第56話 脅し

ゲレンデヴァーゲンが静かに走り出す。

あたしは震える肩を、両手で抱きしめるように助手席で小さくなっていた。


真柴は正面を向いたまま

「脅迫電話ねぇ…」

と呟く。

「その後にすぐこれか。相手も相当焦ってるな」

「誰がこんな事…」

あたしの声は、微かに震えていた。

「これ以上、お嬢ちゃんに嗅ぎ回られちゃ困る人物だろ」

「いずみさんを拉致した人?」

問いかけに、ちょっと肩をすくめ

「さあな…」

とだけ言った。


答えるつもりはない…そんな雰囲気に、あたしは質問を変えてみる。


「どうして助けに来てくれたの?」


正面を見据えていた視線が、一瞬あたしに移った。

「店にいる時から狙われていたのに気付かなかったのか?」

「えっ?」

真柴は眉間にしわを寄せると、顔を顰めた。

「あの店に脅迫電話の相手はいた。一瞬だが刺すような視線を感じたんだ」


ずっと狙われていた…冷水を浴びせられたように体が冷たくなる。


「まぁ、随分質の悪ぃ脅しだな」

「脅しって…あたし殺されかけたのよ!」

ヘッドライトが近づいてくる恐怖が蘇り、ギュッと目をつぶった。

「いや、本気で轢こうとした訳じゃねぇ。寸前の所でブレーキをかけて

 ハンドルを切っていた」

「……」


あまりにも冷静な、真柴の言葉が憎らしくって、その横顔を睨んだ。


「どっちにしても、これ以上は深入りするな。

 脅しでも本気でも危険な事には変わりない」

そう言うと、意地悪く唇の端をつり上げた。

「お嬢ちゃんだって、他人のトラブルに巻き込まれて

 怪我なんてしたくねぇだろ?」


あたしは、唇を噛んだ。

怖くないと言ったら嘘になる…

でも――――あたしは徹ちゃんと約束したんだ。

絶対にいずみさんを見つけ出そうねって。


「…めない…」

「はぁ?」

「やめない!あたしは、徹ちゃんといずみさんを会わせてあげたいの。

 だから、いずみさんを見つけるまで、あきらめない」

「自分が何言ってるか、解ってんのか?」

苛立った声が車内に響く。


真柴は、乱暴にダッシュボードを開けると、煙草を取り出し口にくわえた。

「煙草…?」

あたしが呟くと、チッと舌打ちした。

「忘れてたよ。禁煙中だった」

まだ火のついていない煙草を、ギュッと灰皿に押し付ける。

気まずい雰囲気に耐えられず、真っ暗な窓の外を眺めた。

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