第3話 方針

 ※前回のあらすじ


 かどみやきょうすけくさなぎろうなぎかいかりなみに呼ばれて喫茶店で話していると、情報屋であるあられいがやって来た。


 柊グループの悪巧みを止める。

 狩江美波は不敵な笑みと共にそう告げたのだった。


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 みつたにしょう

 日本人ならば誰もが知っているような大企業である。


 様々な分野において世界的に活躍する財閥の一角。化学、建設、金融など数え切れなほどの分野で大きなシェアを確保しており、近年では界力という資源を一般生活に役立たせるために多くの研究所に資金を提供をしていた。


きりゅグランドクテン、通称桐生ビル。それが、光谷商事と柊グループがテロの標的にしているビルだよ」


 狩江美波が自前のパソコンに証拠を表示させながら告げた。


 彼女は凄腕のハッカーだ。柊グループから柊佳純を連れ戻すという角宮恭介の目標のために、彼女は柊グループの動向をネットの海から常に監視している。ラクニルを卒業してからもずっと角宮恭介は狩江が仕入れた情報を元に行動してきた。


 狩江がハッキングをしたり、角宮恭介が己の目標のためにカイじゅつとして行動したりできるのは角宮恭介をリーダーとした集団が『めいおう』の下部組織であるからだ。


 大原則として、しょうの許可なくして界力術の使用は禁じられている。


 それが正義に基づく行動だとしても、街中で界力術を使った戦闘を行ったとなれば司法によって罰せられてしまう。仮に運良く逃げ切れて警察に捕まらなかったとしても、後ろ盾のない若造が何年も生き残れるほど裏社会は甘くない。


 そこで角宮は新谷零士と協力関係を築き、名桜の下部組織の一つにしてもらった。末端であるため権限はないに等しいが、こうして新谷零士の許可を取ればある程度の無茶は許される。今回の事件もこうした背景があってこそ動き出せるのだ。


「桐生グランドクテンって言うと、もうすぐ完成するあのでっけぇビルだよな?」


 パソコンの画面を食い入るように見ながら訊ねる。その隣で草薙二郎が怪訝そうに目を細めた。


「柊と光谷は何の為にテロなんか起こすつもりなんスかね」

「理由は分からなかったの。だけど関係者が不自然なやり取りをしてるし、光谷が柊グループに大量の資金提供をしているの。表向きの名目は偽装してあったけど、両者に流れる不穏な空気からテロの資金って判断するのが妥当でしょうね」


 狩江はそう断言してパソコンの画面に次々と画像を表示していく。暗号化された電子メールや資金の流れを示す会計書など、門外漢である角宮にはさっぱり理解できないものばかりだった。


 だが、新谷零士は得心したように頷いていた。


「これは確かに怪しい。桐生ビルで何かをしようとしているのは間違いないね」

「桐生ビルは桐生コーポレーションが権利を持っているビルです。そして、光谷商事と桐生は色々な商売分野でライバル関係にある。その辺りに今回の事件の動機があるとあたしは予想しています」

「それだと光谷側には利益があるけど、柊側には全く利点がない。取引として成立しないんじゃないかい?」

「ええ、あたしもそう思います。ですが、どれだけ調べてもこれ以上の情報は出てきませんでした。だから責任者に直接聞きに行こうと考えています」


 狩江はパソコンの画面に一人の男の画像を表示させた。


しおあきら。光谷商事の幹部の一人で、界力開発分野の責任者よ。こいつがおそらく黒幕。ここ数週間で頻繁に柊グループと接触を図っているの。こいつなら確実に何かを知っているでしょうね」

「つまり、俺たちはこの潮見ってヤツをぶん殴って情報を聞き出せばいいんだな」


 もしかしたら、今回の事件で柊グループに近づけるかもしれない。

 そう思うと、体の奥から活力が湧いてくるような感じがした。


 それに桐生ビルは九天市の中心部にある。昼夜を問わずに大勢の人が集まるような場所でテロが起きれば、どれだけの被害が撒き散らされるか想像も付かない。ビルの中で事が収まればまだいいが、建物が倒壊でもすれば犠牲になる人は数え切れないほどに跳ね上がる。


