第28話 メール

「ねえ、いずみさんは本当に拉致されたのかしら?」

あたしが思い切って口を開くと、真柴は凭せ掛けていた

頭を起こし、真っ直ぐにあたしを見た。

「お嬢ちゃんはどう思うんだ?」

一瞬返答に困る。

忍の言葉を信じれば、電話の途中で誰かに襲われ連れ去られた…

「…ストーカーに狙われていたって事は?」

真柴は肩をすくめると

「会社に退職届が送られてきたんだろ?

 そんな律儀なストーカーがいるとは思えねぇな」

と言った。

確かに…

その言葉にうなずきつつも、ふとある事を思い出した。

「そういえば、その退職届っていずみさんが書いたものじゃ

 ないかもしれないのよ」

あたしが、佐々木さんとのやり取りを話して聞かせると

真柴の表情が険しくなった。

突然、スマホがメールの着信を告げる。

送信者は忍だった。

「失礼」

そう断って、メールを開くと


『いずみお姉様からのメール』


というタイトルが目に飛び込んできた。

あわてて本文を開くと、いずみさんから送られて来たらしい

メールが添付されていた。


『忍ちゃん。ご心配をお掛けして申し訳ありません。

 思うところがあり、私は今一人旅をしています。

 来週には東京に戻ります。

 それまでは、そっとしておいて下さい。

 また、連絡しますね。

                    いずみ』


続いて、忍からのメールが―――――

『美月さんには、いろいろご心配をお掛けしましたが

 ひと安心です。本当に良かった。

 暑い日が続いておりますが、お体ご自愛下さい。

                       忍』


忍の喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。

あたしの口元も、ついほころぶ。

飲み忘れて、すっかり薄くなったアイスティーを一口飲んでから

「忍からのメール」

と言うと、真柴は首を傾げた。

「忍?」

「ほら、この間一緒にいた。いずみさんのお友達の…」

「あぁ、あのうるさいワンコね」

――すっかり、犬扱いだ――

忍が聞いたら、本当に噛み付かれるから!

あたしは苦笑しながらも、ほっと一息ついた。

「いずみさんからメールが着たそうよ」

そう言って、スマホを真柴へと差し出す。

いずみさんの無事が確認できて良かった。

晴れ晴れとしたあたしとは対照的に、メールを読む真柴は

浮かない顔をしている。

「フェイク…」

ポツリと呟く。

「なんで、このタイミングなんだ?」

真柴は、人差し指をこめかみに当てると、軽く目を伏せた。

そのまま身じろぎもしない。

あたしは、どうしたらいいのか分からずに、ただ黙ってその姿を見つめた。

重苦しい沈黙が、不安を煽り立てる。

不意に、真柴が顔を上げ、あたしを見据えた。

「お嬢ちゃんか…」

囁くようにひそめられた声。

冴え冴えとした瞳に捉えられ、息が止まりそうになった。

「…いずみさんが打ったメールじゃないの?」

真柴は、物憂そうに首を振ると

「いや…おれの思い過ごしだ」

そう言って、硝子越しの雑踏に目を向けた。


雲が太陽を覆ったのか、賑やかな街並みが一瞬色を失くした。


窓の外を眺めていた視線が、あたしへと戻される。

「とにかく」

真柴は気怠げに口を開いた。

「いずみさんがどうなろうと、おれの知った事じゃない。

 徹にしたって、いずみさんとはとっくに切れてるんだ。

 これ以上、お嬢ちゃんに引っ掻き回されたくねぇんだよ」

それだけ言うと、伝票を掴んで立ち上がった。

「ちょっと待ってよ」

あたしの声に振り返った。

その視線の鋭さに、一瞬身が竦む。

真柴はお会計を済ませると、足早に店を出て行った。


なによ、いきなり。

横柄!横暴!冷血漢!…


あたしは、思いつく限りの罵詈雑言を人ごみに消えていく

後ろ姿に投げつけた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る