第104話 願い
節子さんは丸まった背中を少し伸ばすと立派な掛け軸の掛かった
和室に目をやった。
「この場所でございましたね、早苗様。
百合子奥様が早苗様に最後のお願いをなさったのは」
「お願い?」
呟くような声が、いずみさんの口から零れた。
ゆっくりとうなずいた節子さんは
「百合子奥様は、ご自分が身罷られた後、旦那様と再婚なさって
いずみ様を見守って欲しいとお願いされたのです。
それがこの世で最後の願いだと…」
「そんな…」
いずみさんは手で口元を覆うと、徹ちゃんの胸に顔を押し当てた。
「私、何も知らずに、酷い事ばかり言って…
財産目当てでお父様に近づいたと思っていたから…」
苦しげな嗚咽を上げるいずみさんの背中を、徹ちゃんが優しく摩る。
「…いずみ」
早苗さんが口を開いた。
「ごめんなさい。私が悪いのよ。
百合子奥様のお言葉が嬉しくて…たとえ親子だと名乗れなくても
あなたの傍にいられる…そんな甘い事を考えた私が悪いの。
あなた達をこんな事に巻き込んでしまって…」
「いいえ、早苗様」
節子さんのしわがれ声が響く。
「悪いのは、その加藤とか言う男です。もし全て私に打ち明けて
くださっていたとしても、喜んで早苗様に協力しましたよ」
「…ありがとう」
早苗さんは小さく呟くと、きゅっと表情を引き締めた。
「でもね…たとえどんな理由があったとしても、罪は罪。
私は殺人者よ」
真っ赤に潤んだ瞳で
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