 そんなふざけた計画は、何としても止めなければならない。


「アニキ、ぶん殴るって簡単に言うっスけど、この潮見晃ってオッサンかなりの悪党っスよ。自分が出世する為になら平気で殺しを行うような外道。あっしらが手を出せるかは微妙なラインっスね」


 狩江が調べ上げた資料の中には、潮見晃の過去の経歴もあった。一見すればエリート街道まっしぐらの優秀な人間だが、その裏にはいくつもきな臭い事案が隠されていた。発覚していないだけで犯罪行為にも平然と手を染めている。


 新谷は難しい顔を浮かべて顎に指を添えるようにして考え込み、


「確かに危険な相手だけど、何とかやれないことはないだろう。あと美波ちゃん、他にこの情報を知っている人はいるかい?」

「いえ。まだどこにも伝えていません」

「その判断で正解だ。柊が絡んでいるとなると警察も六家連盟も満足に動けなくなる可能性が高い。今はまだ僕たちだけで事を進めた方がいいだろうね。具体的な算段は?」

「潮見晃が普段生活しているマンションの場所を特定しています。九天市内にある高級マンションの地下二階から四階まで全て買い取っているようです。内部構造は不明。マンション完成当時の設計図は手に入りましたけど、おそらく改造されています。潮見が何度も建設業者に依頼しているのは確認済みです」

「……つまり、ただそこに住んでいるだけじゃねぇって訳だな」


 吟味するような角宮の言葉に、狩江は頷いた。


「潮見晃の個人的な目的のための施設、あるいは潮見本人を守るための防衛設備。こればっかりは想像しかできない」

「直接殴り込むしかねぇか」

「僕も恭介くんに賛成だね。美波ちゃんの調査でも限界がある。警察や連盟の協力を仰ごうにも、どれだけ時間が残されているか分からないんだ。奇襲なら僕たちの戦力でも十分に勝算はあるだろう。いたずらに事を大きくすれば、思わぬ所から横槍を入れられるかもしれない」


 この一件、新谷零士や九凪皆からすれば参加する利益はほとんどない。むしろ柊グループが裏で糸を引いているため、結果的に新谷零士や『めいおう』が得るのは不利益の方が大きいだろう。


 それを理解しながらも、角宮は新谷へと向き直って頭を下げた。


「新谷さん、この件で俺たちに力を貸して下さい」


 冷静に分析して、この一件が自分達の力だけで対処できるものではないと判断していた。無謀に首を突っ込めば痛いしっぺ返しを喰らうだけでは済まない。


 角宮はラクニル時代、ある組織のリーダーを務めていたことがある。非公式な組織で決して褒められた存在ではなかったが、それでも誰かを救うために、何かを為してきたという自負はある。草薙二郎や狩江美波はその頃からの付き合いだ。


 そこで、角宮恭介は勇敢と無謀の違いを学んだ。

 だからこそ、今回の一件も新谷零士には絶対に手を貸して欲しかった。


 柊グループの謎に近づくために。

 ひいらぎすみを取り戻すために。

 事件の真相の先に、柊グループに近づくための手掛かりがあるはずだから。


 祈るような気持ちで、角宮は返事を待つ。


「……、」


 しばしの沈黙。

 その後、新谷が浮かべたのは笑顔だった。


「うん、いいよ。僕たちも協力しよう」

「え、新谷さん……?」


 異を唱えたのは、今まで黙ってメモを取っていた九凪だった。


「いいんですか、僕たちはまだ……」

「もちろん『その件』もないがしろにする気はないよ。皆くんにはそっちをメインに動いてもらうしね」

「……なにか、都合が悪いんですか?」


 眉を曇らせた角宮が、言いにくそうに訊ねた。


「別件を抱えていてね。だけど、恭介君に手を貸すのは変わらないから安心して欲しい……でも、助力はあまり期待しないでくれるかい? 裏で柊が糸を引いてるのなら名桜としては動けないからね」

「構いません、荒事は全部こっちで引き受けます」

「なら、交渉成立だ」


 新谷と角宮は力強く握手し、互いに視線を交換する。

 角宮は決然とした面持ちで言った。


「止めてやりましょう。俺たちの手で、柊の悪巧みを」

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