雨の日

camel

雨の日

 少年と少女は膝を抱えて、屋根裏部屋に息を潜めていた。窓もなく暗い物置きに、懐中電灯ひとつ。いつもは泣き虫で騒がしい少女も、少年が手を繋いでくれていたから、沈黙を守っていた。だからこそ、激しい雨音が際立って聞こえた。

「本当に、かくれんぼなの?」

 少女が沈黙を破ったのは、雷の音に驚いたからだ。声を抑えて、二人は会話を始める。


「ママが言ってたんだ、パパが帰ってきたときはかくれんぼしなさいって」

「見つからなきゃいいね」

「ゲームは勝たなきゃいけないからね」


 少年の痣だらけの腕を、ある夏の日に見たことがある。少女はぎゅうと手に力を込めた。


 屋根を叩く雨がより一層激しくなった。


 下からごそごそと音がする。ぱりんと大きく割れる音が響いて、少女はまたびくと体を震わせた。


「雷だよ」

「怖いわ」

「ここなら、大丈夫」

 上からも下から何かを動かす音がする。ごろごろごろ、ずるずるずる、ぱん。

 ぱんと弾ける音と、一際大きな雷は同時だった。少女は手を離し、少年に抱きついた。少年は暗がりで少女の髪の匂いを嗅いだ。昼に走った草原の香りがした。髪を撫でると、少女は小さく頷く。こうしていて、と伝えていた。少年は何度も少女を落ち着かせようと、優しく頭を撫で続けた。





「ジュニア?」

 下から、少年の母親の声が聞こえた。外の雨はぽつぽつと、小さな音で屋根を叩いていた。

「もうかくれんぼはおしまいよ」

 屋根裏に続く梯子を屋根裏部屋に入れておくこと。少年の母親が教えてくれた裏技だ。

 少年は内側から天井板を開き、梯子を下ろした。

「ママ、かくれんぼは僕の勝ち?」

「ええ、よくできたわね」

「おばさん、こんばんは」

「あら、アビーもいたの」

 穏やかな母親の顔に二人は心から安堵した。


「パパは?」

 少年の問いかけに、母親は少年を抱き締めて答える。

「今度はパパが隠れる番なのよ」

「はじめて、僕が鬼?」

 母親はさらに力を込めて息子を抱き締める。

「ええ、そうよ」



 少年は、抱き締める母親の髪がいつもと違う匂いであることに気付いていた。

 雨と土の、外の匂いだった。

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雨の日 camel @rkdkwz

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