第8話 睡魔の誘い
※前回のあらすじ
界力石盗難事件の黒幕である
納得できないルリカは完全憑依を発動した。圧倒的な火力によって完全に追い詰めるも
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玖形由美は剣呑な表情で辺りを見回した。
無残にも破壊の爪痕が深く刻まれた高速道路。少し離れた場所には先ほど自分で蹴り飛ばしたルリカが炎を
新谷零士から連絡を受け取って愛車の大型二輪を飛ばして駆けつけてみれば状況は最悪の一言に尽きる。玖形は怯えた様子で尻餅を付いている豊田隆夫を睨み付け、苛立ちを隠さずに言った。
「テメェが、例のクソ野郎か」
「き、
絶望に染まっていた豊田の顔が、歓喜に打ち震える。
「ははっ、あははははは!! ここまでか! こんなにも俺は運が良いのか! 最っっ高だよ! 最高の気分だ! 分かったかガキ共、俺の勝――」
「黙れよ」
烈風。
勝ち誇ったように叫び続ける豊田のすぐ隣を、鋭い衝撃が走り抜けた。まるで地割れのようにぱっくりと道路が裂けている。
玖形由美の能力、『切断』。
ひぃっ、と豊田の引きつった顔が真っ青に染まった。
「さっさと失せろ、まだテメェの頭と体が繋がっていることを幸運に思いながら。そして二度とアタシの前に現れるな。もし姿を見かけたら、」
ギロリ、と玖形の瞳から冷酷な憤怒が迸る。
「そん時は、問答無用で八つ裂きにしそうだからな……!」
恐怖に顔を歪めた豊田は、醜態を晒すことを
「さて、次はルリ――」
ドガッ!! と炎を伴った衝撃が玖形へ襲い掛かった。
辛うじて反応した玖形は、能力を使って炎の尾を引いた大型ナイフの一閃を弾き飛ばす。しかし炎からは逃れられない。溶かされた鉄のように赤い炎が、まるで怪物の口のように広がって玖形へ襲い掛かる。
だが、玖形由美へは届かない。
左右から玖形を包み込もうとしていた炎が火の粉となって霧散する。玖形に近づいた瞬間に、能力によって細切れになるほど切り刻まれたのだ。
「ちょっとおいたが過ぎるんじゃねえかルリカ!!」
ルリカの間合いから抜け出した玖形は、指の先がルリカに重なるような軌道で目の前の虚空を二本の指を立てた手刀で薙いだ。
直後。
ズバッ!! とルリカが纏っていた炎がぱっくりと裂けた。追撃を警戒したのだろう。ルリカは慌てて距離を取った。
「(クソ、加減が難しい)」
本気で能力を使って切断しようとすれば、いくら完全憑依状態とは言えど、元の
単純な破壊を撒き散らすのは得意だが、こうした制限付きの戦場は切斬女の本領が発揮される場面ではない。
いつの間にかルリカの右腕には炎が集まっていた、溶けた鉄のような赤々とした輝きを湛えた右腕を、乱暴に振り抜く。
まるで水を含んだタオルを振り回して水滴を飛ばすように灼熱の弾丸が放たれた。一つ一つが野球のボール程の大きさを持ったそれらが面となって夜闇を赤く覆い尽くす。
対して、玖形は両手の指を鉤爪のような状態で広げる。目の前に生い茂る草木をどかすような挙動で、能力を使って空気を掻いた。すると、飛翔していた炎弾は全て斬り裂かれて霧散する。
念じるだけという発動速度の速さ、
例えば、『炎の矢を飛ばす』という界力術があったとする。
普通の界術師なら、そのような現象の
だが
この負担を軽減する為に、能力者は他の『何か』を界力術の補助にしている場合が多い。
玖形由美の場合は、身体の動き。
手刀や指、足や持ち物、自分の意志で動かしたものを使って、切断する場所や方向を定めている。指の本数や腕を振る速度で威力を制御することで、脳への負担を軽くしているのだ。
「カイ!」
ルリカを警戒したまま、玖形は叫んだ。
「お前がルリカの動きを止めろ! アタシが本気を出したら殺しちまう!」
× × ×
玖形由美の申し出に対し、九凪皆は足踏みをした。
完全憑依状態のルリカを止めるのは難しい。速度の面でも遅れを取る上に、いくら界力術を無力化できるとは言っても無尽蔵に生み出される炎を凌ぎ切れる保証はない。
上空に飛び上がったルリカから放たれる炎弾を切断を使って打ち落としながら、玖形が声を張り上げた。
「なに立ち止まってやがる! さっさと
