第57話 抱えた痛み
真柴はチラリと後部席へ目をやった。
徹ちゃんが、相変わらず規則正しい寝息をたてている。
それを確認すると、ゆっくり口を開いた。
「なあ、お嬢ちゃん。徹といずみさんじゃ、格が違い過ぎるんだよ。
今時時代錯誤な話だと思うかもしれないが、実際望月家みたいな
田舎の旧家じゃ、今でも家柄が重要視されてる」
静かなその声は、痛みに耐えるように苦しげに響く。
「付き合ってるだけならいい。
ただ、それが結婚となると話は別だ。
結婚は家と家の結びつき…本人同士の問題だけじゃなくなってくる。
うまくいっている間はいいが、問題が起きたら」
真柴は言葉を切った。
「――――傷つくのは徹だ」
軽く伏せられた、長いまつげが微かに震えた気がした。
「お嬢ちゃんは、徹の過去の話を聞いたか?」
あたしは、黙ってうなずいた。
そうか…と呟き
「昔の徹は本当にどうしようもなかった。酒と薬に溺れて
腐った魚みてぇな目をしていやがった…
あんな徹は二度と見たくねぇんだよ」
真柴はギュッと眉根を寄せた。
さらっとした黒髪が揺れる。
あたしは、はっとした。
口では冷たい事を言っていても、徹ちゃんの事が心配なんだ…
そんな真柴の気持ちは解る…でも…
「でも、このままいずみさんと別れてしまったら、徹ちゃんはずっと
苦しむと思うわ。自分を責め続けて…だって、徹ちゃんは、まだ
いずみさんの事が好きなんだもの。
だから、もう一度いずみさんと会わせてあげたいの。
それで傷ついたら、また支えてあげればいいじゃない。
もしあんた一人の手に負えないなら、あたしもいる。
ねえ、二人でなんとかしようよ」
真柴が、目を見開いてあたしを見た。
瞬間、車が大きく左へ傾く。
「ちょっと危ないじゃない!ちゃんと前向いて運転してよ!」
あたしが怒鳴ると、はっとしてハンドルを切った。
深いため息をひとつ吐くと、ゆっくりと車を路肩に寄せ、
サイドブレーキを引いた。
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