第65話 始動
絶対真柴は犯人が判ったんだ。
あたしにも教えてくれるって約束したのに。
嘘つき!
こんな事なら、あの時指きりをして”針千本”
飲ませてやればよかった!
苛立つ気持ちを落ち着けるようにグラスに注いだペリエを、
喉を鳴らして飲み干した。
「美月さま。今日は一体どなたとお出掛けになるんですか?」
冴子さんが、怪訝な目であたしを見ている。
「ちょっとした知り合いよ。何で?」
「いえ…まるで親の敵にでも会う様な、怖いお顔をなさっているので…」
冴子さんは、眉間を指差して
「ここにシワが寄ってますよ」
あわてて、リビングの壁にかかっているベネチアンミラーを覗き込んだ。
確かに…険しい顔をしている。
あたしは、鏡の中の自分ににっこりと笑いかけ、ついでに前髪を直した。
不意に、玄関のチャイムの音が鳴り響く。
「はーい」
ソプラノヴォイスで応えた冴子さんがドアモニターの
スイッチを押すなり、素っ頓狂な声を上げた。
「み、美月さま」
ソファーの上に置いたバッグを取りに行ったあたしの所に
すごい勢いで飛んでくる。
「お、お、男の人がいらっしゃいました」
「そう」
素っ気無く答え、玄関に向かうあたしの手を掴み引き止めた。
「どちら様ですか?」
「真柴建設の副社長さん」
冴子さんの目がまん丸になる。
「まぁ、あの方が美月さまの婚約者?」
「違うわよ!」
冴子さんの手を振り払い、玄関のドアを開けた。
「今晩は」
真柴涼は爽やかな笑顔を浮かべ、優雅に頭を下げた。
いかにも仕立ての良さそうなライトグレーの細身スーツに
折柄ストライプの入った葡萄茶のソリッドネクタイを合わせた姿は
洗練された雰囲気が漂う。
冴子さんは心持ち頬を赤らめ、石のように固まってしまった。
「じゃあ、行ってくるわね」
声を掛けるとはっと我に返り、パンプスに足を突っ込むあたしを
押しのけるようにして、サンダル履きで玄関に降り立った。
「ふつつかなお嬢様ですが、末永く宜しくおね…」
「もう、いいから」
冴子さんを押し込めるようにして、後ろ手にドアを閉めると
笑いを噛み殺す真柴と目が合った。
「な、何がおかしいのよ!」
「いや…別に」
そう言って、あたしに背を向けて歩きながらも
その肩は小刻みに震えている。
本当に失礼な奴!
車の横に立つと、くるりと振り返り、後部席のドアを開けた。
口元に極上の微笑を湛え、左手を胸元に当てると恭しく頭を下げる。
「どうぞ、お嬢様」
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