第13話

茂はちょっと躊躇った。もう止めることが出来ない興奮気味の自分がいた。

「場所は家の庭に建てようとしているが、資金の方が覚束ない。以前から考えていたように坂谷託児所を作りたい。山田さんも将来のことを考えているのでしよう。奥さんと共同保育所をもつ夢があるのだから、ぼくと共同経営者になってしまうと、困るのではないですか。今は出来ればそれまで僕のところで手伝ってくれるということは虫がいいでしょうか。山田さんに助けてもらえると、心強い」

山田が腕を組んで考え込んでいる。彼もしばらく黙り込んだ。そして重い口を開くと、

「家を建てる資金はどうするのですか?」

「僕の退職金は高が知れているが、少しの貯えと後は銀行から融資してもらおうと思うのだ。女房を保証人にはしない。土地を担保にすればどうにかなると思う。山田さんが言うように、杉田さんに出資を求めるのは酷だと思う。子どもを二人抱えて、安定した職業を求めて保育士を選ぶのだから、僕が声をかけて快諾してくれたが、まさか共同出資者になるなどと言う事は思ってもいないと思う。はっきりしておいた方がいいと思う。山田さんは? 別の考えでも?」

「いや、僕も後々のことを考えると、君と同じことを考えていたのだ。手伝いはする。こっちから仲間に入れてくれと言っていながら、逃げ出すような格好になってしまうがいいのか。僕は率直に話したのだから、異存があったら今のうちに言ってくれないか」

「お互い率直に話し合ったのだから、異存はない。なるべく早く開設できるようにする。最低あと二人の人員が欲しい。いい人いたら紹介してくれないか」

「僕の出来る限りのお手伝いをさせてくれ。僕の研修生仲間に思い当たる人が幾人かいるから声をかけてみる」


 山田と会った三日後、茂の夢は着々と現実に向けて計画していた。ノートを作った。書き込む段階で、土地の確保。資金の調達。と書いて、後が行き詰まってしまった。

茂は、芙紗子の帰りが、待ち遠しい思いになってくる。全て自分の考えでことを運ぶのだ。といっても、庭を勝手に使えば芙紗子は黙っていないだろう。芙紗子に承諾を得ようとするのではない。一応言っておこうと思う。何となく輝かしい未来が開けたようだ。

そんな思いのまま良美を保育園に迎えに行くと、丁度園長先生が居た。とっさに話しを聞いてもらいたい衝動に駆られ、

「つかぬことをお伺いしたいのですが、今お時間がありますでしょうか?」

「つかぬことと申しますと、どのようなことでしょうか? 良美ちゃんのことかしら?」

「いいえ、保育園の成り立ちとか、託児所を開設するにはどういう手続きが必要とか」

 園長は瞬きを二、三度したかと思うと口をあんぐりと開けていた。しばらくすると今度は茂を凝視した。

茂は戸惑ってしまった。同業者になる相手に聞いてはいけなかったのだろうか。失礼したと思っていると、顔を柔和にさせた園長が呼吸を整ながら、

「どうぞお入りください」

 園長は時間を取ってくれた。

園長の躊躇う呼吸が気になったのは、勘ぐりに過ぎだったのかも知れない。

しかし、と思う。

快諾だろうか。

行き掛かりからだろうか。

茂には全く判断がつかなくなっていた。芙紗子に話せばそれでことが運ぶと思って、それに園長に話を聞いておけばより早く芙紗子を納得させられると思った。自分の甘さにうろたえてしまった。側で良美が早く帰ろうと茂の手を引っ張る。

 茂は園長と向き合ってからも考え続け、躊躇している。託児所開設構想を抱いたのは、漠然としたもので、どのような過程を取るのかも下調べしたこともない段階だ。

早まった。何を聞けばいいのか分かくなって来た。

矛先が見えず真っ暗闇になりかけた。

でもこの時を逃すと夢も失せる。今がチャンスなのだ。

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