第103話 誓い

「あいつは蛇みたいに執念深い男よ。

 とうとう、いずみの出生の秘密まで調べ上げ私を脅してきたわ。

 絶対にいずみには知られたくなかった。

 父親が犯罪者で…私が本当の母親だなんて…

 その時私は決意したの。加藤を殺そうって」


早苗さんはぎゅっと唇を噛みしめた。


「どうして?私だってもう子供じゃないもの。

 ちゃんと話してくれていれば…」


いずみさんの悲痛な叫び声に被せるように

節子さんの声が響く。

「早苗様は、百合子奥様との誓いを守られたんですよ」

「誓い?」

あたし達の視線は、一斉に節子さんに集中する。


節子さんは涙に潤んだ、小さな目を何度か瞬かせた。


「旦那様も百合子奥様も、いずれはお嬢様に全てを

 明かすつもりでいらっしゃったのです。 

 この別宅も早苗様のお住まいにされるおつもりでした。

 でも、早苗様は、それを頑なに拒まれたのです。

 この先、自分は一切お嬢様とは関わらない。

 その代わり、いずみ様を本当の娘だと思って可愛がって欲しいと…

 自分のお腹を痛めて産んだお子様を手放すだけでもお辛いはずなのに…

 全てはお嬢様の幸せの為。

 自ら身を引かれたのでございますよ」


しわがれた声だけが広いお屋敷に響き渡る。

誰ひとり口を開くこともなく、鼻をすすり目頭を押さえる

節子さんの小さな体を見つめた。

「早苗様はお言葉通り、お嬢様をお預けになると

 すぐに実家に帰られ、それ以降各地を転々とされた為

 私共にもその所在が判らなくなってしまいました。

 そんな早苗様の行方が知れたのは8年前。

 ご病気で床に臥せってしまわれた、百合子奥様が旦那様に

 懇願なさったのです。

 早苗様を探し出して、いずみ様と引き合わせて欲しいと。

 百合子奥様は、ご自分が末期の癌だという事をご存知だったんです…」


いずみさんは微かに息を呑むと、徹ちゃんの手を強く握った。

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