第66話 二日酔い

仏頂面のままシートに体を沈めると、静かにドアが閉められる。


運転席に乗り込んだ真柴は、バックミラー越しにあたしを見ながら

「お嬢様には、大変ご機嫌麗しいご様子で何より…」

「くだらない挨拶はいいから、早く車を出して頂戴」


声を荒げると、肩をすくめて振り向いた。

「相変わらず威勢がいいな。まぁ、元気そうで何よりだ」

そう言うと、小さく笑う。

「徹は死んでたぜ」

「え?」

目を丸くするあたしを、からかうような目で見ながら

「二日酔い」


あたしは、夕べの徹ちゃんの様子を思い出し唇を噛んだ。

ウィスキーにビールにワイン。

あんな無茶な飲み方をしたら二日酔いになるのも当然。

徹ちゃんは社会人。

翌日の仕事に支障をきたす様な事をさせてしまったあたしは”姐さん”失格だ。


「徹ちゃん、酷いの?」

身を乗り出すようにして尋ねると

「ああ、気力で出社はしたみたいだが、午後は医務室で寝てたんじゃねぇか」

思わず眉を顰めるあたしに

「お嬢は大丈夫そうだな」

「あら、あたしは仮にもワイン会社の社長の娘よ。

 ボトル1本くらい食前酒アペリティフ代わりよ」

胸を張ってそう答えると、ぷっと吹き出す。

「頼もしい限りだ…とても女子高生の言葉とは思えねぇけどな。

 じゃじゃ馬なうえに、蠎蛇うわばみか」

「蠎蛇って…」

それこそ、女子高生に投げ掛ける言葉とは思えないけど!


抗議しようと口を開くより早く、真柴が言った。


「なぁ、先にメシ喰いに行かねぇか?」

唐突な誘いにあたしが黙り込むと

「腹減ってない?」

夕べはさすがになかなか寝付けず、眠りに落ちたのは明け方近く。

お昼過ぎまで、ベッドの中でだらだら過ごしていたので食事らしい

食事は摂っていなかった。


本来なら、両手を挙げて万歳と叫びたい程、嬉しい申し出ではあったけれど…


昨日の真柴の言葉が気に掛かる。

『相手も焦っている』と…

そんな状態で、ゆっくりと食事をする気になどなれなかった。

あたしは気怠げに、肩にかかった髪を後ろにはらうと

窓の外を眺めながら

「悪いけど、食欲ないから…」

そう答えた瞬間―――

「クゥーッ」

あたしのお腹が自己主張する。

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