為三 VS 大澤めぐみ!

為三によるまえがき

 ぼくと大澤めぐみが出会ったのは、彼女がまだランドセルを背負っていた頃だ。




 当時のぼくはまだ高校生。大道芸人である父とともに各地を転々としていて、彼女の実家のある大阪府の某所に滞在していた時期があったのである。




 ぼくは手先が器用ではあるものの大道芸のプロになれるほどの才能はなく、というより父を見ていればさほど儲かる仕事ではないとわかっていたから、あまり熱心に技を磨こうとはしていなかった。




 とはいえ本番でミスをすれば、気性の荒い父にしこたま殴られる。


 だからぼくは嫌々ながらも、公園でジャグリングの練習をしていた。


 すると物珍しさから、近所に住んでいる小学生たちが見学にきたりする。


 その中の一人が、大澤めぐみというわけだ。




 当時の大澤めぐみをひとことで評すなら、ずばり『可愛げのないこども』だろう。




 彼女の母親と話をする機会もあった(大道芸をよく見にきてくれた)のだが、実の娘について「大人みたいな口ばかりきく」だとか「笑ってるところを見たことがない」などなど、たびたび愚痴をこぼしていた覚えがある。




 ぼくの練習を見学しているときも、ジャグリングに失敗すると目をキラキラとさせるのに、成功すると退屈そうな顔をする。どころか、時には舌打ちすらしてくるのである。




 こういうふうに書くとまるで救いようのないクソガキのようだが、いつも最後まで練習を見学しているのは彼女だけだったし、ぼくが「今日はおしまい」と告げると、毎回きちんと拍手をしてくれるのも彼女だけだった。




 大人びていたところがあったのは確かだと思うものの、だからといって、けっして可愛げがないというわけではなかったように思う。




 そう、可愛げといえば――彼女はぼくに、こんな悩みを打ち明けたことがある。




「わたし、人間になりたいの」


「また変なことを言うね。じゃあ目の前にいる君はなんなのさ」


「概念」




 ぼくはげらげらと笑った。


 彼女の言葉を聞き間違えて、てっきり「ガ◯ダム」と言ったのかと思ったからだ。


 おかげで微妙にキャッチボールができていなかったのだけど、どういうわけか会話そのものは滞りなく進んだ。




「驚いたなあ。まさかロボットだったなんて」


「案外そうなのかも。みんなの気持ちがよくわからないもの。だからわたし、すぐに他人を不快にさせてしまうし、どうやってもお友だちができないってわけ」


「なるほど、まあ見てるとそんな感じだわな」


「……どうしたらいいと思う? なにをしたら人間になれるの?」




 難しい質問だった。


 人間は普通、人間になりたいとは思わない。


 だからぼくは、ロボットはどうやって人間を学ぶのだろうかと考えた。




「本を読んでみたらいいんじゃないかな。いろんな考えや経験が書いてあるわけだから、そのうちなんとなくわかってくるんじゃないの。人間が」


「あまり読んだことないからわからないんだけど、たとえばどんな本を読めばいいの?」 


「小説なんかどうよ。楽しみながら勉強できるだろ」


「じゃあそうしてみる。ありがとね、為ニキ」




 そういえば、彼女にお礼を言われたのは、あのときがはじめてだった。


 笑うところを見るにいたっては、ヘタすると最初で最後になってしまうかもしれない。




 まあそんなことがあって、大澤めぐみは小説をたくさん読むようになった。


 今となっては自分で書くほどになったわけだが……彼女はいまだに「人間になりたい人間になりたい」と、昔と変わらぬ悩みごとを抱えているようである。




 たぶんもうちょっと笑ってみるだけで、君はいつでも人間になれると思うのだが。




                   本項文責:為三

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