「……くそっ、分かりました!」
迷っている時間はない。
全神経を両目の中間にある界力下垂体に集中させる。
次第に界力下垂体が熱を帯びていく。ピリピリと全身を弱い痺れが走り抜けた。じんわりと体の中心から末端へと熱が伝わっていく。
玖形由美が考案した技術。界力術を扱う為に存在する界力下垂体。人間の脳に存在するこの器官の能力を一時的にだが飛躍的に向上させる。
その、刹那。
光景が、視界を満たす。
そこは森。
目の前には血だらけの男。今にも倒れそうだが、何とか立ち続けている。
ノイズ混じりの映像の中で、その誰かが何かを伝えようと必死の表情で口を動かしている。それを見た途端、震えそうになるほどの焦燥感に胸が詰まった。
「(今は、関係ないだろ……!)」
九凪は首を振って、映像を脳から追い出す。
そして、
栓を抜いたような勢いで純白の界力光が辺りを銀世界のように白く染め上げる。重りを外したように体が軽くなった。気力が満ち溢れ、アクセルを踏んだように脳が回転し始める。
「師匠! いつでもいけます!」
九凪は暴走するルリカを引き付けている玖形に向けて叫ぶ。
丁度、夜空へと飛び上がったルリカが道路で身構える玖形へと飛翔するところだった。にやりと片頬を持ち上げると、玖形は右腕を大きく横に薙いだ。
真一文字の衝撃が、地面へ飛翔するルリカへ正面から激突する。
だが、大したダメージにはならない。炎が抉れただけで本体のルリカには届いていない。防御の為に動きを止めたルリカが再び玖形へ飛び掛かる。
玖形由美は両手の全ての指をピンと伸ばし、腕を伸ばして手刀を作り出した。胸を張って両方の手刀を肩の後ろまで持ち上げる。曲げていた肘を真っ直ぐ伸ばすと同時に、手刀で目の前の空間を斬り裂いた。
手刀が描いた軌道の先。
ルリカの背中から伸びている炎の両翼が、真っ二つに切断される。
揚力を失ったルリカの体が錐揉み状で道路へと落下した。纏っていた炎が衝撃を吸収したのだろう。熱風と共に、大量の粉塵が爆発したように舞い上げられる。
「さっさと決めろ、カイ!!」
「はい!」
粉塵が晴れるのを待たずに、九凪は
道路に走る亀裂。その中心で、ルリカを包んでいた炎が更に勢いを増す。いくつもの
九凪は能力を発動する。
撃ち漏らした火焔の顎を躱してルリカへ距離を詰めていく。熱で顔がヒリヒリと焼け付きそうになるが暴風のように放たれる炎を能力で掻き分けながらルリカの懐に潜り込む。
そして、右腕をルリカへ突き出して
空気砲を正面から浴びたように、ルリカの周囲で燃えていた炎が全て剥がされる。無数の火の粉になって夜空へと吹き飛ばされた。
「……嘘、だろ!?」
完全に憑依状態を解除できていない。
炎は全て掻き消した。ルリカを守る熱の壁はなく、今なら直接触れることも可能だろう。
だが、憑依状態を解除できていなければ無意味だ。ルリカが
「(まだ
「くそ、届かなかったのか……っ」
「いえ、九凪さん。それで十分ですよ」
声が、聞こえた。
感情は希薄だが、済んだ鈴の音のように綺麗な声が。
艶のある白髪が視界の端に映り込む。
「ここからは私の出番です。隊長は、私が止めます」
隣を走り抜けたのは、
そして。
「もう大丈夫です、隊長。落ち着いてください」
駄々をこねる子どものように暴れるルリカを壊さないよう大切に抱き寄せ、まるで母親が娘の熱を測るように額を合わせた。
和紙から零れる
始まりの八家の一つ『
界術師が界力術を発動する時に使用する
対象の界力下垂体へと干渉し、
「……終わった、か」
九凪は体から力を抜き、長く息を吐き出した。
大災害の後のように破壊された高速道路を眺め、九凪は顔を曇らせる。
後味が悪い。
結局、豊田隆夫には逃げられてしまった。名桜の上から圧力が掛かっているためこれから追い掛けることもできない。今回の戦いで得られたものは何もない。
道路の端に等間隔で並べられた路灯が壊れ、周囲は薄暗い。月明かりだけが弱く照らしていた。しんと染み込むような静寂が訪れる。
冬の冷たい夜風が戦闘の余韻を掻き消していた。
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