第2話 曙光
※前回のあらすじ
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突如として提示された真実に対し、九凪皆は言葉を失ってしまった。
「情報を整理しよう」
新谷零士は重苦しくなった空気を吹き飛ばすように声を張り上げた。そのまま禁術『森の王』の資料盗難と界力石盗難――今まで追ってきた両事件について角宮恭介と狩江美波に説明する。
「まずは確認だ。潮見晃と柊グループによる桐生ビルへのテロ計画。これはさっき二人に説明した二つの事件と繋がっていた。柊グループが企てていた桐生ビルでの実験とは、禁術『森の王』を発動させるためのものなんだよ。その証拠がこれ」
新谷は座卓の上に桐生ビルの設計図を並べていく。
「専門家は設計に無駄が多いと言ったそうだね。でも、これは無駄なんかじゃないんだ。『世界樹』。界力術的特異点を生み出す為には絶対に必要な部品なんだよ」
界力術的特異点――世界樹。
これは明峰家の資料館から術式が盗まれた事件において、最後に逃がした犯人によって抜き去られた資料の内容と一致している。
「……特異点?」
桐生ビル設計図を何度も見返しながら、狩江が難しい顔で質問した。
「界力術における特異点の中では、簡単に言えば、通常では不可能な術式の発動が可能になる。『森の王』が机上の空論として長年放置されてきたのは、発動させるためには天文学的な量の界力を、途轍もない範囲で循環させなくてはいけなかったから。個人では五本指でも不可能だし、複数人で術式を組もうにも天文学的な量の界力を操るには途方に暮れるような人数の界術師が必要になる。それはとても現実的じゃない」
「……だけど、特異点がそれらの不可能性を排除した」
「そう。桐生ビルは特異点を生み出すために『世界樹』を模されている。例えば、横から見たらただの鉄骨でも、俯瞰したら立体的に組まれた図形になっているように。設計図だけじゃ全ては把握できないけど、刻印術式や儀式術式、それに界術陣を複合的に組み合わせて桐生ビルを『世界樹』だと定義しているんだ」
新谷の説明を受けても、いまいち腑に落ちないのか狩江は眉根を寄せながら唸っている。その隣で角宮も難しい顔で腕を組んでいた。
だが、それも無理はない。
「いまいちピンと来ていないみたいだね。仕方ないよ、僕だって最初の事件で世界樹の資料が盗まれていなかったらこんな発想には至らなかったんだから。設計に無駄が多いと言った専門家は界術師じゃなかっただろうし、指摘なんてできないだろうしさ……簡単に言ってしまえば
設計図を指差しながら、新谷は説明を続ける。
「界力術……と言うより儀式術式における世界樹は、北欧神話に出てくる
「……その世界樹は、特異点とどんな繋がりが……?」
「世界樹の特徴の一つに、周囲のエネルギーを吸い尽くすというものがある。世界樹も最初は平凡な一本の木だったんだ。だけど、広大な範囲の森の栄養を全てを吸収して世界樹へ
「それって……!」
狩江は先日訪れた行きつけの喫茶店での出来事を思い出した。
休憩中だった店主は、隣のビルを見て浮かない顔をしていた。まだ完成して一年も経たない建物に行われる耐震工事。これはかなり不自然だと話していたのだ。
「感覚的にだけど、僕も最近は工事が多い気がしていた。更に言えば、桐生ビルの建設が始まったのは十年前。それに寺山伸一が森の王の論文を発表したのも十年前だ。この一致が偶然とは考えにくい」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
淡々と証明を続ける新谷の言葉を、狩江は慌てた様子で遮った。
「あたし達の事件と新谷さんの事件が繋がっているのは分かりました。でも……そんなことが本当に可能なんですか? 工事にしても、桐生ビルにしても、とても現実的だとは思えません」
「可能だろうね、今回の黒幕なら」
「黒、幕? それは一体……」
「……単純に考えれば、黒幕は柊グループです」
呆然とした狩江の問いに対して、九凪が答えを返した。
「桐生ビルでテロを実行しようとしたんですから。ただ、柊は実行部隊程度の関わり方しかしていないですね」
