指示された場所は、取引が行われる倉庫から500メートルほど離れた建物の陰だった。他の業者が使うのだろうか。簡易的に作られた屋根の下に、工業用の工具や機械が置かれていた。
放置されたドラム缶の陰に入り、九凪は周囲を確認してから小声で伝える。
「こちら九凪。配置に付きました。気付かれた様子はありません」
『こちら角宮。同じく配置に付きました』
『オーケー。なら、最後に今回の作戦を確認しておこう』
警戒を解かないまま、九凪は新谷の声に耳を傾けた。
『作戦開始の合図と同時に、ルリカの部隊が海側から敵の注意を引き付ける。その間に二人は倉庫に侵入して取引を妨害してくれ』
『了解です』
『ただ注意して欲しい。陽動をすると言っても長くは持たない。やはり名桜を組織として動かすことはできなかったんだ。後ろ盾がなければ、ルリカを部隊を長く動かすことはできない。制限時間は十分もないと思ってくれ』
十分。
九凪は脳に刻み込むように、口の中で言葉を転がした。
『倉庫内の様子はこちらから把握できない。危なくなったら各自の判断で脱出してくれ。僕やルリカの部隊からの援護は不可能だ』
最悪の可能性として、龍の瞳を奪取できないだけではなく、九凪と角宮が敵に捕まるというものがある。敵の警備の方が何倍も多いのだ。分の悪い勝負になることは避けられない。
『二人共、なにか質問はあるかい?』
『俺は大丈夫です』
「……僕も特にありません」
正直な話とすると、九凪はルリカの部隊に協力してもらう事に、わずかな気まずさを感じていた。
豊田隆夫の一件の時に、九凪はルリカと対立している。その後、一度もルリカと話していないのだ。機会がなかったという理由もある。たが本音は違う。自分の正しさを見失った今となっては、あの時にルリカの決断を否定したことに疑問を感じてしまって合わせる顔がないのだ。
「(……今は関係ない。集中しろ)」
深呼吸をすることで頭の中から雑念を追い出した。
『それじゃ、いくよ……3、2、1――作戦開始!!』
変化は直後に訪れた。
ドォンッッ!!!!!! という殴られるような衝撃が工場の敷地内に吹き荒れる。
界力術による攻撃。ルリカの部隊が動き出したのだ。
『行くぜ、
「はい!」
角宮の掛け声に背を押され、九凪は物陰から飛び出した。
両目の間に存在する
ジリ、と焦げ付くように幻視が脳裏を過ぎる。
だが九凪は首を振って映像を追い出した。
玖形に言われたことを意識している訳ではないが、
界力の処理能力を飛躍的に引き上げて更に速度を上げる。途中、何人かの作業員の格好をした連中とすれ違うが無視した。白い突風と化して、ただ取引現場の倉庫へと一直線に疾駆する。
能力を発動させて拳だけを界力次元へと干渉させる。金属を溶接するような眩い閃光と共に、界力次元にある界力の奔流の一部を現実次元へと引き落とし、拳へと纏わせる。
それを倉庫の壁へと叩き付ける。
巨大トラックの衝突を想起させるような一撃が炸裂した。
巻き上がる粉塵と積み上がる瓦礫。コンクリートの壁は発泡スチロールのように粉々に砕けている。九凪は壁に空いた大穴から迷わずに倉庫内へと侵入した。
素早く視線を走らせて、内部の状況を把握する。
体育館のような大きさの倉庫だ。内部には何人もの警備の連中が配置されている。倉庫の中央には荒事には似合わない白衣を着た研究者が数人いる。そこで『龍の瞳』の取引が行われているのだろう。
反対側の壁も同じように大穴が開けられている。破壊の主は角宮恭介だ。手はず通り倉庫へと侵入した角宮も、倉庫の中央で行われている取引の妨害を試みる。
九凪は
代わりに、九凪は
わずかに青く染まる視界。その中で、五人の作業員の格好をした連中が一斉に九凪へと襲い掛かった。極上の絹のような黄金の光が、蒼い視界の中でたゆたう。
界力術を発動する為に界力を動かせば例外なく界力光が発生する。だが、黄金の界力光だけは意味合いが若干異なる。
界力次元から引き落とされたばかりの純粋なエネルギーの奔流であり、人間の瞳では見ることができない。九凪の
【―――――、
最も近くにいた敵の口が高速に動き、加工されたような声が流れ出す。
そう認識した直後、九凪の周囲の空間に淡い黄金の光が出現した。何らかの界力術が使われる。そう判断し、九凪は俊敏な動作で身体を横に捻った。
直後、黄金の光は赤い界力光に変わり、強烈な衝撃と共に破裂する。
空気に働き掛けて一点へと圧縮したのだ。当然、その空気の圧縮に身体が巻き込まれれば、
