第59話 身辺調査
「ところで、あんたは何を調べてるの?」
あたしは笑いを納めると、真顔で質問した。
「徹が何か言ったのか?」
あたしが頷くと、真柴は後部席を振り返り苦笑した。
「いつもは抜けてるくせに、そういう勘だけは妙に働きやがる…」
煙草を灰皿に押し付けると、やれやれといった顔をする。
「望月夫妻の身辺調査だよ」
「何で?」
あたしは驚いて、真柴を見た。
いずみさんの行方を捜すのに、ご両親の身辺調査って?
「最初、お嬢達からいずみさんがいなくなったと聞いた時は
衝動的に旅にでも出たんじゃないかと思った。
徹から一方的に別れを告げられて、間もなくだったからな」
真柴は小さくため息を吐くと、眉を顰めた。
「だが、郵送されてきた筆跡の違う退職届に、絶妙なタイミングで
送信されたワンコ宛のメール。
どうも、ただの傷心旅行中とは思えなくなって、いずみさんの
親父さんが入院してるっていう病院に探りを入れてみたんだ」
「えっ?あんたも?」
「もし、いずみさんの行方不明が身代金目当ての誘拐だったら
悠長に入院なんてしていられないからな…」
誘拐って!
思わず息を吞んだ。
「…あんた前に言ってたじゃない。会社に退職届を送りつける
ストーカーはいないって…」
「ただのストーカーなら、そんな真似はしないだろうな。
なぁ、お嬢は何故あの退職届が送られた来たんだと思う?」
突然の質問に口ごもる。
「…それは…いずみさんの拉致を隠す為じゃないの…?」
真柴は軽く首を振ると
「それにしちゃ、やり方が中途半端だろ。
退職届にしてもメールにしても―――――」
言葉を切ると、あたしを見てニヤリと笑った。
「お嬢を襲うにしてもな」
こっちは死ぬほどの恐怖を味わったっていうのに…
あっさりと”中途半端”と言われ、あたしは真柴を思い切り睨みつけた。
「…それってどういう意味よ」
半ばふて腐れ気味に尋ねると
「どれを取っても、その場凌ぎの時間稼ぎにしか思えねぇ」
確かに真柴の言う通りかもしれない。
退職届は佐々木さんに疑問を持たれたし、メールは来週になっても
いずみさんが戻って来なければ忍が騒ぎ出すに決まってる。
「お嬢にはあの程度の脅しじゃ、通用しなかったようだしな」
あたしの考えを読んだように、意地悪な笑いを浮かべた。
「で、病院を探った結果は?」
分の悪い話の矛先を軌道修正すると、真柴は肩をすくめながら答えた。
「ここ数日の望月氏の様子を、看護師に確認したんだが
特に変わった様子は見られなかったらしい。夫人の方も、いつも通り
きちんと見舞いに来ていた」
あたしは、昨日お見舞いに行った時の事を思い出した。
「お父様も早苗さんも、いずみさんの行方が分からなくなっている事は
知らないみたいだったわ…いずみさんの失踪は誘拐じゃないの?」
真柴はさらりと髪を揺らし、輝きを増した瞳をあたしに向けた。
「誘拐の目的が金銭だけとは限らない。他に考えられるのは?」
いきなりそんな事を聞かれたって…
えっと…えっと…
「…怨恨?」
あたしの答えに、僅かに頷く。
真柴に誘導されて口にしてみたものの、その言葉の持つ重さに
一瞬たじろいだ。
「誰かがご両親を恨んでいて、その復讐の為にいずみさんを
連れ去ったのね!」
必死に絞りだした声が、微かに震えた。
真柴は、肩をすくめると、苦笑いを浮かべ
「お嬢はせっかちだな。可能性のひとつとして、調べてみただけだよ」
「…それで、何か分かったの?」
真柴は、シートにゆったりと座り直した。
長い話になるのかもしれない。
ごくりと唾を飲み込むと、次の言葉を待った。
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