メモ帳を眺めながら、九凪はすらすらと持論を述べていく。
「真の黒幕は
「六家界術師連盟、だね。僕も皆くんの予想に賛成かな。明峰家の暴走だけじゃ説明が付かない。発案や主導は明峰家で、実行は柊グループでも、その裏では六家連盟も手を貸している筈だ。そりゃ名桜も圧力に屈する訳だよ。いくら名桜でも六家連盟には逆らえない」
「い、いや! おかしいですよ、二人とも!!」
我慢できないと言わんばかりに、狩江は立ち上がって語気を強めた。
「森の王がどれだけ危険な術式なのかはさっき新谷さんが自分で説明していたじゃないですか! 神話の完全再現だって! 九天市全域を炎の海に飲み込むんだって! 何万人もの無関係な人が犠牲になるかもしれないって」
「そうだね、その通りだ」
「柊グループは分かります。でも、六家連盟は界術師の最高意志決定機関なんですよ! それがこんな危険な計画を認めているっていうんですか……? 明峰家だって『始まりの八家』の一つなんです。それがこんな危険な暴走をしている? そんなの、あたしには信じられない……!!」
狩江は震える声で恐怖を露わにした。
界術師にとって六家連盟とは、日本国民にとっての国会のようなものだ。明峰家も発言力と権力を兼ね備えた界術師の名家だ。そんな公的な機関が率先して悪事に手を染めているということがショックなのだろう。
「新谷さん、俺も美波に賛成だ」
ごつい腕を組んだ角宮が、難しい顔で言った。
「論理が飛躍し過ぎているでしょ。ここは日本なんですよ。紛争地域や無政府状態の外国じゃないんだ。九天市みたいな人口密集地で何万人もの一般人を巻き込むような大火災を起こすなんて正気の考えじゃない。それを公的な機関が裏で操っている? 悪いですけど、出来の悪い小説の粗筋にしか思えません」
「それが普通の感覚だよ、恭介君。だけど、メソロジアに繋がっているのなら話は別だ。六家連盟にしろ明峰家にしろ、何も全員が黒幕という訳じゃない。だけど何としてでもメソロジアを観測したい黒幕の偉い人達は、例え何万人という命を天秤に乗せてでも迷わずにゴーサインを出すだろう。十年も前から虎視眈々と準備をしているんだ。簡単に引く気はない筈だよ」
「……なんなんですか、メソロジアって。それほどの価値が……?」
「寺山伸一の理論によれば、メソロジアとは世界を歪ませる程の界力術を発動した時に垣間見えるであろう『何か』となっているね。記憶次元の最奥に存在するこの世界の真理。これが具体的にどんなものなのか、寺山伸一も掴みかねているようだね。だけどこの正体不明のモノに、黒幕の偉い人達は価値を見い出した。何万人という人の命や、九天市の経済、それに界術師の印象を賭けるに値すると」
「狂ってやがる」
「じゃ、じゃあ!」
真剣な表情で、狩江が両目に力を入れる。
「今すぐあたしと新谷さんで情報を提供しましょうよ! 六家連盟……は黒幕が紛れてるなら、界力省や界力安に! この二つの組織は国の機関ですし、六家連盟よりも立場は上なんです! なら名桜に掛かったように圧力もないはず」
「僕や美波ちゃんの情報が正しいとどうやって証明する? 潮見晃の一件に関わっていた君達でさえ半信半疑なんだ。魔法を使って地震が起こることが分かったから避難勧告を発令しろ、なんて言っても誰も耳を貸さないだろ? 同じさ。こんな荒唐無稽な与太話を頭の堅い連中に信じさせるには相当な証拠がいるし、確かな立場を持った人間の口から発言してもらう必要がある。残念だけど、そんなものはすぐに用意できない」
「……で、でも」
「更に言えば、僕達の情報が上に届くまでには何回も伝言ゲームが行われる。その間に一人でも黒幕のスパイがいれば情報は届かない。届かないだけならいいよ。最悪の場合、情報提供者である僕達の名前は黒幕が持つ抹殺リストのトップに乗るだろうね」
「そもそも、六家連盟や界力省がこの事態に気付いているかも怪しいですよ」
メモ帳に情報を書き込みながら、九凪は言葉を挟む。
「禁術『森の王』の資料盗難、潮見晃と柊のテロ未遂、豊田隆夫の界力石強奪、桐生ビルの設計図の違和感……これら複数の事象に関わってきたからこそ、僕達はこうして事件の真相に辿り着けました。でも、六家連盟や界力省は違います」