態勢を立て直した九凪は、先ほど不発に終わった呪言術式の発動場所へと手を伸ばした。すでに目には見えなくなっている界力術の残滓。それを
円盤投げのようなフォームから繰り出された界力の塊。敵は九凪の特異な能力を想像すらしていなかったのだろう。砲弾のように飛翔する白い界力に反応できなかった。胴体への直撃を避けられず、そのまま床を転がっていく。
だが、休む暇は与えてもらえない。
反撃を終えた九凪へと、次の敵が襲い掛かる。
倉庫の天井付近まで跳び上がってからの斬撃。騎士が持つような西洋剣だ。赤色の界力光を空気に刻み込むように、敵の両手直剣が脳天に振り下ろされる。
界力術の気配を察知した九凪は難なくその一撃を躱した。剣を使うという事は闘術か、刻印術式を施した界力武装か。とりあえずの策として間合いを取るため、
だが、着地しようとしていた地面に、突如として橙色の輝きが刻まれる。
界術陣だ。着地する瞬間を狙った別の敵による攻撃である。
九凪は歯噛みしながらも、能力を使って足下で渦巻く界力の流れに干渉する。バチバチと紫電を湛えた橙色の界術陣は、しかし効力を発揮する前に霧散した。
無事に着地した九凪に向かって、西洋剣を持った敵が倉庫内の薄闇を貫くような猛スピードで接近してきた。
猛烈な勢いで一直線に肉薄していた敵が、すっと目の前から消える。目にも留まらぬ速さで跳び上がった敵は、歩法の一つ『
闘術使いが相手では視認で対応していては間に合わない。よって九凪は、
まるで
驚きながらも続けざまに直剣を振るおうとする敵の体から、瞬時に大量の赤い界力光が溢れ出した。血の池のように倉庫の床を真っ赤に染め上げる。何らかの闘術が発動したのだ。
九凪は振り返ることなく、右手を敵へと向ける。
ぼふっ!! と、突風のようなものが敵を襲った。
九凪が使うカウンター。対象は一人という限界はあるが、どれだけ複数の術式が混在していても、一瞬で全ての術式を強制的に解除させることができる。
自分の意志とは関係なく界力術が消失した為、敵は驚きの余り動きを止める。硬直する敵に対し、九凪は迷わずに体術を叩き込む。相当に動揺していたのだろう。特に抵抗することなく、地面を何メートルも転がっていった。ギン、と金属質な音を立てて西洋剣も一緒に床を滑っていく。
すぐさま次の行動に移る。頭上で界術陣が発動しつつあるのだ。術式が完成する前の黄金の光が、蒼い
赤い輝きが、一際強く倉庫内の薄闇を遠ざける。
直後、幾条もの雷撃が稲妻の如く降り注いだ。
事前に界術陣の発動を認識していた九凪は、涼しい顔のまま能力を発動した。雷撃の界力術を無効化するだけではなく、自身が扱う白い界力へと変換して右腕に纏わせる。まるで風になびく狼の毛並みのように揺れる白い界力を、九凪は体を回転させて迫り来る二人の敵に向けて放った。
飛来する白い矢を、敵は後方に距離を取るようにして躱す。
「(くそ、埒が開かない……!)」
わずかな空白の時間を使って、九凪は考える。
残りの敵は三人。すでに倉庫内に侵入してから二,三分は経過している。白衣の連中は困惑しているのか倉庫の中心から動いていないが、今後はどうなるか分からない。
「(
試しに
「……やるしか、ない」
決断は早かった。
九凪は体の向きを変える。
勝利条件は『龍の瞳』として使われる界力石の確保だ。倉庫の奥では別々に侵入した角宮恭介もいる。今なら界力石を奪取して脱出する事は不可能ではない。
界力石を持っているのは、白衣を着た女性だ。
猛烈な速度で近づいてくる九凪を見て、数人の研究員が小さく悲鳴を上げた。構わずに九凪は、界力石を持つ白衣の女性へと手を伸ばす。
だが。
「――、」
その少女を見て。
「……な、んで……?」
頭が、真っ白に、染まった。
白衣の女性――腰まで伸びる濡れ羽色の髪の少女を見て、全身が麻痺する。
「どうして、なんで、ここに……っ?」
掠れた声で、九凪はその少女に問い掛ける。
大人びた雰囲気の中に、わずかにあどけなさを残した端正な顔立ち。ささやかだか女性らしい丸みを帯びた身体は、すらりと無駄がない。瑞々しく白皙の肌は、呆然と見開かれた両眼につられるように赤く昂揚していた。
「……なんでなんだよ、なあ――」
驚き、悲しみ、怒り、痛み――それら全ての情念が一本の奔流となり、胸の奥底から溢れるように喉元へと迫り上がる。堪えることなく、九凪は吐き出した。
「みさき!!」
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