第14話

茂は自分を発奮させながら話し始めた。

「実はですが、いま私が主夫で、女房が勤めに出ているという主従が逆転した家庭でして……。一応、育児休暇を取っている状態ですが、来月からその一年が明けるのです」

「以前のように共働きですね。良美ちゃんも確りして来ましたよ。大丈夫でしょう。主従が逆転したなんて言わずに、どっちらが育児休暇を取ってもいいじゃありませんこと」

 園長の話が大道からそれそうになる。意識的に逸らしたのだろうか。茂は話を持ちかけた以上真正面からアドバイスを貰いたいと思う。はぐらかせられるのは真っ平だ。

この夢の実現に話を聞いてもらうことが先決だ。

 茂はゆっくりと話し出した。

元の職場に戻っても、今のような状態が続く限り自分はまた家に入らなくては成らない。なぜなら女房は二十四時間勤務状態の職場で、それが続く限り、時間的余裕は出来ない。そのつど自分が休暇を取るという事は、精神状態もまいって来るし、しいては良美の心に影を落とすことになるような気がしている。

今更職場復帰しても、現実的に元の地位につけるとも確約はない。そんなもやもやした日常の中で、良美を送ってくるたびにいろんな家庭環境があって、夫婦で働かなくてはいけない場面に出っくわしました。そこで、子どもが病気の時や時間外勤務の時に、親が子どもを預けるところが少ないのに驚きました。失礼ですが、この保育園にしても、病気の子供は預かっていただけない。頼るところがない親が翻弄されている現実を目の当たりにして考えました。昼間勉強して保育士の試験を受けて受かったのですが、さて、どうやって開設したらよいか全く分からないのです。ということを説明している茂に、園長は深い溜息をついた。

「そんなに容易く開設できるものでもないのですよ。資格を取ったからって、保育園や託児所は何年か経験がないと無理です。大切なお子さんを預かるのですから親御さんもそこのところは確り見ますよ。あなたにその能力がないと言っているのではありません。運営するからには、資格だけでは直ぐに行き詰ってしまいます。第一認可は直ぐには下りませんよ。厚生省からの調査もこと細かくチェックが入ります。ここで病気の子を預かれないのは、病気の蔓延を防ぐためだけでなく、いろいろ制約があって致し方ないのです。病気の時は親元で、その時ぐらい親の温もりを子供は肌で感じますから、親子の絆も深まるんですよ」

 茂は園長の話を聞きながら、何故こんなことになってしまったのか、自分の真意が分からなくなり落ち込んできた。この園長も女だからシビアなのだろうか。そんな思いになった時、また園長が話し始めた。

「坂谷さん、託児所とおっしゃいましたが、集団施設といっても病院ではないのですから、病気の時のお子さんを預かろうとお考えですか? それは絶対に出来ないし、医師法違反になりますよ。どうしても開きたいとおっしゃるなら、この園で少し経験をつんだら如何ですか。私どもは先生の人数が集まればもっとお子さんを受け入れられますから……。余計なことかもしれませんがご家族で話し合いましたの? とっても重要な気がします」

 茂は心底草臥れてきた。結論なんて出るはずがないのだ。俺はなにを期待して園長に話しを聞いてもらいたいと思ったのだろう。

諸手を挙げて応援してくれる筈だ? と心の隅で思っていた。

その一方で、園長の話を聞きながら筋違いだったのかも知れないと言う思いがしていた。ここは冷静に謝ることと思い。失礼を重々承知で話を聞いて頂いたことを詫びた。

「そんなことはありません。伺えてこちらも、いろんなことを知り勉強になりました。親御さんの心情、痛いほど分かるのですが、今はどうしょうもない現実があるのです」

園長の話しは、勉強と言う言葉に集約されている。茂は、奮い立たった夢も希望も失せただけで無く、言い表せない気持ちがひしひしと頭の隅で疼きだした。

自戒しようとしている気持に、輪を掛けるように、やけっぱちな気持ちが、どうでもいいやの心に成りかけている。すでに自壊作用は起こり始めているようだ。良美にせかされながら園を後にした。

 帰り道、必ず寄るスーパーを通り過ぎようとした。

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