第5話
気配りも出来ないようでは親失格と医師は言ったのだ。
今夜は寝ずに良美を看病すると自分に誓った。それには体力も温存すべき。良美が寝ている間に夕飯を取ることにして売店の隣にある食堂へ行こうとしたが、一向に腹が減っているのか、いないのか感覚はなかった。食べないと身体が持たない。一応食堂を覗いてみようと思う。
付き添いの母親達の何人かが、
「又明日来るね。おりこうさんにしていると早く治るからね」
と子供を抱きしめ、周りの人に挨拶を済ますと、茂にも「お大事に」と声をかけて帰って行く。その親たちに出っくわした芙紗子が病室に入って来た。丁寧に、深々と頭を下げて、良美の母親であることを告げ、
「主人ともどもお世話になりまして、お騒がせしました」
帰る親たちを見送っている芙紗子。ボストンバックを抱えている。
「遅くなって、ごめんなさい。良美はどんな具合? 一度家に帰って必要なものを持って来た」と言う。
芙紗子の声を聞いた良美は、細く目を開け、身体を起こそうとしたがままならない様子だ。寝返りを打とうと思ったのだろうか、身体をよじろうとしたがその力もなかった。
芙紗子は、良美に覆いかぶさるように包み、頬摺りしている。その涙が良美の頬にこぼれ落ちる。良美が顔を微かに左右にふる。何が伝わったのだろう。
「良美が疲れるからよせよ」
やっと離れた芙紗子は自分が泊まるという。
「じゃ僕は、明日出勤するから」
茂は言い切った。
「申し訳ないけど、朝、代わってくれない。どうしても私が居ないと……」
芙紗子のか細い声だ。ここで折れる訳にはいかない。
「俺がまた休暇を取るのか」
言い返すと、
「お願い、今休めないの」
芙紗子の顔が上司の顔になった。命をかけて戦っているこの小さな娘と、仕事をまた天秤にかけた。娘が熱でうなされていることより仕事なのだ。
「じゃ俺は休んでもたいしたことないという訳だな。よし分かった。それなら俺が泊まる。ママは帰って結構」
茂は自分の声が興奮気味だと気付いていたが、自分に逆らわなかった。
芙紗子が指を口に当てて、静かにと言っているのだ。まだ二人の母親が付き添っている。
諍いを、聞き耳立てている母親がいるから静かにと言うのだろう、茂は自分の思いをぶつけて、引くことはしなかった。
今ここにいる二人は夫婦じゃない。まして親の資格もない、良美のパパとママが、たまたま茂と芙紗子であったのだ。茂はそんな思いに駆られている。
ふっと芙紗子の顔を見て驚いた。
たった十分の間に芙紗子の顔が十歳も老けこんだように目元が落ち窪んでいた。こんな状態でいいのだろうか。茂の頭に色んなことが去来する。
俺が折れない限り、この状況は打開できない。何故俺が、という気持ちを抑えながら、まずは父親としてとるべきこと、何をおいても良美と考えた。この出来事だけで、芙紗子から良美を引き離すことは酷すぎる。芙紗子も精一杯のことをしようとしていることは伝わってくる。その気持ちを考慮したのではない。あまりに自分の度量の狭さに、もう少し心に余裕を持てる自分でありたい。なんて正義感とも恰好をつけているにすぎないとも思うが、誰に向けて恰好をつけようとしているのか、頭が混乱してくる。
病院に泊まるのは俺が担う。
茂は、この俺の決断が後々どうなるかなどと考える余裕もなかった。
今を大事にすることが先決、良美にとって最善の策は、俺が、面倒を見ることだ。それは昼夜を問わず付き添いすることだ。
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