第107話 結末

パトカーの赤い回転灯が遠くに翳んでいくのをぼんやりと見送った。


真柴は、ゲレンデヴァーゲンに凭れながら物憂げな瞳で煙草を吸っている。

「禁煙中じゃなかったの?」

意地悪く尋ねると、眉を寄せあたしに煙を吐きかけた。


ごほごほ…


「何すんのよ!」

抗議の声を上げると、ちょっと笑い、空を仰ぎ見た。

真夏の太陽の眩しさに目を細める。


「知らないほうが幸せなのか…」

独り言のようにポツリと呟く。


そのあまりにも苦しげな声に、あたしは胸を衝かれた。


「…そんな事ない。

 これで良かったんだよ。

 だっていずみさんと早苗さんは本当の母子なんだもの。

 それにね…」


目が合うと、真柴はふっと微笑んだ。

痛ましいほど寂しげに…


上手く言葉に出来ないもどかしさ、切なさ、安堵。

自分でも説明のつかない感情が一気に溢れ出る。

あたしの瞳からは、いつの間にか涙が零れ落ちていた。

後から後から、とめどなく…

子供のようにしゃくりあげて泣いた。


そんなあたしの髪をくしゃっと撫でると、真柴は静かに言った。

「妙な事に巻き込んじまって悪かったな…でも、お嬢のおかげで

 徹を不幸にしなくて済んだ。

 ―――――感謝してる」


涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて見つめると、真柴ははにかむような

笑顔を浮かべた。


「終わった事を悔やんでも仕方ねぇしな」

そう言うと、体を起こし軽く伸びをする。


「お嬢、そろそろ帰るか。おい、徹!」

真柴に呼ばれた徹ちゃんが、あわてて駆け寄って来た。

まるで忠犬ハチ公みたい。

「車の鍵を貸せ」

「はぁ?あの…」

徹ちゃんは、きょとんとしている。


「徹、お前は新幹線で帰って来い」

突然の言葉に、大きな目を更に大きく見開いた。

「そんな…急に言われても…明日会社だし…」


真柴は、おろおろする徹ちゃんを見て、小さく笑った。

「明日は休んでいいぞ。特別休暇だ」

そう言って肩をぽんと叩くと


「彼女のそばについていてやれ」

徹ちゃんの顔にも笑みが広がる。

「はい、ありがとうございます」



夏休み中の高速道路にしては、殆ど渋滞も無く車は快適に走り続ける。


「ねぇ、聞きたい事があるんだけど」

ずっと気になっていたことを、思い切って口にしてみる。


「なんだ?」

真柴はハンドルを握りながら、後部座席のあたしをチラッと見た。


「背中に桜吹雪の刺青とか彫ってあるの?」

少しの沈黙の後、くすくす笑う声が聞こえてきた。


「桜吹雪って、お嬢もずいぶん渋い事言うなぁ」

「え、違う柄なの?」


「見せてやってもいいぜ。ベッドの中でならな」

バックミラー越しにウィンクすると、艶やかに微笑む。


あたしは耳まで真っ赤になりながら、ミラーに向かって

思い切り舌を出した。


真柴が楽しそうな笑い声をたてる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る