「……ナッギー、どういうこと?」
「考えてみてください。六家連盟、界力省、界力安。それらがこれらの事件を複合的に考えますか? 他にも何百、何千という頭を抱えるべき案件があるのにです。仮に気付いているのなら何かしらの対応をしている筈です。でもそんな話は聞かない。そうですよね、新谷さん」
「ああ、少なくとも僕には情報が入ってきていないよ」
名桜の幹部であり、一流の情報屋である新谷零士が知らないと言うのだ。
つまり、まだ事態に気付いていないか、気付いていたとしても対策を取れる程に話合いが進んでいないという事だろう。
「それに、界力石を盗み出したということは、もう森の王の発動の時はかなり近いと考えるべきです。術式の核となるものを長期間隠し通すのはリスクしかないですからね。発動の日時が近づいたから黒幕も強引な手段に出た筈ですし」
「そんな……」
両手で口許を覆うように、狩江は呻いた。滔々と証明されていく状況の悪さに言葉を失ったのだろう。隣では新谷も険しい顔で俯いていた。
「さて、事態は最悪なまでに深刻だ」
新谷が険しい顔で告げた。
「六家連盟には頼れない。僕達以外の組織や個人は、上からの圧力によって動けないし事態に気付いていない。そして、情報が正確だと証明する手段も時間もないから助けも呼べない。僕の個人的な戦力にも限りがある。つまり、何もかもが不足している状況で、六家連盟と柊グループに立ち向かわないといけない訳だ」
「アタシがやる」
玖形が真剣な顔で言う。
「ようは桐生ビルをぶっ壊せばいいんだろ? そうすりゃ特異点は消える。ならアタシが適任だ。アタシの能力なら桐生ビルくらい一瞬で真っ二つにできるぞ。それにメソロジアが絡んでるならアタシの領分だ」
「駄目だ、それは絶対に認めない」
「新谷……っ!」
「連盟を完全に敵に回す気かい? ただでさえ、由美は目を付けられてるんだよ。それに桐生ビルを切断したとしても、その瓦礫はどうする? 地上52階建てのコンクリートの塊だ。そんな大質量のものが九天市の中心に降り注げばそれだけで未曾有の大災害になる。一体どれだけの人が押し潰されると思ってるんだい?」
「……っ、」
「それに
「ならどうしろってんだよ!」
感情を表に出して毒突く新谷に対し、角宮が自信なさげに口を開いた。
「……他の五本指に頼むことはできないんですか?
「不可能だろうね。事情を説明するのは難しいってさっき説明した。それに仮に説明を信じてくれたとしても、
「……新谷さん、僕に考えがあります」
ぽつり、と呟いた九凪に対して視線が集まった。
九凪は頭に浮かんだ可能性を吟味しながら、言葉を紡いでいく。
「『森の王』が儀式術式である以上、絶対に供物は必要なんです。今回なら龍の瞳の代わりに使われる
「具体的には?」
「界力石を連盟から盗み出したのは柊グループです。これは潮見晃と柊のメールから推測できます。それに現在、界力石は柊グループが管理しています。でも供物として使う以上、どうしても界力石を『龍の瞳』として機能させる為に術式を組み込む必要がある筈です」
「つまり、実験よりも前に柊と寺山伸一との間で界力石の取引が行われる……?」
「はい。そして、その取引で界力石を奪うか破壊さえしてしまえば……っ!」
「『森の王』の発動は食い止める事ができる!」
新谷の発言に、全員が両眼を見開いた。
「美波ちゃん、取引場所や時間の情報は判明しいているのかい?」
「いえ、まだです……だけど、」
狩江は俯いた直後、顔を上げて瞳に力を込めた。
「それは必要ないと思って界力石に関する情報を集めていないからです。まだ恭ちゃんとジローが潮見晃の部屋から回収したデータは、解析していない箇所がいくつも残っています。そこを調べれば、必ず!」
「よし、なら僕も情報屋として本領を発揮しよう。美波ちゃんばかりに頼る訳にもいかないからね」
新谷は力強く宣言する。
「何としてでも情報を見つけて、柊と寺山伸一の取引を妨害する。これが最後のチャンスだ」
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