第11話

山田は、コーヒーを飲みながら、

「この若さでリストラにあいました。」そう言って笑った。

幾度か会っているうちに、保育園を開きたいという希望を持っていた。

「場所と資金を稼がないと。いまバイトをしているが高が知れていて、開園には程遠い。女房の小学校教諭の給料では食うだけだから、僕が資金を調達しないと。でも夢を持つ事にしたら、気持ちに張りが出てきました」

 茂は話を聞きながら、この社会には自分と同じような境遇の者がいることを知った。

そこで茂は、育児休暇だが、リストラと変わりないと考えるようにした。山田のように夢を持つ事にしたら、もっと積極的に考えを持つことが出来る。夢の一つに託児所の開所することを実現させたい。

 山田が熱っぽく話し出した。

「後々女房は小学校を退職してもいいというのだ。低学年を受け持つと、乳幼児から保育園に預けられていた子どもと、母親のそばで幼稚園に行って育った子の何とも言えない違いがあるって言うのだ。どっちにも良さはあるが、強いて言うなら保育園を開いて、幼児の心のケアーの育成に当りたいと言う。僕も、女房の夢に感化された訳じゃない。子どもを保育園に送って行くたびに、いろんな情景を見知って、遣りたいと思ったのだ」

 夢が実現しそうなところまで進んでいるかのように 彷彿とした顔をした山田。

 茂は仲間に入れてもらえないか、考えているが、何処まで突っ込んだ話をするべきか迷いに迷った。二人の間に得も言われぬ空間が漂った。ただ茂は山田がうらやましかった。理解してくれる相手が妻であること。

茂は身の縮む思いがする。妻のことを尋ねられたら万事休す。芙紗子がすんなりと認めて応援してくれるだろうか。

茂のコーヒーカップは飲み干してしまっている。しばらくすると、山田がコーヒーカップを手にしたが飲まずにそのままソーサーに戻すと大きく溜息をつき沈んだ顔になった。一瞬危ないと思った。躁と鬱が混在しているかのようにみえた。知りあってまだ日の浅い山田がどんな人物なのか分からないのだ。戸惑いと焦りが交錯する中で、茂は考えた。自分の夢は今しばらく話さないほうがいい。置いておくことにした。

 話の途切れたこの空間を何とか繕うために茂は尋ねた。

「山田さんとこのお子さん何歳ですか」

「上が小学校一年、下が三歳です。夫婦掛け持ちで保育園に預けながら、子供の成長とともに、やっと楽になって、このままの状態を維持しょうと思っていた矢先、会社が傾いてしまって……。まあ、いろいろあったが、結論出したのが、退職金が出るうちにと、希望者にいち早く手を上げたということです。まあ、リストラ第一号と言う所かな。あ、は、は、は……」 

 今度は、高らかに笑う山田を見ていると、その裏にあった葛藤が読めて切ない気持ちになる。         

山田が気分を転換させようと考えたのか迷走するかのように目を閉じた。落ち着かせているのだろう。茂はほっとした。

だが茂は焦った。山田に何を求めたのか。ただ単純に家族構成を聞いただけだ。ごくごくありふれた会話にすぎないと思っている。

自分は妻のことを聞かれるのを避けたい。俺達夫婦の成り立ちと主従の関係が逆転している。それをさらけ出すのは躊躇ってしまう。芙紗子の男勝りの姉さん女房、俺の話など蹴飛ばされる強さ。俺はダメ亭主と言うところ。

山田は今自分の置かれた状況から、悩みが多いのだろう。しかし年齢的からか茂より長けていることは事実だ。

「君の目標は、夢は、目的は? 」と言うことを山田は聞かない。

話したくなった時が来るまで聞くまいと思っているのだろう。確固たる信念がない茂は「僕は託児所を開きたい」と言えずにいる。皆目分からない展望を、夢だけで話していいものかと思う。芙紗子にも言っていない。ちょっと待てよ、芙紗子の奴、僕がなにを考えているかも知らず、職場復帰のことからも目を逸らそうとしている。

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