第20話 quatre raisans(1)
「あれ?美月ちゃんじゃないか?」
キャトル・レザンのエントランスを抜けた所で声を掛けられた。
「岩井のおじ様!」
副社長で、おやじ様の親友でもある
「こんにちは」
「久しぶり。元気だった?」
おじ様と会うのは、半年ぶり。
胆石の手術で入院された奥様をお見舞いした時以来だ。
「奥様のお加減はいかがですか?」
「いやぁ、元気過ぎてかなわんよ。体調が悪いくらいの方が静かでいい」
そう言うと、豪快に笑った。
ベルトの上に乗っている肉がたぷたぷと揺れた。
岩井のおじ様とおやじ様は、大学の同期で在学中に
キャトル・レザンを立ち上げた設立者の一人だ。
「片桐は出張中のはずだが」
「いえ、今日は営業の方に用事があって。
おじ様、望月いずみさんて方、ご存知かしら?」
あたしの問いに、少し考えてから「ああ」と言った。
「確か去年かおととしの新入社員だったかな」
「ええ。おととしです」
うん、うんと頷くと
「受け入れ研修の時のプレゼンが素晴らしかったな。
そうか、彼女も聖ニコルの出身だったね。知り合いだったのか」
「あ…はい、まぁ…。いずみさん、最近退職されたそうなんです。
その事について、少し伺いたくて…」
おじ様は、考え込むと
「営業の事なら、庶務の佐々木くんに聞くといい。ちょっと待っていなさい」
言って、カウンターの受付嬢に声を掛けた。
「営業の佐々木くんに、副社長室まで来るように伝えてくれないか」
「お手数をおかけして、申し訳ありません」
ぴかぴかに磨かれた廊下を並んで歩きながらあたしは、頭を下げた。
「いやいや、美月ちゃんの為ならお安い御用だよ」
子供のいないおじ様夫婦には、小さい頃から実の娘のように
可愛がってもらっていた。
「ところで、真柴の
「え!」
あたしは、思わず足を止め、おじ様の顔をまじまじと見つめた。
「真柴…さんの事ご存知なんですか?」
その問いに、おじ様の方が驚いた顔をした。
「何も聞かされていないのかい?
真柴は私達の同級で、この会社を立ち上げた一人だよ」
――…そんな事、一言も聞いてない。
あたしを追いかけるように、ホテルから戻ったおやじ様が語ったことと言ったら
真柴涼はあたしより8歳年上で、真柴建設の副社長。
小学生の時にお母様を亡くされている。
その程度だ。
あれこれ詮索して、興味があると勘ぐられるのも
煩わしいので、あたしも、それ以上は聞かなかった。
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