第58話 それぞれの想い
「悪ぃな。一本いいか?」
あたしがうなずくのを確認し、ダッシュボードの
煙草を一本つまみ出し、胸ポケットから取り出した
ZIPPOライターで火をつけた。
紫煙が、細く開けられたサイドガラスの隙間から
外に流れ、湿った空気に溶け込んでいく。
「おれは、徹からいずみさんと別れたと聞いた時
正直ほっとした」
正面を見据えた真柴の瞳は、宵闇のように暗く沈んでいた。
なんだか、あたしまで切ない気持ちになってくる。
「さっきも言ったが、二人が付き合い始めた頃から
おれはずっと思ってたんだ。格が違うって…
いずみさんの親父さんの見舞いに行った後だったな…
親父さんに怒鳴られて、追い返されたって落ち込んでいた徹に向かって
”いずみさんと別れろ”って言ったんだよ」
驚いて真柴を見ると、ふっと寂しげに微笑んだ。
「ひでぇ話だよな。
徹がおれに逆らえないって知ってて、わざとそんな事を言うんだから」
もしかしたら、一番傷ついていたのは真柴なのかもしれない。
徹ちゃんを守ろうと、必死になって。
そんな真柴の気持ちが解ったから、徹ちゃんもいずみさんとの
別れを決意したんじゃないかしら。
相手を思いやる気持ちが、ますますお互いの傷を深くしている。
負の連鎖。それを断ち切る為には…
「一緒に探そうよ。いずみさんを!」
あたしは、出来るだけ明るい声で言った。
真柴は、伏せていた目を上げ、あたしの視線を正面から捉えた。
その瞳に映っていた迷いは徐々に消え、強い光が輝き始める。
口元に、どきっとするほど、きれいな微笑を浮かべて言った。
「お嬢が羨ましいよ。何も考えず、本能のままに突っ走れて」
「なによ、それ!あたしの事、馬鹿にしてるの?」
「おや、随分勘が鋭くなったな」
言って、声を立てて笑った。
まったく、ちょっと気を許すとこれだ…
そう思いつつ、あたしの口元も緩んだ。
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