第23話

蓮見の明るい声に助けられ、茂も元気な声で答えた。

「元気、元気が取り柄だ。蓮見も変わりないようだな」

「俺とお前の仲じゃないか。それに僕のところに久しぶりに連絡してくるからには、僕に出来ることはする。ところで、どんな話か聞かせてくれよ。出来ることなら、考えることか、調べられることか、坂谷も時間があってのことじゃないだろう。率直に話せよ」

「転職しようと思っているのだが迷っている。何か資格を取ろうと思っているが司法試験は、駄目だろうということだけは分かる」と言う。

「そんなことも無いよ」と言いながら蓮見は高らかに笑った。

茂は蓮見と同じ様に笑うが、あいつの笑いは何を意味しているのだろうと思う。

 蓮見の笑う声が頭の中でコロコロと回りだした。

年齢的にと言うことなのだろうか。

俺の頭じゃと言うことなのだろうか。

ひねた自分に辟易しながら『時間をとってくれたら嬉しい』と言った。

「分かった。明日、昼飯を一緒に食おう」

 と蓮見は、紋切形の応対だったが、何か通じるものがあって、茂はほっとした。

「ありがたいが、仕事に支障はないのか」

「大丈夫だ。二人の仲じゃないか。幾つか思い当たるものがあるから、調べておく。もう退職してしまったと言う事じゃないだろう?」

「退職はしていないが、その期限が五日を切っているのだ」

「て、言うと、どういう事……」

 さすがに蓮見も期限五日前には言葉を失い、驚気を隠せなかったのだろう。

 茂も言葉を失ってしまい、声が詰まって何も考えられない。

すると、蓮見が落ち着いた声で、

「各々の家庭にはそれぞれの事情があるさ、少しだけ聞かせてくれないか」

「女房が部長になり、俺が主夫となって育児休暇を一年取っていたのだ。職場復帰はどうしても躊躇してしまうのだ。俺の処は……」

 茂は格差に翻弄されている事を言い出せずにいる。

 すると蓮見が茂の言葉を遮るように、

「まあー、明日昼、うちの事務所知っているだろう。待っている」

 蓮見は、茂の胸の内を察したのか、それ以上話すなと言うように茂の言葉を遮ったのだ。


茂は良美を保育園に迎に行った。

あれ以来会っていなかった園長が子供たちを見送っていた。逃げ出したい気持ちもあったが、一社会人としての秩序は保つべきだ。

「園長先生、先日はご心配おかけして申し訳ありませんでした。女房に取っちめられましたけど、一応落ち着きました」

出来る限りの明るさで言うと、

「ごめんなさいね。気を悪くなさったかと心配しておりました。ちっとも迷惑なんて思っていませんわ。いつでも此処でよろしかったら、待っています。ママと話し合いましたのですか? 良い結論が出ました」

「ありがとうございます」

 何の蟠りもなく明るい声で挨拶をした。

ところが園長は、ママと話し合った結果がどうなったのかが聞きたいのだろう。そこに力を入れて言うのだ。茂は、園長の言葉を聞きもらしたごとくに、やり過ごした。ちょっと気を悪くしたのか怪訝そうに首をかしげているが、余計なことは言わない方が無難と、蓮見が言うように、めったやたらに胸の内を明かすなと言われた如くやり過ごした。

園長にしてみれば茂が求めた話しに乗って意見を言ったのだから聞きたいのは分かる。首をかしげながら、次の茂の話を期待しているような様子だったが「良い結論が出ましたとも、考え中とも言わずに」良美に気を取られているがごとくやり過ごした。

 園長の心中計り知れない不満が顔に出ていた。

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